ボラール贈呈 ギルガメス王国連邦側
まあいいんじゃないかと
連邦首都エンキドの備蓄倉庫の番人であるヘイドリック、ラサール、コシデーハリ、ミリカの四人と、冒険者のハリー、ポワチエの二人が集められたのは、エンキド郊外にあるキドレン河の船着き場だった。
彼等六人は、前日に仕事があるのでここに集合するように言われた。
倉庫番の四人は連邦財務卿のセルネルカから、冒険者の二人は統一ギルド経由で発注された依頼だった。依頼主は連邦商業卿ダイクストラ。
彼等六人の特徴はただ一つ。大容量の拡張袋を持っていることだった。倉庫番の四人は先祖から伝わる逸品。冒険者の二人は実力でダンジョンから持ち帰った物だった。
倉庫番の四人に命令したのは、イシュタル公爵家の勢力でも有力な一人であるセルネルカ伯爵だった。連邦財務卿という重要な地位に就いている。連邦が破綻しないのはセルネルカ伯爵の功績による物が大きいと市井の噂である。
冒険者の二人の依頼を出したのはエンメルカ侯爵家の勢力で連邦商業卿のダイクストラ伯爵であり、役に立っていないが害も無いと言われる人である。
「なあハリー、この依頼は不味そうな気がしないか」
「イシュタル対エンメルカか?だが、不味いならどうしてあの二人が同じ場所にいる?」
「そうだよな、不思議だよな。見ろよ。挨拶はしたがそれっきりだ」
「なんか、呼んでいるな」
「説明だろ。どのみち指名依頼で断れないんだ。行こうぜ」
「君たち六人に集まって貰ったのは、その大容量の拡張袋を所有しているがゆえである」
「今日の午後、ここにボラールが運び込まれる。ボラールはある程度の大きさに解体されており、その収容と連邦議会前までの輸送を頼むためである」
「それまでは自由にして良いので、合図をした時点で集合できる距離にいれば自由にしてよろしい」
「かなり大きな船がキドレン河を遡ってくるが、驚く必要は無い。敵対勢力では無い」
「以上である。質問はあるか」
「はい」
「君は冒険者の・」
「ハリーです。正確な時間は分かるのでしょうか」
「昼過ぎから午後の三点の間と聞いている」
「ありがとうございます」
「うむ」
「倉庫番のラサールです。解体されたと伺いましたが、解体後の大きさは分かりますでしょうか」
「三メータ六メータ八メータと聞いている」
「ありがとございます」
「君たちの持つ拡張袋は特大と言ってもいい大きさで十メータ十メータ十メータがあると聞く。隙間が出来るので、その隙間にはボラールの身だけでは無く内臓も収容して欲しい」
「ボラール一匹分全部あるのですか。信じられません」
「コシハーデリ君か。我々も連絡を受けて支度している段階でな。詳細は分からん」
「失礼しました」
「冒険者のポワチエです。あそこに騎士団の人達が見えるのですが警備の為なのでしょうか」
「そうだ。警備のためである。何しろボラールの魔石が連邦に贈呈されるのでな。絶対に不測の事態が起こってはならないのである」
「「「「ボラールの魔石」」」」
「うむ、だから警備も厳重にしている」
その後幾つかの注意事項を聞き解散となった。
「おいハリー、ちいと不味くは無いか」
「まあな。それよりもボラールの魔石かよ。拝んでみたいぜ」
「それは同感だ。どんな大きさなのかな」
「噂で聞くだろ。一抱えあるとよ」
「また与太な話を。良く聞くがどうなんだろう」
「さあな、だいたい捕獲事例がほぼ無い。ほとんどが海岸に打ち上げられた死体だぞ」
「見つけた者の取り分か」
「解体するのに一ヶ月は掛かるという話だぞ」
「全部腐っていないか」
「臭いのはいやだぞ」
「それには賛成だ」
二人は船着き場付近の食堂に行った。
「いらっしゃい」
「二人分おすすめで」
「酒は?」
「仕事中なんだよ」
「仕事って?」
「すまんな。守秘義務という奴だ」
「はあ、あんたら五級以上かい」
「二人とも七級だ」
「凄いじゃないか」
「「ありがとう」」
「じゃあ船着き場の騎士団もそうなのかな」
「アレは隠せないよな。まあその関係だよ」
「騎士団に七級が二人かい。さぞや凄い物なんだろうね」
「「アハハ」」
お昼まで船着き場付近の村をぶらぶらしていた。小さな畑と宿屋と幾つかの店があるだけの村だった。どこにでもある、街道宿と同じだった。
お昼過ぎ約束に遅れないよう早めの集合を行う。冒険者であれば必須の心構えだ。駆け出しから四級辺りまでは守れない奴も多い。五級になるとみっちり教育されるし、そもそもそういう約束を守る冒険者でなければ五級の試験をギルドで推薦して貰えない。
船着き場は混乱していた。皆が下流を見ている。なんだろうと思いながら集合場所に向かう。
「早いな」
「遅れないのが決まりです」
「そうか。倉庫番の連中はまだ来ない。と、思ったら来たな」
「「遅くなりました」」
「まだ時間前だ。遅いことはない」
「ありがとうございます」
「ダイクストラ様、皆騒いでいますが何かあったのでしょうか」
「そうか、お前達の所からは見えないか。あそこの小高い所、大勢居るだろう。あそこに行けば分かるぞ」
「行って見ろとおっしゃいますか」
ダイクストラ卿は頷いた。
「あなた方も行きましょう」
倉庫番のミリカが言う。
頷いて後に続く。
「ごめんなさい。皆さん何を見て騒いでいるのですか」
「おお、ねーちゃんか。下流からすげーでかい船が上がってくるんだよ」
「デカいですか」
「あんな船見たことも無い。帆もないしな」
「帆がないですか?」
ミリカは思う。ガンディス帝国で運用を始めたという蒸気船かも知れない。下っ端とは言え政府関係者だ。そういう噂は入ってくる。
そうしているうちに見えてきた。なんという大きさだろう。それに、まさか鉄で出来ているのだろうか。
気が付いたのかさらに騒ぎが大きくなる。そんな中に爆弾発言が出た。
「蒸気船だな。だが、ガンディスの奴じゃない。奴らのはもっと小さいし木造だ。ありゃどう見ても鉄だぞ」
大騒ぎである。騒ぎの元の冒険者はもう集合場所に戻り始めた。慌ててその後を追いかける。
「あなたは蒸気船を知っているのですか」
「ああ、仕事でな。ガンディスに行った。その時見たが、アレは違う。だいたいデカすぎる」
「そんなに違いますか」
「断言できる。ガンディスじゃないし、間違ってもラプレオスでもない」
確かにラプレオスじゃないだろう事は明白だ。ラプレオスの技術力はギルガメス王国連邦と変わらない。なら、どこだろう?
