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第3話【最初の一歩】

「失礼します」


 鈴木さんと共に会長室に入るとそこには白髪混じりの黒髪の天然パーマな四、五十代位の男性が座っていた。

 恐らく、この人が会長さんなのだろう。

 会長さんは鋭い目で俺の事を上から下まで見ると「ふむ」と頷く。

 現在の状態で既に面接が始まっているのではないかと思ってしまう。

 会長さんは俺をしばし、観察した後、鈴木さんに視線を向ける。


「宗成君」

「はい」

「解ってはいたが、彼は素人の様だが大丈夫なのかね?」


 その言葉に鈴木さんは俺を一瞥してから、会長さんに向かって首を左右に振って見せた。


「大丈夫ではないでしょう。一ヶ月続けば、まだ良い方でしょうか?」

「そうかね。まあ、ビジネススーツでここまで来れただけ、ガッツはありそうだ。

 坂田君を思い出すよ。あ、彼ほどの逸材はなかなかいないだろうがね?」


 会長さんは鈴木さんにそう言って懐かしむように上を見た後、改めて、俺に顔を向け直す。

 再び、視線が此方に向けられ、俺は再度、緊張する。

 そんな俺に会長さんはふっと笑う。


「多田野君だったね?」

「は、はい!」

「まあ、そんなに緊張する事はないよ。

 そもそも、まだ見学の段階なんだ。

 練習しに来た訳でもプロになりに来た訳でもないだろう?」

「す、すみません」

「謝る必要はないよ。それにその格好ではどの道、練習もできないだろうからね?」


 会長さんはそう言うと肘掛けのある椅子を回して後ろを向く。


「宗成君。後は君に任せる。

 彼にうちのボクシングを案内して上げたまえ」

「かしこまりました」


 鈴木さんは会長さんに一礼すると俺に顔を向ける。


「では、参りましょう。

 まあ、坂田さん達以外に此処に毎日通う方はいませんので、肩の力を抜いて御覧下さい」


 鈴木さんは俺に向かって微笑みながら、そう言うと俺と一緒に会長室から退室する。


 それからジムを見学させて貰ったが、鈴木さんの言う通り、このジムに通う人は限られているのか、俺がまだ緊張しているからか、ほとんどの人をあんまり覚えられなかった。

 ただ、サンドバックやミット打ちなど、様々な練習用の器具を教えられたのは覚えた。


「ーー以上がこのジムについてです。

 わからなかった事はありますか?」

「はい!大丈夫です!」


 俺が二つ返事でそう言うと鈴木さんは溜め息を吐く。

 鈴木さんには分かっていたのだろう。

 俺が内心、かなりテンパっている事に・・・。


「多田野さん。無理はしなくて良いんですよ。

 流石に今日の情報量は多過ぎる筈ですから。

 解らなかったら、解らなかったと正直に言って下さって構いませんよ」

「じ、じゃあ、個人的な事を聞いて構いませんか?」

「自分に話せる事であれば」


 そう言われて、俺はあの夜から聞きたかった事について問う。


「鈴木さんはプロボクサーなんですか?」

「え?ええ。一応、新人ながらプロになります」


 やっぱり、そうだったのか・・・。


 あの時の不良に喰らわせたカウンターは一朝一夕で出来るモノではない。

 それは素人である俺にでも解る。

 なら、俺が目指すのは鈴木さんに認めて貰う事からだろう。

 流石にいきなり、鈴木さんと同じプロのボクサーになりたいと言っても夢物語だし、反対されるのは分かりきっている。


 故に俺が最初にすべき事はーー


「鈴木さん。明日も同じ時間にランニングされるんですか?」

「はい。そのつもりですが」

「なら、俺も付き合わせて下さい」

「それはつまり、ジムに通いたいって事ですか?」

「そこまではまだ考えてません。

 ただ、鈴木さんに認めて貰いたくて・・・」


 俺がそう言うと鈴木さんはしばし考え込み、それからゆっくりと頷く。


「わかりました。

 まずは基礎的体力をつける事から始めましょう」

「ーーっ!ありがとうございます!」

「ただし、自分も手は抜きません。

 ランニングは私のペースで行います。

 今回のように待ったり、歩いたりもしません。それでも宜しいですか?」


 その言葉に少し迷ったが、俺はゆっくりと頷く。

 自分を変える為に鈴木さんにランニングについて行って認めて貰う。

 最初のスタートとしては悪くない筈だ。

 それにランニングだけだから母さんを心配させる事もないだろうし・・・。


 俺が頷くのを確認すると鈴木さんも微笑みながら頷き返してくれる。


「わかりました。では、これから一緒に6時からランニングをしましょう」


 こうして、俺の小さなーーしかし、意味的には大きい目標が出来た。


 明日から早速、頑張るぞ。

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