第28話【ガードテクニック】
ボクサーとして還暦を迎えた坂田さんがプロの世界でボクシングする事はもうないと言われている。
だが、鈴木さんとのスパーリングを見ていた俺の目にはプロでも十分、通用するようにも思えたのだが・・・やはり、年齢的なものなんだろうか?
そんな俺はと言うとプロになる上で必要とされる新たな課題を言い渡されているところであった。
ウィービングやダッキングなどのガードテクニックである。
ポイント制のアマチュアボクシングでは姿勢の良さやパンチの多さで勝敗が左右されるが、プロの世界では頭部を守るべきヘッドギアがなくなり、自然とダメージも増大し、KOもしやすくなる。
パンチドランカーになる危険性だってあるだろう。
それでもランキングに載れば、見返りも大きいし、なによりも皆が憧れるチャンピオンと云う肩書きに誰もが手を伸ばす。
そんなプロの世界からアマチュアを卒業するにはガードテクニックの練習が必須となった。
今まではヘッドギアがあった安心感が何処かしらであったが、今度からはそのヘッドギアがなくなる訳なので、やはり怖い。
そんな心境にある俺のスパーリング相手はあろう事か、復帰したばかりの坂田さんであった。
「ちょっーー会長!いきなり、坂田さんとスパーなんて身がもちませんよ!」
流石の俺も抗議するが、会長さんは何も言わない。
恐らく、会長さんの中では本命はあくまでも坂田さんの復帰なんだろう。
そう思うとなんだか、腹が立った。
そんな坂田さんはコーナーで軽く身体を揺すって身体を温めている。
今回、ヘッドギアの着用はない。ほぼ、実戦形式である。
坂田さん自身も何も言わず、黙って俺を見据えている。
そして、ゴングと同時にお互い、前に出た。
坂田さんは軽くジャブで牽制して来る。
俺はその素早いジャブをモロに受け、鼻を押さえてしまう。
「プロでは甘えは通用しない。そんな顔をしていたら、ボディーに一撃喰らってKOされるよ?」
「わ、わかりました!」
「身体を左右に振って。次はワンツーで行くよ?」
坂田さんはそう告げるとお手本通りのジャブからストレートを放って来る。
ジャブは貰ってしまったが、ストレートはなんとか、左へウィービングでする事で回避出来た。
「ジャブもしっかり避けなきゃ駄目だよ。小出しのジャブも当たり続ければ、ダメージの蓄積に繋がる。
ウィービングだけじゃない。ダッキング、サイドステップやバックステップも使うんだ」
坂田さんはそう告げると更に手数を増やして来る。
俺は何発か当たりつつも回避する。
そんな俺に坂田さんはまたアドバイスをくれた。
「防ぎきれないと思ったら、ガードも使うんだ。
グローブがあるとは云え、殴られるんだ。
自分の間合いをしっかり把握して敵の攻撃にしっかり対応しなきゃ」
坂田さんの言葉は叱咤と言う訳ではないが、やはり貫禄のある坂田さんの言葉なだけあって重い。
恐らく、これは坂田さんなりの慣らせ方なのだろう。
ベテランとの手合わせで如何にその指摘や動作を盗むのか・・・。
会長さんの思惑はまでは解らないけれど、坂田さんとのスパーリングは本当にいい勉強になる。
坂田さんも注意深く、俺の悪いところを指摘しつつ、攻守をきっちり使い分けている。
それも俺みたいに大振りではなく、最小の動きでだ。
俺もパンチを繰り出すが、当たる事は一切ない。
ラッキーパンチの1つでも与えられれば、自信に繋がるだろうが、それすらも坂田さんは許してはくれない。
本当に鈴木さんが目標とするだけあって、坂田糀と云う人物は桁違いの実力者なんだと改めて実感する。
そんな坂田さんですら、ランキングトップ10に入るのがやっとなのだから、俺の目指す道はかなり険しいものなんだろう。
それでも、前に進むと決めた以上はただ、ひたすらにこの道を進むだけだ。
以前の俺ならこの時点で挫折していたろうが、俺だって変わっている。
そんな事を思いつつ、俺はひたすらにパンチを繰り出し、ガードテクニックを使い、少しでも坂田さんに追い付こうとする。




