第13話【明日の為に】
その流行り病は広範囲に渡って世界中に蔓延し、日本でも外出を自粛するように総理大臣が呼び掛けるまでになった。
当然、ボクシングジムも閉鎖されてしまった。
そうして、俺はまた部屋の中でくすぶる毎日が訪れる。
自宅内で出来るトレーニングにも限界があるし、折角、やる気になったのだから、思いを持続させたくはあるが、やはり、人間とは楽な方へと流されやすい生き物なのだ。
三週間ほど継続したところで俺はトレーニングするのをやめてしまう。
やはり、刺激がないと人間はどんどん堕落してしまうらしい。
そんな風にまたゲームして食べて寝るを繰り返していると鈴木さんから電話があった。
『多田野さん。お久し振りです』
「鈴木さんですか?
突然、電話して来て、どうしたんですか?」
『いえ。自分も自粛で暇を持て余してましてね。少しでもトレーニングをしようと頑張っているのですが、やはり、自宅にいるとダラけてしまいまして・・・』
「鈴木さんでも、そんな時があるんですか?」
『まあ、自分も人間ですから。やはり、環境が変われば、ダラけてしまいますね。
何か刺激になる事があれば良いのですが・・・』
流石の鈴木さんも今回の一件はお手上げらしい。
それにしても、ダラけている鈴木さんか・・・あんまり、イメージが出来ないな。
それに雑貨屋とかと違って、コンビニはやっているんだし、店員の鈴木さんはこのご時世でもバイトをやっている筈だよな?
それでも、やっぱり、ボクシングをしているのとしてないのとでは違うのだろうか?
『それでなんですが、良かったらメールででもお互いの筋トレを見直したりしませんか?』
「見直しですか?」
『ええ。筋トレです。お互いに行った目安などを見れば、刺激になると思うのですが、どうでしょう?』
鈴木さんの誘いに俺は迷う。
三週間の間に大分、鈍ってしまった。
それにやる気も以前より消沈している。
だが、折角、鈴木さんが誘ってくれている訳だし、無下にも出来ない。
結局、その場の流れで俺は自主トレを再開する事となる。
そんな風になあなあでやっていたある日、鈴木さんからURL付きのメールを貰う。
なんだろうと思いつつ、そのURLを開いて見ると坂田さんが少しでも筋力を落とさないトレーニングのやり方や自宅でも出来る身体を動かしたゲームの宣伝をしている動画のサイトであった。
ゲーマーの坂田さんらしい宣伝方法である。
だが、それで俺もやる気が再燃した。
二人は二人なりにこんな世の中でも頑張っているのだ。俺も腐らずに頑張るべきだろう。
そう意識し直した時、あの日、二人の背中を追い掛けようと決めた事が蘇り、俺は本格的な自主トレを再開するようになる。
流石にそれだけでは申し訳ないので、パートで仕事をしている母さんの代わりに家事や洗濯を手伝ったりするようになり、俺は俺なりに出来る事するようになった。
鈴木さんとのやり取りや坂田さんのトレーニングで俺はまた同じ道を歩まぬようになった。
これだけでもやはり、違うものだと実感する。
不景気や自粛で腐る人もいるだろうが、こういう時に絆と云うのは大事なんだと思ってしまう。
しかし、自粛が呼び掛けられて大分、経つが鈴木さんや坂田さんはどうしているのだろうか?
早く二人に直接会って話したく思いつつ、俺は今日も自宅で筋力を落とさないようにトレーニングを行うのだった。
因みに今は初心に帰り、オーソドックススタイルとジャブの打ち方を練習している。
そこで俺はふと、ある事を思い付き、母さんに動画を撮って貰い、それを坂田さんに送る事を実行した。
坂田さんからアドバイスを貰えば、少しはタメになる話が貰えるだろうと考えたのだ。
その結果、坂田さんは俺にも分かりやすく動画で悪い所と良い所を指摘してくれた。
そして、坂田さんのその動画はサイトでこんな質問がありましたと云う名目で取り上げられる。
無論、俺の送った動画は載せられていない。
その辺りの配慮をしてくれる坂田さんには感謝しかない。
さて、そんな坂田さんの指摘してくれた内容は足だそうだ。
俺の足の開き方だと横にスムーズに動けない。
だから、蹴り足や踏み込みに注意しようと言うモノだった。
そして、家でも出来る簡単なスクワットなどが紹介され、他のボクシングに関する質問が寄せられるようになる。
こんな俺にも人に役立つ事が出来ただろうか?
こうして、俺は坂田さんのサイトを見て様々なトレーニングや動作を学習しつつ、鈴木さんにアドバイスを貰い、トレーニングに励む。
少しでも早くこの流行している病が落ち着く事を祈りつつ、今はただ、ひたすらにトレーニングに力を注ぐのだった。




