続・交渉
続きです。
いつも誤字訂正ありがとうございます。
休憩に入り、日本側と廊下を隔てた部屋で。
「軍務卿、日本は「先制攻撃はしない」と言っているが、信じて良いのだろうか」
「主席閣下。完全に信じる訳にはいきませんがこれまでの経緯からしてある程度は信じては良いと考えます」
「これまでの経緯とは?」
「西の鼻岬沖で我が国の遭難船が救助されたことは既に報告されているはずです。お読みになっていませんか」
「ふむ、そういう報告書は優先して上がるはずだが読んだ事は無い」
「卿達はいかがか?」
「読んでおりますな」 法務卿ジュリオ・メディチ侯爵
「はい」 財務卿 カミノス・セルネルカ伯爵
「読みました」 商業卿 マーシャル・ダイクストラ伯爵
「来ております」 工部卿キース・エンメルカ侯爵
「何故主席たる私の所には来ていないのだろう」
これには皆何も言えなかった。誰がやりやがった。心は一つだった。
「私の所にも来ておりません」
副主席のカール・マルケス子爵が言った。子爵位でありながら副主席である。いかに優秀かは分かろうというものである。
「これは情報伝達系を一度調べねばなりますまい」
法務卿ジュリオ・メディチ侯爵が言う。
「法務卿と軍務卿、あなた方で調べて欲しい。このような重要な情報が届かない。これでは判断できないでは無いか」
「「はっ、畏まりました」」
「閣下。話題を変えますが、ボラールは無事エンキド議会前に届いております。魔石も本物であると鑑定されました。魔石に関しましては、連邦財務局保管庫に納めました」
「ボラールか。旨い料理が出てくるのだな?魔石の管理はそれで良いが、お披露目をしなければいけないだろう。セルネルカ卿は指揮を執れ。ファンラード卿は警備を万全にな」
「「畏まりました」」
「閣下。そのボラールでありますが、国交を交えることが出来るならば月に一匹程度は提供してくれると言うことです」
「「「「月に一匹だと」」」」
「はい。最初に接触しましたセーラム家の者が伝え聞いております」
セルネルカ卿が言う。
「報告書には書いてないぞ」 エンメルカ侯爵である。
「港湾長は彼等を排除しようとしましたからな」
エンメルカ侯爵はこめかみに再び怒りマークを浮かべた。屈辱からか真っ赤である。港湾長はエンメルカ派閥の端っこだった。
あいつ、「お任せ下さい。侯爵様の威光を知らしめてきましょうぞ」などと言ったくせに。これでは下げられるだけでは無いか。いつか首にしてやる。
「他にはシロッキが港湾長とセーラム家に一匹ずつ進呈されました。挨拶代わりと騒がせたお詫びだそうです」
「それは聞いている」 エンメルカ侯爵はホッとする。
「待って欲しい。では彼等はボラールやシロッキを簡単に捕獲できると言うことでは無いか」
軍務卿アレックス・ファンラード伯爵が発言した。
「そう言えば、そうですな。簡単に捕獲出来るからこちらへ提供も出来ると言うことですか」
法務卿ジュリオ・メディチ侯爵が言う。
「ガンディス帝国でもボラールは命懸けで数年に一匹か二匹だと聞きます。シロッキも年に何匹という単位です」
商業卿マーシャル・ダイクストラ伯爵が言う。
「さらに彼等は統合ギルドに対してシロッキを数匹売却するようです」
「「「は?」」」
「また、驚くべき事に統合ギルドに対して「見本としてボラールのウロコの盾を大小それぞれ十枚。ボラールのウロコで出来たナイフを長短それぞれ二十本。ボラールのウロコで出来た片手剣十振り。両手剣十振り。ボラールの骨で作った槍を十本。それぞれ進呈しましょう」で、進呈されたようです」
「嘘ではあるまいな」 主席が問う。
「統合ギルドに納品済みです。鑑定も行われ本物だそうです。国交がなされれば定期的に売却できると言っているようです。しかもドワーフが作った物です」
統合ギルドは連邦商務省の管轄であり、ダイクストラの元には最優先情報として上げられていた。
「ドワーフだと。彼等はドワーフと親交があるのか」 主席が問う。
「そこまでは聞けておりませんようです。ただ定期的にと言うことは量産が可能で有ると言うことですからかなり仲が良いと思われます」
「軍務卿、ファンラード伯爵。問うが、それだけの物が有れば混沌領域から出てくる混沌獣に対抗は可能か」
「閣下。充分に対抗可能です。数が揃えばと言うことですが」
「では奴らを混沌領域の中まで押し込むことが出来るのか」
「可能性は十分と」
「皆、どうだろうか。私連邦主席としては国交を結ぶべきと考える。人の住む領域を広げることが出来る。混沌獣の恐怖に怯える日々を減らしたいと思う」
「「「「良いお考えかと」」」」
