セーラム沖で
セーラム側に動きあり
「いやな、それは分かるが、どうして俺たちなんだ?」
「だって船を持っているのは、海運ギルドがほとんどだし。独立系の奴らはいまいち信用できないんだよ。港湾長と仲の良い奴も多いしね」
海運ギルドである。困惑しているのはギルド長。
おねだりしているのは、女冒険者のリーダー的存在のアルマ女史。
お風呂で髪が美しくなった彼女たちは、あの塗る奴 *まだ名前を知りません を絶対に手に入れる気でいた。
海運ギルドを巻き込むのは、船だった。そう沖合にいる日本艦隊にはとても手こぎ船では行けない距離だった。
そしてこう言って、仕事をさせようとしている。
「あなた、奥様いらしたわよね」
「いるが、どうした」
「この髪をみてくれる?」
「髪だ?なんだ。へー、ん?なんか違うな」
「特別に触らせてあげるから」
「おっおお」
「なんだコレは。サラサラではないか。どうしてこうなる。家のなんかいつも櫛が通らんとかほざいているぞ」
「髪が、奥様の髪がこうなったらどうするの。旦那として、奥様にプレゼントしたらどうなると思う」
「そっそれな、待て。今考えるから」
(かみさんにアレを贈ったらどうなる?愚痴は確実に減るな。夫婦げんかも減るかもしれん。では、どうする?)
「分かった。船を出そう。だが相手に接触出来るのか」
「大丈夫、あの船に救助された奴らを連れていくから」
「そう言えば、そんなこと言っていたな」
その後の話し合いで、明朝一番で出船が決まった。ちょうど引き潮であり、出航は楽なはずだ。
乗り込むのは海運ギルド長とチーム「サイデリア」の面々にプラスしてアルマ女史。
アルマ女史は女冒険者達の代表のようだ。
翌朝まだ日が昇る前から準備に余念の無い船があった。
既に潮は引き始めている。空はやや白み始めたところか。
その船に海運ギルド長とサイデリア、アルマ女史が乗り込んでいる時、声が掛かった。
「私も乗せてくれんか」
「私もお願いしますぞ」
統一ギルド副ギルド長と、男爵家家令マクダレフだった。
「不味い」
隠れるサイデリアの面々だが「隠れんでも良いだろう」と言う副ギル長の声で出てくる。
出で来るサイデリアの面々。
アレスはやっぱり話しておくべきだった、と思った。
「あら、副ギルド長と男爵家家令様じゃないですか。朝早く、どうしました」
しれっと聞いてくるアルマ女史。さすがだな。俺じゃ、ああは行かない。
「どうしたじゃないだろう。甘いぞ。どこに行く気かは分かっているからな」
「それで、私もお邪魔した次第です」
アルマ女史の頭がギチギチギチという感じでこちらを向いてくる。怖い。
「だ~れ~だ~」
ギャー、怒ってる怒ってる。怖いんだよあの人。
皆は違う私じゃないと手を振ったり首を振ったりしている。ついに、俺の方向いた。
「お~ま~え~か~」
「ちっちちち違います。おっ俺じゃない」
「まあ、アルマ、そのくらいにしておけ。コレはサイデリアのが漏らしたんじゃない。風呂屋経由で分かったことだ」
「へ?風呂屋」
アルマ女史は、ヒューと口笛を吹いて知らんぷりを決めた。うちの「ラララ」もだ。こいつら何やった?
「あれだけ風呂屋で騒げば噂にもなる。うちの受付嬢の情報収集力を舐めない方が良いぞ」
「「「「チッ」」」」 女四人で揃って舌打ちって、何それ怖い。
「それで副ギルド長、家令様は良いのですが、港湾長は?」
「あいつが早起きとはとんと聞いたことがない」
「そうですな、あの人は出船には余り関心がありません。入港する船の積荷には大いに関心があるでしょうが」
「この件には港湾長は関わらせないと?」
アルマ女史が聞く。
副ギルド長と男爵家家令様が頷く。
「分かりました」
「では出ようか。船長頼む」
副ギル長がもう仕切っている。
「では出航します」
「おい、曳船頼んだぞ」
「はいよー」
「野郎どもしっかり漕げ」
ちょうど引き潮であり、素直に岸壁を離れた船は港外を目指す。
帆を上げ風を捉える。
まだセーラム後背の山手から日は昇っていないが空はもう明るい。
「ありがとうよ。もういいぞ」
「無事でな」
「すぐ帰ってくるからよ」
「じゃあまた飯のタネだな。さっさと帰ってこい」
船は朝まずめの弱い風から日が昇るにつれて強くなっていく風を受け、沖へと進む。この辺りは常に西南西の風が吹くため、北に行くとき以外は、ジグザグに進む。
「艦長、電探に感あり。真方位九十度、距離四万に反応でました」
「なんだ、船か?」
「船だとは思いますが、速度が遅いか止まっているか良くわかりません。少し観察しないと」
「分かったら、知らせるよう」
「了解」
「見張り、港方向だ。何か見えんか」
「見えません」
「そうか、しっかり見張れ」
「はっ」
艦隊の外周警戒に当たっている二十五駆秋霜艦長太田少佐は考える。
港から出てきた船だよな。通常の出航で沖に出て変針するのか、それともこちらに来るかだな。
