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第1話【価値観の変わる時】

またまた、やりました。

今回は現実世界に更に近付け、バーチャルとか異世界とか抜きで、超現実重視で行きます。

出来れば、これで名を売りたい所。

 観客の応援を聞きながら、俺は疲れた身体を休める。


 四角いリングの中、相手を見据え、ゴングと同時に前へと出る。


 相手のストレートパンチが俺を捉えようとするのを右に避け、がら空きになった脇腹にリバーブローを叩き込む。


 それでも相手は怯まない。

 今度は相手のフックが直撃する。


 そこで俺のアバターは転倒し、10カウント取られてKO負けした。


「あー!折角、良い所まで行ったのに!」


 俺はVRゲームのグローブタイプのコントローラーを持ったベッドの仰向けにダイブしてドサッと倒れ込む。


正樹まさき!今、何時だと思っているの!」


 1階から母さんの声を聞きながら、時計を見ると夜中の10時を過ぎていた。


 もう、こんな時間か……夜食でも買って来るかな?


 俺は自室の扉を開けるとコツンと何かに気付く。

 そこには冷めきって固くなったおにぎりが皿に乗っていた。


 俺はそのおにぎりをゴミ箱に捨てると皿を台所に置いて夜のコンビニへと向かおうとする。


「こんな時間に何処へ行くの!」

「何処だって良いだろ!

 たまには俺の好きにさせろよな、ババア!」


 俺がそう叫ぶと母さんは相当ショックだったのか、涙を流して居間に戻って行く。

 そんな母さんを傷付けた事に俺は罪悪感を感じつつ、俺は夜のコンビニへと向かった。


 俺は多田野ただの 正樹まさき


 この不景気でつい、この間、解雇されたばかりの社会人だ。

 今は失業保険を貰って母さんと細々と暮らしている。


 初めは俺もまた頑張れば、なんとかなると思っていたが、現実は甘くなく、俺は度重なる面接の不合格で心まで荒んでいた。

 おまけに親父は俺が会社を辞めた次の日に蒸発しやがった。

 今頃は一人で別の女でも作って、俺達の事なんて忘れて暮らしているんだろう。


 こんな事を話しているだけで胸糞悪くなる。


 俺はそんな思いを忘れたい一心で夜のコンビニまで走る。

 コンビニまではおよそ、500メートルはあるし、運動にも丁度良いだろう。


 俺は全速力でコンビニへと駆け込み、息を切らせながら店の中へと入る。

 店の中には相変わらず、印象の薄い眼鏡の兄さんが「いらっしゃいませ」と言って出迎えてくれる。

 俺は夜食を買うとコンビニを後にしようとした。


「おい!」


 次の瞬間、叫びが聞こえて立ち止まり、俺が振り返ると二人組の不良が此方に睨みを利かせていた。


 ・・・ヤバい。


 目が合った瞬間、二人組の不良は此方に歩み寄って来る。


「兄さん。今月、俺、ピンチなんだよ。

 此処であったのも何かの縁だし、ちょっと貸してくれよ?」


 不良の一人がそう言って近付く間にもう一人が俺の背後に回って俺を羽交い締めにする。


「だ、誰かーーゲフッ!」


 助けを呼ぼうと叫び掛けた瞬間、不良が俺の腹を殴って黙らせる。


「解んないかな?

 金を出せって言っているだけだろ?」


 不良はそう言うと日頃の鬱憤でも晴らす様に俺を殴り続ける。


「・・・ははっ」


 そんな状態で俺は思わず、笑ってしまった。


 これも日頃の行いが悪かったからかな?

 それとも母さんを泣かせた罰が下ったかな?


「何笑ってんだよ?・・・うぜえ」


 そう言うと俺を殴っていた不良がポケットに手を突っ込み、メリケンサックを手にする。


 ああ。これはもう、病院行きかな?


