第20話【試合準備】
あの事件に関しては、それ以上、鈴木さんが何か言われる事はなかった。
しかし、鈴木さんの中でなにかが変わったのは俺にも理解出来る。
こういう時に坂田さんにアドバイスが欲しかったが、坂田さんも本格的に仕事が始まったのか、顔を出さなくなってしまった。
肝心なところで佐藤さんは頼りにならないし、俺自身、こんな時になんて声を掛けたら良いのか分からない。
会長さんもこの件に関してはアドバイスをしない。
そんな中、鈴木さんはひたすらにトレーニングに励む。
明らかにオーバーワークな気もするが、誰もなにも言わない。
会長さんにその辺りを心配して聞いてみたところーー
「いまは答えを出す為に足掻いているんだ。そっとしておきなさい」
ーーとの事だった。
そして、こうも言われた。
「心配なのも解るが、まずは君の試合だろう。今度、アマチュアの部門の大会があるから、それに出てみるといい」
「え?試合ですか?」
俺の問いに会長さんは頷く。
試合か・・・確かにまずは自分の事から始めなきゃな。でも、鈴木さんが気になる。
しかし、なんと声を掛けるべきだろうか?
そんな雑念だらけの俺に会長さんはこう呟いた。
「宗成君が気になるのも解る。だからこそ、君がここで盛り返すべきだとは思わないかね?」
会長さんは目を伏せると机を見る。
「私だって、なんとかしてやりたい。
だが、これ以上の追求は宗成君を苦しめるだけだ。なら、どうすべきか、私なりに考えた。
身勝手な願いだとは思うが、君が活躍し、宗成君を励ましてあげてくれ」
その言葉に俺は責任を感じつつも頷く。
荷が重く感じたが、鈴木さんには返せない程の恩がある。
なら、ここで返すのが鈴木さんの為にもなるだろう。
こうして、俺は試合の準備を開始した。
試合が近付くとミット打ちやスパーリングをする機会が増えた。
スパーリングは他の人との練習が多くなったが、鈴木さんとだけはさせて貰えなかった。
それから数週間後、坂田さんがスーツ姿で現れる。
「お久し振りです、坂田さん」
「やあ、正樹君。久し振りだね?」
坂田さんは軽く手を上げて、ストレッチ中の俺を見る。
「大分、身体が仕上がったんじゃないかい?」
「そうですか?」
「うん。これなら、いい試合が出来るだろう」
そう言われるとなんだか、くすぐったい。
「ただ、アマチュアは経験を積んだ人や元プロボクサーなどもいる。
あくまでもいい試合であって、勝ち負けではないよ。まあ、だからこそ、色々な人から技を吸収するといい」
坂田さんはそうアドバイスしてくれると一心不乱にサンドバックを叩く鈴木さんを見る。
そんな鈴木さんを見て、坂田さんは目を細めた。
坂田さんの目から見ても、今の鈴木さんの異常さがすぐに察知出来たのだろう。
坂田さんは鈴木さんに近付くとその頭を小突く。
鈴木さんも何事かと思ったのか、坂田さんに振り返って驚いた表情をする。
ここで励ますのか叱責するのかと思ったが、坂田さんはそんな事はせずにアドバイスだけをした。
「体幹が歪んでいる。そんなんじゃ打たれるぞ、宗成君」
「あ、はい!」
鈴木さんは表情には出さなかったが、久々の坂田さんのアドバイスが嬉しそうなのは伝わった。
やはり、坂田さんの存在はなくてはならないのだ。
俺も鈴木さんに負けないように頑張らなければ!
そうして、俺はアマチュアの大会に出る準備を始める。
だが、そこで以前坂田さんが予言していた再び彼と再開をする事になるとは、この時の俺は想定もしていなかった。




