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KD航路 カムラン駐在事務所

交渉です

 紫原中佐は目の前の人物から持ちかけられた話を信じがたい思いで聞いていた。

 場所はカムラン港そばの瀟洒な一軒家である。

 日本国カムラン駐在員事務所が正式な名前である。そこそこ大きな家なのだが移住者護衛艦隊の運用担当者に事務員と外務省の移住者担当者に日本から高給でもって来て貰っているお手伝いさんで余裕の住まいだったのだ。

 だが、最近になって貿易が盛んになり通産省や大蔵省の役人まで住むようになるといささか手狭だった。

 現在良い物件を探しているが無さそうである。カムランの景気が移住者関連で良くなり物件が少ないのだ。さらに貿易が少ないとは言え復活、港も拡張となればますます物件は不足するだろう。

 今、移住者基金で事務所を新築して良いのか日本に確認中である。



「エルラン帝国民になりすました選民思想派またはキナム教の人間が日本にやってくる可能性があると」


「そうだ。我々ディッツ帝国はこの二つの勢力を国の敵と認めた。敵とした経緯は明らかにできないが、先日国の方針が決まってな。この世界に溶け込むことを選択した。君の国と同じだ。やり方は違うが協力していけると思う」


「それは有り難いです。しかし、いいのですか。ここでそのような発言をして」


 紫原中佐は同席している外務相の田中を見た。最初に接触した仲間だ。おかげで担当者にされてしまったのは一緒だった。


「構わない。かえって日本政府に伝わってくれれば有り難い」


 田中が思案深げな表情で質問する。


「レンネンカンプ大臣。それは帝国の方針というか国是であると考えていいのでしょうか。皇帝陛下の代替わりで方針が変わると言うことは?」


「確かにそれを言われると痛いな。政治制度の持つ欠陥の一つだろう。だが、君達の国の立憲君主制民主主義でもそれは言えるだろう」


「分かりました。現状でそれなら結構です。我が国がいろいろ言うわけにもいきませんから」


「話が通じて助かるよ。私は皇帝陛下の名代だ。これは皇帝陛下の考えだと受け取ってくれ」


「日本国として、確かにディッツ帝国の意思は確認しました」


「それでいい。話は変わるが、旧エルラン帝国民の受け入れ人数を増やすと言っていたな」


「はい、月四回の便を月六回に出来ればと思います」


「月六回なら、対応可能だと思う。人数は同じで良いのだな」


「はい、同じで結構です」


「そちらで進展があったのか」


「そうです。開拓が順調で年間二十万人はいけるかと」


「早いな、当初の想定人数ならあと六年もあれば完了するのか」


「でもその後で増えましたね」


「まあな。我々も正確な人数を把握していたわけでは無い。それに旧エルラン帝国の普人族も移住したいと言ってきたので人数がかなり増えてしまった」


「ディッツ帝国を悪く言うわけではありませんが、彼等は征服されたと思ったらすぐにまたですからね。精神的に堪えたのでしょう」


「日本が公式の立場で我々のやったことを非難しないのは助かる」


「恐らく日本でも同じ立場だったらやったかも知れません。それに以前申し上げたとおり価値観は一つではありません。非難するのは簡単です。理解するのは難しい」


「非難するは簡単、理解は難しいか。うむ、良い考えだ。使わせて貰おう」


「お恥ずかしい」


「それで一回三千人を月六回で良いのだな」


「はい。港湾能力が上がれば日本船専用埠頭が出来ます。さらに上積みも可能かと」


「ではこちらの送り出し能力の向上をしないとな」


「はい、専用埠頭が出来たら、今のように三千人単位では無く一隻三百人単位で順次送り出しが出来ればと考えます」


「護衛は必要ないのか」


「護衛艦隊にようやく余裕が出来まして、直接護衛を減らして航路帯警備に切り替えています。それにディッツ帝国内での護衛は必要ないと考えます」


 紫原中佐が言った。


「信用が出来たかな。いや、先ほどの帝国の方針のせいか。護衛艦は来てくれていいのだぞ。知っていると思うがいろいろ参考になるのでな」


「そうですね。数年で追いつかれそうです」


「その頃にはさらに先を行くのだろう」


「そのうち御招待できる可能性がありますので、その時は全てご覧に入れましょう」


「期待するぞ、いいのだな」


「正式に国交が結ばれましたらどうぞ」


「今すぐでも良いぞ」


「それはかなり突っ込んだ話をされても良いと」


「うむ、その際は私とあと三人ほど同席するがな」


「ではこちらもそれなりの立場の人間を連れてこないといけませんね」


「いつ頃なら可能なのか」


「そうですね。これから予備交渉と本交渉ですから、最初の予備交渉が一ヶ月後。本交渉はそれを見てとしたいですね」


「それで良いならそうしよう。貿易を始めたのだ。国交は有った方が良い」


「同意します」



 カムラン港は日本から入ってくるお茶の荷揚げで近年に無く忙しかった。転移前とまではいかないものの最近の内航船しか荷捌きをしない状況よりはましだった。

 その船が帰りにディッツ帝国の誇りとも言える綿製品を大量に積み込んでいくのである。

 港に活気が戻りつつあった。

 残念なのはカヒの実がここでは無くキール港に揚げられること。

 ワインの積み出しはカムランの他、キール、ブレストでも行われており、日本では産地では無く積み出し港の名前が間違えて付けられた。後年ディッツ帝国のワイン業者は名前に苦労することになる。