 そう思いながら顔面に迫るメリケンサックを見詰めていると不良の足元で何かが弾ける。


 不良もそれに気付き、俺への攻撃を中断して自分の足を見る。

 そこには防犯用のカラーボールが弾け、中のインクがぶちまけられていた。


 そして、その先にはあのコンビニの店員である眼鏡の兄さんが佇んでいた。


「申し訳ありませんが、当敷地内で暴力沙汰になってましたので警察と警備会社に通報させて頂きました。

 もう間もなく、到着されると思いますよ?」


 店員の兄さんはあくまでもマニュアル通りの対応をし、二人を牽制する。


「テメエ、よくも俺のお気にのズボンを汚しやがって!」

「お、おい!そんな事よりも警察はまずいだろ!早く逃げようぜ!」

「解ってるよ!だけど、この野郎をぶちのめさないと気が済まねえ!」


 そう叫ぶや否やメリケンサックを持った不良が店員の兄さんに襲い掛かって行く。


 その瞬間、店員の兄さんがボクシングの構えを取り、メリケンサックを持つ不良が拳を振るうのに合わせてカウンターで右拳を叩き込み、アスファルトの上に不良を叩き付けた。


「え?あ?え?」


 俺を羽交い締めにする不良は昏倒した仲間と一撃で倒した兄さんを交互に見て、激しく動揺する。


「凶器を所持してましたので正当防衛と見なして反撃させて頂きました」


 兄さんはあくまでも事務的にそう呟くと俺を羽交い締めにする不良を見る。


 遠くでサイレンが聞こえたのは次の瞬間であった。


 俺を羽交い締めにしていた不良は俺を兄さんに突き飛ばすと仲間を見捨てて逃げ出して行く。


 店員の兄さんはよろめく俺を支えると「大丈夫ですか?」と心配してくれた。


「・・・あ、あはは。兄さん、凄かったんですね?」

「これでも、ジムに通ってますからね?

 そんな事よりもお客様、少々宜しいですか?」

「なんですか?」

「こう言う時のマニュアルで店内のお客様をそのままにして置いて下さいと言うのがありますので、申し訳ありませんが、警察が来るまで待って頂けますか?」


 店員の兄さんがそう告げると俺は苦笑しながら頷く。

 その後、不良は傷害罪で捕まり、見捨てて逃げたもう一人も捕まった。

 俺は連絡を受けて駆け付けた母さんと共に警察と警備員、俺を助けてくれたコンビニ店員の兄さんに頭を下げて帰宅する。


「・・・母さん」

「どうしたの?まだ痛むのかい?」

「心配ばかりさせてゴメン。

 俺、明日からまた頑張って職を探して見るよ」


 俺がそう告げると母さんがまた泣いた。


「良いんだよ。無理に頑張らなくても。

 母さんは信じているから。

 また正樹が立派になるって事を・・・」

「ありがとう、母さん」


 俺は改めて、母さんに感謝すると自分の部屋へと戻る。


 そんな俺の中には俺を救ってくれたあのコンビニ店員の兄さんの姿が目に焼き付いて離れなかった。


『これでもジムに通ってますからね?』


 あの人はジムと言った。

 そして、あの動きは間違いなく、ボクサーのそれだった。


 強さだけじゃない。

 あの人は今、俺に足りないものを持っている気がする。

 俺はそう思いながらベッドに横になり、眠りについた。


 翌日、俺は夜のコンビニへ行き、改めて俺を助けてくれた店員の兄さんーー鈴木さんに頭を下げた。


「昨夜は助けて頂きまして、ありがとうございます」

「顔を上げて下さい。大した事はしてませんから」

「そんな事はありません!

 鈴木さんには本当にお世話になりましたから!」


 俺はそう言うと顔を上げて飲み物を買う。


「それで相談なんですが、今度、鈴木さんの通っているジムを教えて下さい」

「え?それは構いませんが、一応、会長に聞いて見ないと解りませんね?」

「ありがとうございます!」

「ただ、そうですね?」


 俺がもう一度、頭を下げると鈴木さんはしばし、考えてから尋ねて来る。


「何故、自分の通っているジムに?」

「俺、今の自分を変えたいんです!

 昨日の鈴木さんから俺にない何かを感じました!

 それを掴む為にも、鈴木さんと同じジムに通いたいんです!」


 そう言うと鈴木さんは困った顔をしてから俺にある条件を提示する。


「明後日の朝六時までに此処にいらして下さい。そうしたら、案内しますので」

「ーーっ!?ありがとうございます!!」


 俺は鈴木さんに感謝すると飲み物を手にコンビニを後にした。


 これが俺がボクシングを通して人生の価値観が変わる前触れであった。


 この結果、自分がどう成長して行くか、この時の俺は想像もする事が出来なかった。


 ただ、新人社員として、張り切っていた頃のあの気持ちを感じ、高揚していたのは間違いないだろう。


 それがとても大変な道とも知らずに・・・。

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