「では国交を結ぶという方向で検討に入る。良いな」
「「「はっ」」」
「あの収納袋?拡張袋だっけ。あれにはおどろいたな」
「本当です。目の前から無くなりました」
「欲しいものだが、運用が難しくないか。誰にでもというわけにはいかんだろう」
「当然だな。高い倫理基準が必要になる」
「そうだな、後で詳しく聞いてみるか」
「その前に国交だけれどな」
「違いない」
日本人達は何らかの魔法が施されているだろう拡張袋に興味津々だった。
「海軍さんは、この大陸に定期就航は可能と見ているのですか」
「はい、針路を外さなければ東鳥島から真東でここです。多少距離はありますが航法的には楽です」
「問題は何かありますか」
「海洋性混沌領域ですね。どこのあるかが分かりません。この近くだと思いますが、現状では航空偵察の結果待ちです」
沖合では七航戦が主体となって海洋調査が行われていた。七航戦の存在はギルガメス王国連邦内には見せていないし見せる気も無い。
「感触はどうなんでしょう」
「シロッキや海獣のような混沌獣が確認されていますので、近くに存在することは確かでしょう」
「難破船に関する報告書ですと、どこにあるかは確認されていないと言うことですね」
「はい、木造船では近寄れないからでしょう。ボラールには海軍の駆逐艦も損傷を受けいていますし、数がいれば巡洋艦以上の大型艦も危ないかも知れません」
「そんなに危険なのですか」
「危険です。ボラール以上の海洋性混沌獣がいないとも限らない」
「確かボラは中型魚でしたか」
「大ざっぱなくくりでは」
「ボラ以上になる魚ですか。結構有りますね」
「はい、一番危険なのはダツとカマスとサメでしょう。ウツボもいますが海底ですから表面に上がってくるかは」
「ダツとは危険な魚なのですか。名前自体初めて聞きますが」
「大きい物では一メートルくらい位になります。夜間は光に向かって突進してきたり、昼間でも何かのきっかけで突進してきますので要注意です。漁業者の被害も多いです。カマスも攻撃的です。大きさが色々ですがどちらもまだ混沌獣としては未確認です。出てきて欲しくないのが鯨類ですね」。」
「鯨ですか」
「そうです。鯨は哺乳類ですので魚類と違って混沌獣になってもそんなに大きくはならないと考えられていますが、もし大型化していれば二メートル以上になる大型種ばかりですのでかなり危険かと」
「では現有戦力での調査は」
「危険なだけです。ですから上空からの航空偵察のみです」
「まあ今はいるかどうか分からない物よりも、この国との関係だろう。話を戻そう」
「そうですね。海軍としては海軍力は脅威ではありませんので意見はありません」
「陸軍はそもそもやる気はありませんよ」
「軍は関わりたくないと」
「「その通りです」」
「この国もディッツ帝国と同じように政情不安があるわけだが、かの国のように旧帝国民を抱えているわけでも無い。情報の分析がすむまでは中立に徹したいと思う。どうだろうか」
「賛成です。それしか無いでしょう」
「賛成」
日本側の基本姿勢はあくまでも中立であることを確認した。
再び会議室に戻り協議を再開する。
「日本側に確認したい。どちらにも与せず中立を守るは可能なのか」
「完全には無理でしょう。我々はこの国について何も知らないのです。どちらの勢力に誰がいるのか、どちらが優勢なのか、どちらが我が国にとってより好ましいか。何も知らないのです。ですからボラールは連邦主席へ、シロッキは港湾長とセーラム家に。後は統合ギルドへですね。ご理解頂きたい」
「あくまでもその姿勢を通すと言われるか」
「はい、出来る限り」
「分かった、日本にも都合があるだろうし、中立でいてくれるなら有り難い」
「はい、ご理解頂けたようです。ありがとうございます」
「なに、今はどちらかに傾くのは国として良い事ではないのでな。日本という強烈な刺激がこの国を動かすきっかけになるのだろうと言う事は明白だ。その時にあからさまにどちらかを支援されるのは、後に憂いを残す。そう思わないかな」
「日本としてはそのようなことは望みません。一番良いのはこの国が安定することです。日本は切に望みます」
「この国の安定が望みなのだな」
「はい」
「ならば協力して貰えないだろうか」
「協力ですか」
「そうだ。日本は何故この国が二つの勢力に割れているか知っているか」
「いえ、寡聞にも存じません」
「そうだろうな。昨日の今日で知るわけも無いか。では説明しよう。軍務卿アレックス・ファンラード伯爵が説明する」
「軍務卿アレックス・ファンラード伯爵であります。以後、お見知りおきを」
