第24話【支えてくれる人達へ】
俺は鈴木さんを見て、言葉が出なかった。
「・・・多田野さん」
鈴木さんも言葉が出ないようで俺の事を呼ぶだけで、それ以上はなにも言わない。
そんな鈴木さんに対して、母さんが頭を下げる。
「鈴木さん。息子がいつも、お世話になっています」
「あ。お母様ですか。いえいえ、こちらこそ、多田野さんにーーいえ、息子さんにはお世話になっています」
鈴木さんは母さんに応じるように丁寧に応えると改めて、俺に視線を移す。
そんな鈴木さんに気付いて、俺は目を背ける。
顔を背けた時、一瞬だけ鈴木さんの顔を見てしまったが、怒りとかではなく、悲しそうな顔をしていた。
あの顔は坂田さんが引退すると告げた時の顔によく似ている。
鈴木さんに今の俺を見て欲しくはなかった。
そんな俺と鈴木さんを見て、母さんが鈴木さんに尋ねる。
「あの、鈴木さん。息子が何か粗相をしたのなら謝りますので、どうか、許してやって下さい」
「・・・いえ。息子さんが特に何かした訳ではありませんよ。
ただ、自分もロードワークをしていただけですから」
鈴木さんはそれだけ言うと母さんに「それでは失礼します」と一礼して踵を返してジムへと歩き出す。
そんな鈴木さんに俺は何か言おうとしたが、言葉が出ない。
そんな俺に母さんが呟く。
「正樹。また今度、頑張れば良いのよ?
大丈夫。母さん、頑張るから・・・」
「母さん」
「大丈夫。負けなければ、いつかはまた頑張れるわよ。母さんは信じているから」
母さんの優しい言葉に俺は俯くしか出来ないでいた。
そんな俺に母さんは「ただ」と付け加えた。
「正樹は後悔しないね?やり直す事は出来ても縁を戻す事は並大抵の事じゃないよ?」
「ーーっ!」
母さんのその言葉に俺は迷う。
いま、鈴木さんを追わなければ、この縁はもうないだろう。
このまま、終わるのか?
こんな中途半端なところで?
嫌だ!そんなの嫌だ!
そう思った瞬間、俺の中で再び熱い思いと鈴木さんや坂田さんについて行こうと誓ったあの日の事がよみがえる。
そうだ。俺が本当に追うべきは三国泰ではない。鈴木宗成という俺が憧れたボクサーだ。
俺は改めて、母さんに振り返った。
「ごめん。母さん、今日も帰りが遅くなると思う」
「・・・行くんだね?」
「うん。ここで帰ったら、俺は前みたいに戻ると思うーーいや、もっと、悪い方に引っ張られる。そんな気がする」
俺のその言葉に母さんは優しく微笑むと俺の背中を軽く叩く。
「なら、行っておいで」
「うん。ありがとう、母さん。そして、こんなに迷惑掛けて、ごめん」
俺はそれだけ言うと母さんと別れ、鈴木さんを追う。
「鈴木さん!」
俺が叫ぶと鈴木さんが振り返る。
その表情には驚きがった。
「多田野さん。帰ったんじゃーー」
「俺はロードワークをするって言って出て行ったんですよ?
帰る訳ないじゃないですか?」
そんな俺の言葉に鈴木さんはどこか安心したように表情を戻す。
そして、じっと俺の瞳を覗き込む。
「・・・迷いは振り切れたようですね?」
それだけ言うと鈴木さんは俺に背中を向けた。
「その思いを忘れてしまう前に戻ってスパーリングをしましょう。自分もお手伝いします」
「ーーっ!ありがとうございます、鈴木さん!」
俺が礼を言うと鈴木さんは駆け出す。
その際に「母は強し、か・・・」と呟く。
そして、俺は折れかかった思いを取り戻し、再び、練習に励むのだった。
会長さんには「君は情緒が不安定過ぎる」と注意を受けてしまう。
本当に自分でもそう思う。
怒りと悔しさで自分を見失っていたのだろう。
だが、俺は本当に人に恵まれている。
鈴木さんに坂田さん、会長さんに佐藤さん。そして、母さん。
そんな人達に支えられながら、俺は自身と向かい合うように特訓を繰り返す。
会長さんもそんな俺に溜め息を吐きながら、こうも呟く。
「君の道は様々な人の思いから連なっている。君だけではない。
宗成君や糀君もだ。ボクサーとしても人としても再び思いを胸に前へ進みなさい。
それが支えてくれる人達に応える事になるのだから」
「はい!わかりました!」
俺は会長さんにその言葉を胸に刻み込み、ひたすら教えて貰えた事を実行する。
そして、迎えた試合の日。
俺は改めて、自分の道が遠回りだったけど、誇れるモノであったと自覚するのだった。