「そして、アレのせいだな。呼ばれたのは」
確かにそれしか考えられなかった。ボラールを運んできたのだろう。
集合場所に着くと既に騎士団と財務卿と商業卿のお二人も待ち構えていた。
「見たかね」
「はい、遠目ですが」
頷いた後で
「では出発」
騎士団に挟まれて船着き場に進んでいく。既に騎士団で場所の確保は出来ていた。
セルネルカは先ほどのダイクストラとの会話を思い出していた。
【「のうセルネルカ卿、国がこのままでは二つに割れる。そうは思わんか」
「ダイクストラ卿こそエンメルカ侯爵家と一緒になって割ろうとしているでは無いか」
「違うのだと言っても無駄であろうな。確かにそう動いてきた。だが、あの方は性急すぎる」
「どういう事ですかな?」
「なに、少しゆっくりにならないかと思いましてな」
「ゆっくりですか」
「そう、イシュタル公爵家の言うように」
「ではあなたから見てもこの国は行き詰まっていると」
「そうであろう。経済的に行き詰まった国は国で在る事を止め、王国連邦の一地方になっている。この動きは増えることはあっても減ることはない。それは財務卿であるあなたが良くわかっているはずだ」
「確かにそうですな。このままでは王国連邦直轄領とか言う訳の分からない所属の不明確な地方が増えるばかりだ。しかも位置的には内陸部が多いとはいえ、海に近い場所もある。王国連邦の地図を見ればもう四分の一が国では無い」
「国政の混乱も酷い。財政状況も良くないしな」
(こいつ、お前らももっと協力しろよ)等と思いつつ
「そうですな。王国連邦の負担は増えるばかりだ。恐らく直轄領が半分くらいになれば王国連邦としての体裁は保てないでしょう。下手をすればまた北と南に攻められる」
「はい、ですから日本との接触がいい機会になる可能性があります。いやいい機会にしなければなりません」
(こいつ、評判では昼行灯のはずだが。わざとそう見せていたのか。ならば警戒しないとな)
「ほう、いい考えでもお持ちですかな」
「いやいや、たまたま機会がやってきたのです。考えはまだ纏まりません。だがこの機会は逃してはいけない気がします。そう御思いでは無いですかな」
「いや、御慧眼確かに伺いました。全くその通りであると考察いたしますな」
「ではのちほど話し合いの機会を設けませんか」
「そうですな。日本とボラールの騒ぎで勢力の警戒も薄れていますからいい機会でしょう」
「財務と商業です。会っても不思議では無い。いや会わない方がおかしい。首都に戻ってからですな」
「そうですな」】
その船は見えてきた。大きい。帆が無い。鉄だと。皆それぞれに騒ぐ。
小さい船が近づいてきた。こちらに寄せるようだ。
見たことの無い形の敬礼?をしてから
「日本海軍ボラール輸送隊坂本大尉です。ボラール引き渡し場所はこちらでよろしいですか」
「ギルガメス王国連邦近衛騎士団ノムストロです。はるばるご苦労様です。場所はこちらでよろしい」
「ありがとうございます。どこに接岸すればいいのでしょうか」
「接岸の必要はありません。こちらから受け取りに行きます」
「?うけとるとは」
「拡張袋という物をご存じないか」
「拡張袋ですか。少しお待ちを」
後ろの人間に聞いているが分からないようだ。
「分からなければ仕方ないですな。とりあえずこの二人をボラールの所まで送って貰えませんか」
「それであれば送りましょう」
首をかしげながらもハリーとポワチエの二人を乗せて一番後ろの艀?に向かう。
何ないろいろやっているようだが、固縛を解き始めた。
そして、ボラールの切り身が消えた。ずいぶん驚いている。見たことが無いのだろう。初めて見る人間はだいたい同じ反応をする。
引き船三隻から切り身が消えた頃、大きな船から人間がやってきた。何やら荷物を持っている。
「初めてお目に掛かります。日本外務省東地域統括局長、佐々成重です」
その人間はそう名乗った。
度胸一番ですか。
お土産はボラールの魔石ですしね。