「こちらこそ」
「では説明しましょう。何故私かと言うことからですな。私はどちらにもついていません。軍務卿という立場でどちらかにつけば、混乱を助長するだけです。これはよろしいか」
「大変良くわかります」
「よろしいです。では、何故こうなったかなのですが、混沌領域のせいです。実は大変に多いらしいのですよ。我が国にある混沌領域の数が。さらにダンジョンまで多数あります。混沌領域から混沌獣が出てくるとい事はご存じか」
「はい、聞いております。それについては我が国陸軍の者が対応いたしましょう。陸軍の西河です」
「西川君」
「はい、ただ今ご紹介にあずかりました日本陸軍、西河です。混沌領域から混沌獣があふれ出るのは内部の飽和によるものと考えています。違いますでしょうか」
「それで良いが、日本はあふれ出た、これをスタンピートというのだが、対したことはあるのか」
「そうですね七回はあります。いずれも、撃退しました。上位種も九体倒しております」
「なんと。上位種を九体ですと」
「はい、小型のケンネル上位種が六体。中型のオークが二体。モスサイが一体です」
「しばし待たれよ。確認したいがケンネル上位種が六体、オーク上位種が二体、モスサイ上位種が一体で間違いないか」
「はい」
「どのくらいの数だったのか」
「詳しいことは資料を見ないと分かりませんが、ケンネルの場合五回出てきました。ケンネル上位種一体がモスサイ十頭とケンネル千匹を引き連れているのが平均のようです」
「ふむ、我が方もそのくらいですな。ではオークとモスサイは」
「オークは一回です。オーク上位種がモスサイ二十頭とオーク五百前後を引き連れて出てきたようです。モスサイも一回です。モスサイ上位種がケンネル上位種二体とモスサイ五十頭、オーク百匹、ケンネル千匹を引き連れていたと記録にはあります」
「それは正しいのかな」
「戦場掃除で数えました。概ね間違っていないはずです」
「ではかなり犠牲が出たはずだ。大変なのでは無いか」
「はい、戦死者が三百八名、負傷者が千五百名余りとなっております」
「戦死者が三百八名だと。そんなに少ないのか」
「これは戦術の観点からしてお分かりいただけると思いますが、事前の偵察でスタンピートが分かったことが四件あります。待ち構えて一斉に討ち取りました。後の三件は不意遭遇戦が二回。偵察したらスタンピートだと分かったことが一回です。戦死者と負傷者の大半は不意遭遇戦で出ました」
「では事前偵察が十分なら、損害は減らせると言うことなのだな」
「はい、ですが地上偵察では遭遇戦に近くなります」
「どういう事なのかな」
「日本は空中から偵察することが出来ます」
「「「空中からだと」」」
「はい、そういう道具があります」
「軍務卿、もういい」
「は」
「では、連邦主席からの言葉だ。事実上の国策と思ってくれて良い。ギルガメス王国連邦は、日本と国交を結ぶ。ただし、条件がある。混沌獣対策を手伝って貰いたい。これだけで良い」
「日本としては混沌獣対策に手を貸すのはかまいませんが、それだけで良いのですか」
「差し当たってはな。我が国がこうなってしまったのは混沌獣対策が後手に回っているからだ。協力して貰えるのならば有り難い」
「しばし、お待ちを」
(おい、どうする)
(いいのではないか。協力するだけならば肩入れしたことにはならない)
(えーと、陸軍と海軍の意見は聞いて貰えないのですか)
(言ってみてくれ)
(協力しましょう。ただし、陸軍は戦力の多くをシベリア大陸と東鳥島に取られています。大したことは出来ません)
(海軍はもっと酷いですよ。領海警備と東鳥島にディッツ帝国の往復便です。こちらにはこの艦隊で一杯です)
(では、たいした戦力は出せないと)
(はい、航空偵察なら水上機を使えば基地は小さくて済みますから、次回の来航で可能でしょう)
(陸軍も少数の戦車や装甲車なら可能だ。師団規模の兵は出せない)
(分かりました。その辺りは帰国してからの調整で)
((分かりました))
「お待たせしました。協力します。今回は国交準備の仮調印と言うことでよろしいかと」
「うむ、良いだろう」
後は細々とした調整を話し合った。海軍が航空部隊を出してくれる事は事前に許可が出ていたという。陸軍も同じだった。
次回来航の時に戦力を伴ってくると言って、交渉団は帰国の途についた。
セーラム港では艦隊の乗組員が交代で上陸して買い物や飲食をしていた。資金はシロッキや交易品を売却した資金だ。
交渉団とセーラム沖で合流して帰国するのだった。
次回来航時の戦力どうしましょうか。
次回 十二月十四日 05:00予定