一応報告はしておくか。
「こちら秋霜、朝霜応答されたい」
「こちら朝霜、秋霜どうぞ」
「こちら秋霜艦長の太田だ。司令を頼む。電探に反応があった」
「了解、しばしお待ちを」
「神田だ、秋霜如何した」
「真方位九十度、距離四万に反応あり。当方としては確認に向かいたし」
「何か気になるか」
「ここは港から四十海里です。沿岸航行の船にしては海岸から離れすぎかと」
「そういうことか。分かった。こちらから司令部には伝えておく。確認頼む」
「秋霜了解」
「機関前進強速、転舵面舵、進路真方位九十」
「前進強速、よーそろ」
「お~もか~じ。真方位九十で戻します」
「見張りどうか」
「まだ見えません」
「艦長、こちら電探。どうも反応は帆船のようです。ジグザグに近づいてきます。現在三万七千。方位変わらず」
「了解、引き続き監視するよう」
「電探、了解」
帆船がこちらに向けてくるか。昨日司令部から全艦宛にあった通達だと、こちらに接触を図ってくる可能性も有ると言うことだったが。
普通に港湾じゃいかんのか。
その時、太田の頭にディッツ帝国で権力争いがあって巻き込まれた。という報告が浮かんだ。正確には、難民保護のため自ら巻き込まれに行ったらしいが。
いやだぞ。素直に日本に帰るのだ。権力争いに外の人間を巻き込まないでくれ。紫原の二の舞はいやだ。
そんな太田の心など気にせずに、反応は近づいてくる。これは間違い無く艦隊を目指している。
「艦影、正面距離二万五千」
「こちら電探、方位正面、距離二万五千接近中」
「こちら秋霜、未確認艦と四十分後に接触予定」
「機関、増速第三戦速」
「第三戦速、よーそろ」
「進路変更、方位五度、面舵」
「お~もか~じ。もど~せ~」
太田はいやいやながら未確認艦に接近していく。ろくでもない事が起こりそうだと思いながら。
「船長、正面近づいてくる物有ります」
「なんだ物とは、船じゃないのか」
「帆がありません」
「なんだそれは」
「船長、多分日本の船だ」
「日本だと。そう言えば昨日港にハシマールを入れたのも帆が無かったな」
「船長、どうしますか」
「どうします、ギルド長」
「向こうは自由に航行できるからな、進路このままでいいだろう。接近したら帆を降ろしてくれ。停船する」
「分かりましたが、大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫なはずだ」
「はずですかい」
「大丈夫だ。奴らは難破船を救助する奴らだ」
「それならいいでしょう。停船します」
「艦影 十一時 距離一万二千 帆船です」
「分かった。電探どうだ」
「十一時、一万二千です。接近中」
「分かった」
五千になったところで
「未確認船、帆を下ろします」
「なんだと」
双眼鏡で見ると確かに帆を下ろしている。停船する気か。
「電探、周囲に他の艦影はないか」
「有りません」
「帆船の風上に回り込む。進路このまま。速力第一戦速」
「第一戦速よーそろ」
「砲術、一応念のために機銃に配置してくれ。右舷だけでいい。配置だけだぞ。向けるなよ」
「了解しました。機銃は配置のみ」
「帆船左舷二千通過します」
「帆船の風上で停船する。取り舵、前進原速まで落とせ」
「と~り~か~じ」
「前進原速、よーそろ」
「艦長、どのくらい離しますか」
「そうだな航海、五百にしておこう。魔法があるという話だが、五百まで届く奴は滅多に居ないと言うからな」
「了解。舵戻せ」
「もど~せ~」
「平行になったか。速力落とせ、前進微速」
「前進微速、よーそろ」
「帆船右舷五百、停船しています」
「機関後進微速」
「後進微速、よーそろ」
「本艦行き足止まりしました」
「機関停止」
「機関停止、よーそろ」
「カッター用意」
「俺が行く」
「艦長、危険なのでは」
「俺の感が面倒くさくなりそうだと言っている。なら最初から行く」
「お気を付けて」
「ああ」
「向こうの船止まりましたね。小舟を降ろしています。来てくれるようです」
「きっちり風上で止まりやがった。帆船の動きを知っている奴だ」
「動きを知っているとは?」
「風下に向けては意外と速いんだぜ」
「そういうことですか。ぶつけられないようにですね」
「そういうことだ」
「何かあれば、あの大きな大砲で木っ端みじんでしょうが」
「いわんでくれ。あれがこちらに向けられていないだけ、いいと思わないとな」
小舟は意外にも手漕ぎだった。
「私はあの船の艦長、太田です。何か用事がありますか」
船の上では誰が最初に言うか揉めているようだ。面倒くさそうな予感がする。
「太田艦長、私はセーラム港を含む地域の領主代理です。そちらの艦隊の司令官にお目にかかりたい」
うん、めんどくささ最高になった。紫原よ、今なら気持ちが分かる気がする。
南に続いて面倒くさいか
次回 11月26日 05:00予定