第34話【抑止力を越えた先】
控え室に向かうと腕を組む坂田さんと正座させらている鈴木さんの姿があった。
「ファイトスタイルに若干の誤差はあれど、君と獅童甲斐は似たスタイルのボクサーだ。そう教えなかったかい?」
坂田さんの静かなーーそして、怒りを秘めた口調に鈴木さんがビクリと肩を震わせる。
まるで悪戯をして叱られる子供とそんな子供に注意する父親のようにも見える。いや、実際、そうなのかも知れないが・・・。
「何故、あそこで指示とは違う行動をしたんだい?
あのまま、行けば、勝てていたろう?」
「・・・それでは駄目な気がして」
坂田さんに質問されて鈴木さんはなんとか、それだけを口にする。
そんな鈴木さんを坂田さんはジロリと見下ろす。
「この間、言っていたやり取りが原因かい?・・・成る程。それでケリを付けたかったと?」
「は、はい」
「宗成君。それはエゴだ」
鈴木さんの言葉に坂田さんはそう言うと厳しい眼差しで鈴木さんを射抜く。
「今回、あれだけ練習したのにも関わらず、君は独断で先攻した。
本来なら一度でもダウンを取り、判定に持っていけば、御の字だったんだ。何故かは解っているよね?」
返事をしない鈴木さんに坂田さんは言葉を続けた。
「獅童甲斐は発展途上だ。出る杭を打たねば、あとで自分の首を絞める事に繋がる。
まして、今回は同じカウンター使いだ。
それが解っていながら、君は駆け引きに出て、なおかつ負けてしまった。
それが何を意味するのか、君は解っていないだろう?」
そう告げてから、坂田さんはバンとロッカーを叩いて叫ぶ。
「獅童甲斐はそれだけ危険人物なんだ!
今回、引き分けだから良かったと考えるな!
新人王でランキングが10位の獅童甲斐とランキング5位の君が引き分けになった!
結果じゃない!これの意味する事が君は解っていない!
経験不足の新人王とベテランの君が同じレベルだと思われてしまう事が問題なんだ!」
「すみません!」
激昂する坂田さんに鈴木さんは泣きそうな顔で土下座する。
坂田さんらしくもない。なにも鈴木さんをここまで追い込まなくてもいいじゃないか?
そんな事を口にしようとすると坂田さんは深呼吸して鈴木さんに歩み寄り、その肩に触れた。
「宗成君。獅童甲斐はこれで自信をつけるだろう。
引き分けとは云え、君と互角の勝負をしたんだ。今後、彼への挑戦状はひっきりなしになるだろう。
そして、次にリベンジする事があれば、君は負ける。
それは何故か、経験とセンスの差だ。
今回は経験がある君が勝てた。
ならば、経験を積み上げた彼ともし、再試合するとしたら?」
そこまで言われて、俺は坂田さんの言いたい事が理解出来た。
そして、今回の本当の目的を理解する。
今回の目的は獅童甲斐の抑止力になる事だ。
判定勝ちでもなんでもいいから、甲斐選手の勢いを止める必要がある。
ーーでなければ、本当に甲斐選手がチャンピオンに王手をかけてしまうのも時間の問題である。
そして、それは鈴木さんのーーひいては甲斐選手の為にもならない。
ベテランの選手と引き分けたと言う事はそれだけの実力があると云う事を意味している。
そして、今回の試合と云うのは、そんな甲斐選手を止める事が目的なのだ。
それは別に甲斐選手が今回の試合で調子づく理由になるからだけではない。
鈴木宗成と云うプロのボクサーとしての質を落とすからと同時に未来ある獅童甲斐と云う選手を失う事が理由であるのだからだ。
引き分けとは云え、甲斐選手はそれだけのセンスがあると判断されるだろう。
つまり、それだけ、チャンスも経験も得られる。
もし、このまま、本当に甲斐選手がチャンピオンを目指すと云うのなら、それは彼の選手としての寿命を大きく削る事になるのだろうから。
日本ライト級のチャンピオンの看板を背負う事、そして、そこに居座り続ける事の難しさ・・・加えて、それを狙う猛者の多さ。
そんなチャンピオンに居続ける如月瞳の強さを獅童甲斐と云う新人王に成り立てのランキング10位の人物はまだ解ってない筈だ。
仮に理解してたとしても、甲斐選手が止まる訳もない。
その結果が如何なるものになるのかは俺では計り知れない。
「・・・解ってくれたのならいいんだ。
だが、今回の試合で解った。獅童甲斐はいずれ、ボクサーとして壊れる。
それが遅いか早いかは解らないが、手遅れになる前にもう一度、彼と戦う必要がある。それは覚悟しておきたまえ」
「・・・はい」
「獅童甲斐と云うボクサーは危険だ。
それは単に発展途上でセンスもあるからではない。彼がいまのスタイルを貫くと云う事の危うさを理解しているかが問題なんだ。
俺はまた、君が理由で人が壊れるのを見たくはない。それは君も同じだろう?」
「・・・ええ」
坂田さんの言葉に鈴木さんも沈痛な面持ちで頷く。
坂田さんはそれを見てから、鈴木さんの背中を叩く。
「さあ、説教はこれくらいにして帰ろう。
結果はどうあれ、はじめてのサポートをした俺のアドバイスで君はよく戦ったよ」
ーーこうして、鈴木さんと甲斐選手の試合は幕を下ろした。
その数ヵ月後にランキング3位の天原菊池と云う選手に甲斐選手が惨敗したと云うのはあとで知る事となる。
何故、坂田さんや鈴木さんがチャンピオンにもランキングベスト3位から上にもいけないかは、これが理由だ。
そう。ベスト3位から上は本当の意味でレベルが違うのだ。
そこに奇跡が起きる事などない。
いくら、獅童甲斐選手にセンスがあろうが、鈴木さんとの試合に自信をつけようが、そこには圧倒的な差があるのだ。
それがどう云う意味を持つのか、甲斐選手が本当の意味で世界チャンピオンの意味を知るのはここからだろう。
鈴木さんの言う通り、上には上がいるのだから。




