キドレン河 遡航
ボラール贈呈行程です
ギルガメス王国連邦主席にボラールを贈呈することになった東遣艦隊は、キドレン河を大発艇で遡ることになった。
ギルガメス王国連邦政府内に「献上」という声もあった。しかし、東遣艦隊側はそれを受け入れなかった。当然である。「献上」などしたらずっと下位に置かれてしまう。あくまでも対等な立場を崩したくなかった。
「贈呈」に落ち着いたのは必然であった。
捕魚母船の細川隆一船長は頭を悩ませた。せっかく解体冷凍してあるものを大発艇に搭載という艦隊司令長官命令にだ。
しかも、出来るだけ解体前の姿になら無いかと巫山戯たことを言ってくる。
物理的に無理と言って断ったのは言うまでも無い。まずウロコを剥がさなければ解体も出来ないのに。
二十五ミリ機銃をはじくウロコの強度を知らんのか。ゴツいノコギリでも歯が立たんのだ。
最近はウロコ製のノコギリなどもあるがウロコとウロコだ。結果は見えている。
解体は頭を外すことから始まる。えらぶたを左右に引っ張りその隙間に作業員が解体用具を持って潜り込む。
危険な作業だ。
エラを落とし隙間を作り肉を徐々に切り開きながらえらぶた回りの骨を本体から切り離す。その後背骨を目指す。この作業は左右から同時に進められる。
背骨の軟骨部分を工具鋼を使ったノコギリで徐々に切断する。左右で挽けるノコギリを使い二人で息を合わせて挽く。一人ではとてもでは無いが切り込みも作れない。
この一連の作業は交代で行われる。一人が通しで出来る作業では無い。
そして頭が切り離される。これだけで数時間が掛かる。
その後、魚体は横向きにされ腹をさばく作業に入る。始めた頃は正立させたまま行った。頭を落としたのだから前へ引き抜けないかとやってみたが抜き出し作業の途中で作業員が腹腔内で臓物に押しつぶされるという事故が発生。また臓物まで切ってしまいすさまじい悪臭・異臭が発生し作業員が倒れるという事故もあった。事故の後、頭を外してから横向きにして腹を抜くという手順に改められた。
最初に横向きにしてから腹を抜き、その後頭を外すこともやってみたが、腹腔内のものが無いために自重で潰れてしまい頭を外す作業が大変な苦行となった。
結局頭を最初に外すことが一番効率的であるとされた。
腹の中身をバラすのは専用の区画で行われる。捨てはしない。貴重な資源である。特に魔石。大きさは長さ六十センチ幅四十センチのラグビーボール形状だ。大型混沌獣のモスサイでさえ長さ二十センチ幅十五センチ程度である。しかもかなり色が濃いのだ。
腹を抜いた後は前方から徐々にウロコを剥がしていく。六メートルほど剥がし終えたら、三メートルのブロックになるよう身を切っていく。背骨は頭を落とすときと同じように行う。最近はウロコ製の刃物が供給されているので、ウロコを皮から剥がすのも身を切るのもずいぶん楽になった。細かくするのは東鳥島の施設で行う。
このとき気をつけなければならないのが小骨。容赦なく刺さる。何人入院したか分からない。重傷者もいた。作業者が注意するしか無い現状である。ウロコで防護服を作ることもカラン村の職人に依頼してあるが思うようには行かないようだ。
ただ小骨があるのが頭から六メートルであり、そのブロックを切り取ってしまえば不安は無くなる。
切り離されたブロックはそのまま冷凍される。ひっくり返してウロコを剥ぐことはしない。それも東鳥島の施設で行う。
ブロックが芯まで凍るのに三日ほどかかるが、五日くらいは常温で保管しても痛まないくらい持ちが良い。
カラン村で大型の保存袋が作られていると言うが、まだこちらには回ってこなかった。
そんな努力で解体したボラールを復元とか無茶言われても困る。
頭から尻尾まで一匹分の提供で我慢して貰った。剥がしたウロコや内臓もセットでだ。勿体ないが魔石も付ける。
キドレン河河口付近の海上で大発艇に捕漁船のデリックを使い載せ替えることになったが、ここで問題発生。連絡と資料及び現物確認の不徹底で、大きさと重量から大発艇に乗らないことが判明。
急遽、会議が開催され、幾つかの方法が検討された。
大発艇を平行にしてその上に乗せる。工作は可能だが、それだと大発艇の数が足りないので三往復する事になる。他に良い案が無い場合の最終手段とされた。
大発艇は補給艦一隻につき四隻搭載されている。東海域捜索隊には四隻の補給艦が付いているので十六隻だ。
様々な案が出されたが司令長官が捕漁船で牽引という案を採用した。
スクリューでは無く内蔵型アルキメディアンスクリューを装備している。外板も厚く船体構造は駆逐艦よりも堅固でありバラストを減らせば吃水は駆逐艦と同程度になる事から選ばれた、バウスラスターもあり細かい変針が可能という事も選ばれた理由だ。
緊急展開フロートを平らにしてその上に身を載せ曳航するというものである。大発艇でも出来ないことは無いが、川の上流に流れを遡るのは無理とされた。