 カムランでは港湾の拡張工事も開始されており周辺もいつになく賑わっていた。

 日本船は以前から移住者の乗船で来ていたが、賑わうのはその周辺だけで有った。もっとも日本人船乗りがかなり金を使うので、周辺には日本人相手の土産物屋や飲食店が増えていた。

 聞けば、必ず上陸して金を使えと言われているそうだ。路地裏に怪しい店も幾つか出来てきているが、日本人が粗雑に扱われることは無かった。彼等も金づるに対しては慎重らしい。ただ、女には手を出さなかった。出したら厳罰で二度と船に乗れないと。異常な程、性病に慎重らしい。



 その日は移住者が乗船する日だった。一緒にお茶を積んだ貨物船も来ている。

 珍しいことに貨物はお茶だけではなく、他の荷も有るようだった。かなり高価な荷なのか護衛まで付いている。

 ノリタケの磁器や各地の漆器が来ているのだった。受け取る商人の方も緊張している。勝負を賭けて入れては見たものの売れなかったらどうしようとか、いや、これは必ず売れる。心の葛藤が顔に出ているようだ。

 もう一人の商人の方はそれ程緊張はしていなかった。あくまでもそれ程である。彼は鰹節を入れてみたのだ。あの本当に元は魚なのか怪しい物体。釘が打てるかも知れないだと。

 だいたい、かんなで削るって。それは食べ物なのか。

 しかし、そのスープは何故か彼の舌に残ったのである。金額的にも、隣の奴ほどでは無いことが幸いした。隣の奴は売れなかったら店が傾くだろうが、俺の所はそんなでも無いなと思う。

 彼等はあの時たまたまカムラン港にいて出雲丸に招待された人間だった。幸運だと思う。他にもいたがそいつらはカネを逃がしたようなものだな。俺とあいつはきっと笑える。そう思うと、彼は仲間に近づいていった。



 日本国内ではお茶生産者やお茶問屋が悲鳴を上げるほど忙しくなっていた。いきなり一億二千万相手にお茶の商売が始まったのだ。しかも紅茶。作り方は知っているし多少は作る業者もいる。だが紅茶はあくまでも輸入品だった。それを輸出品といってもね。と抗議はしたが政府の強い要望で紅茶生産に力を入れることになった。第一ロットは味の点で相手に受け入れられなかった。第二ロットでまずまずの評価を受け、第三ロットで合格点を貰った。最低限受け入れることが出来るとして。

 お茶農家では自分達だけでは茶摘みが間に合わずに移住者達の力を借りようと申し込みをするが、他にも引く手あまたであり中々受け入れには至らなかった。これは自分達を追い出した国に輸出する物を作ることに抵抗を感じて辞退した人間が多かった為であるが、農家はそんな事情は知らないのだった。

 結果、国内の地図作成が終わり暇になっていた中高年を雇うことになるのである。彼等は元は輸出関連の仕事をしていたが転移で輸出が無くなってしまい解雇された者達だった。

 当時はまだ茶摘み機が無く全て手作業であった。それでも茶摘みハサミのおかげで手摘みよりも早く楽だったのだが慣れない作業に悲鳴を上げていた。

 数年後、そのうちの何人かが地元の機械関係の会社と共同で機械式茶摘み機を開発した。



「うん、中々いい出来だね。最初は酷かった。アレを思えば雲泥の差だ」


 味を語るレンネンカンプ大臣。


「生産者が苦労しましたから」


 通産省の井伊が答える。彼は度々この地を訪れる。農林水産省からも来ているのだが、今はいない。ディッツ帝国と植物検疫の話をしに来ていた。これもいわば予備交渉で有ろう。一億二千万相手にはさすがに全量供給は無理として、お茶の木を渡すので内製化に努めて欲しいというお願いだった。違う品種を掛け合わせて良い物が出来ればという話をしているらしい。日本にもディッツ産の茶の木を持ち帰る気だ。多分カラン港そばの農業試験場でやるのだろう。

 お互いに足りない資源・物資を融通し合ううちに良好な関係を築きたいと思う両者だった。




この後は良好な関係か


次回 十二月二十九日 05:00予定

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