第45話【後味の悪い敗北】
鈴木さんのいる控え室へと向かうと鈴木さんと坂田さん、会長さんは神妙な表情で黙り込んでいた。
今回の試合は各々、思うところもあり、真剣に取り組めたものではなかったーーそう言ってしまえば、言い訳はなるだろう。
しかし、プロである以上、それは許されない。
いつものようにまた頑張れば良いと言えば良いと言うものでもない。
長い沈黙の末に最初に言葉の発したのは坂田さんであった。
「迷いがあったとは言え、負けは負けだ。
だが、今回の試合は鈴木宗成の試合の中では最悪の試合なのは解っているね?」
「・・・はい」
「奴がいたとは云え、心を乱しすぎだ。君らしくもない」
「・・・奴?」
静かな口調の坂田さんと反省する鈴木さんに俺が問うと坂田さんは「奴」の名を口にする。
「三国泰。奴は敢えて姿を見せる事で宗成君の動揺を誘った。結果的に勝てる試合に負けてしまった。
言い訳に聞こえるかも知れないが、それが今回、最大の敗因だろう」
そうだったのか・・・。
なら、やっぱり、俺のせいなのか・・・。
そんな俺の気持ちを察してか、獅童さんが助言してくれる。
「先程も言いましたが、多田野さんが責任を感じる必要はありません。
試合の結果が全てですからね。雑念で本来の試合が出来なかった鈴木さんに責任がありますよ」
「獅童君の言う通りだ。三国が現れたのは予想外だが、それに気をとられ過ぎた。
今回の敗北はそれだけの事だ」
獅童さんの言葉に坂田は乗っかると「ーーとは云え」と言葉を続けた。
「今回の敗因が三国である以上、私怨で拳を交わすのは危険だ。
恐らく、三国はこれを機にランキング1位まで上ってくるだろう。
そうしたら、結果は明白だ。そう言う訳で宗成君の調子が戻り次第、強化合宿を行う。君達もそのつもりでいてくれ」
「そう言う事なら僕も・・・」
「いや、今回、君には三国の監視を頼みたい。強化合宿中に接近してくる可能性もあるからね」
意気込む獅童さんに坂田さんはそう告げるとこう述べた。
「恐らく、三国の協力者が君のジムないにいる筈だ。勿論、脅されての事だろう。
そうでなければ、こちらの情報が漏洩しているとも思えない。
或いはうちのジムの誰かか・・・君にはその協力者を探して欲しい」
「そう言う事なら解りました。もしも、僕のジムになんらかの不祥事があるのでしたら、僕の責任でもありますからね」
「恐らく、その時は君か君のジムの現時点でのオーナーが責任を取らされるだろう。
一応、その時のプランも考えているから、君は犯人探しに専念してくれて良い。
その間の練習メニューは俺が作っておくよ。
合宿終了次第、今度は君の試合に備えなくてはね」
「色々、ご配慮ありがとうございます、坂田さん」
俺達はそれからしばらく、この試合の反省点などを話し合った後、解散する事となった。
その際に俺は坂田さんに先程だされた宿題の内容について聞いてくる。
その答えがまだ出てこない事を伝えると坂田さんはしばし、考え込んでから、こう述べた。
「君は恐らく、恐怖を感じたのだろう。
それはボクシングに対してか、人間に対してかまでは俺にも解らないが、それが君の心の成長を阻害しているのだろう」
「・・・それじゃあ、どうすれば?」
「人間関係に対して恐怖を克服するしかない。無論、それは並大抵の事じゃないが、君には俺や宗成君、それに獅童君がいる。それを忘れないでくれ」
坂田さんはそれだけ言うと俺達を自分の車に乗るように促して家まで送り届けてくれる。
ボクシングが怖いか・・・確かにあるかも知れない。
今まで真っ直ぐに二人を見てきた今の俺に尚も見据えるだけの余裕はない。
それは三国が怖いのと同時にボクシングが怖いのとイコールになっている。
果たして、俺はこの負の連鎖を断ち切れるのだろうか?
そんな思いを胸に俺は今日も鈴木さんの家に泊めて貰うのであった。