キドレン周辺まで運んでくれれば、後は王国連邦で引き受けると言うことであり、そこまで行ければ良かった。
キドレン河はギルガメス王国連邦からの情報によるとかなりの水深が有るという。
大発艇を先行させ流芯部を探りながら遡ることになった。
牽引するフロートは三基であった。
牽引する船は全員嫌がることが当然と思われたので司令長官が指名した。
指名されたのは第十六鳥島丸で船長の大島康夫は海軍を大尉で退役した者であり、第十七鳥島丸の民間人船長よりも扱いやすいと思われた。今回の仕事には予備役少佐として短期召集のような形になっている。
目の前で緊急展開フロートがその名の通りに展開され行く。捕漁母船のデリックで積み込まれていくのを見ている。
大島は貧乏くじを引いたと思った。海軍退役後、遠洋捕鯨船団でキャッチャーボートに乗っていた。転移で遠洋捕鯨の仕事が無くなり、無聊を託っていたのである。捕鯨船団のつてで東鳥島での捕漁船に乗ることが出来たのは幸いだと思った。そこへこの航海に参加しろという社命だった。断れなかった。
「船長、フロートへの積み込みが完了したと言うことです」
「ああ、分かった。では行こうか。周辺の確認はすんだか」
「作業員の安全は確保されています。作業船の姿もありません」
「よろしい。では、前進最微速。回転数は低めにな」
「前進最微速、回転数は低めヨーソロ」
「機関長、回転は低めで」
「こちら機関、了解」
ゆっくりと動き出す第十六鳥島丸。
牽引策が徐々に張っていく。やがて最後のフロートまで牽引策の緊張が伝わった。最後のフロートから白旗が上がる。
徐々に速度が上がっていく。焦ると切れるのは常識だ。
「機関長、回転を徐々に上げてくれ。八ノットだ」
「八ノット、機関室了解」
「大発に通信。先導せよ」
「了解」
俺が現役だった頃は手旗かオルジスだったなと思う。小型高性能の無線通信機が出回っているのが有り難い。
ここは河口から三キロほど南だった。海流は北へ向かっている。潮も上げ潮になる時間だった。
これからキドレン河を丸二日遡る。行程的には一日で行ける二十四時間という意味で。ただ夜間航行は危険なのでしないことになっている。なので二日必要だ。
先導の大発は四隻で交代勤務をするようだ。うらやましい。
キドレン河は広かった。航空偵察によると河口部で五キロ、キドレン辺りでも四キロはあると言う話だ。
噂に聞く揚子江や欧米の大河と変わりないかそれ以上の広さだった。
上げ潮の恩恵で河口から四キロほどは楽に遡上できた。
「機関長八ノット維持を頼む」
「機関、了解」
相対速度は八ノットでも実際は五ノット程度で遡っているはずだ。
所々に浅い部分でもあるのか大発が止まっている。うらやましいなどと言ってすまん。奴らも大変なのだ。帰りのためにブイを設置するという。
川岸には結構な人影が見える。珍しいのだろうか。
日が傾いてきた。大発に本日はこの辺りで描泊すると通信をする。彼等も描泊する。
翌朝、視界が良くなってから遡上を再開する。
昼過ぎに岸辺に印とされた旗が見えた。
少し上流に行き、最後尾のフロートから大発に任せることになる。
一隻の大発が岸に乗り上げている。交渉でもするのだろう。
見ていると彼等のうち二人が大発に乗り込みフロートに向かう。
フロートに乗り監視員と話をしている。
「船長、フロートからです」
「船長だ」
「船長、彼等がここで綱をほどいてくれと言っています。どうしましょうか」
「ここでか。大丈夫なのか聞いてくれ。何か手段があるのだろう」
「分かりました」
「船長、何か収納できる道具が有ると言うことです。信じられませんが」
「確かに信じられんな。だが、彼等の希望に添っておけ。固縛を解くことを認める」
「了解です」
見ていると信じられないことが起こった。荷物が消えたのだ。
「船長、荷物が消えました」
「見ていた。なんだ」
「分かりません。え?なんですかそれ? 船長失礼しました。何でも、拡張袋というもので大きなものでも小さな袋に収容可能な道具だそうです」
「信じられんとしか言っていないが、ほんとなのか」
「信じるしか有りません」
「分かった。そこで待機してくれ」
「了解」
その二人は最後尾のフロートに載っていた荷物を収容した。
代わりの人間が二番手のフロートに乗り込み同じように収容していく。
最後のフロートでも同じ事が起こった。乗り組み員は皆狐につままれたような気がしているだろう。かくいう自分もそうだ。
そしてそんな良い物が有るなら取りに来いと言いたくなった。
外務省の役人を送り届けた。どうやら、この地にとどまるようだ。度胸があるな。
お届け物の仕事は終わった。後はフロートを収納し安全に川を下ることだ。
出ました魔法袋
拡張袋と言っております