セーラム男爵
港湾はこの辺りを領有するセーラム家の物でした。
「よく来た。副ギルド長。待っていたぞ」
セーラム男爵は、中年の小太りな男だった。小太りと言っても肥満では無く鍛えた結果の体だった。若い頃は海賊退治に参加していたという。
元々は、ギルガメス王国連邦成立以前にこの地に在ったゴルドバと言う小国の騎士家であった。
北のガンディス川と南のラプレ川に挟まれ小国が乱立していたこの地が統一される過程でゴルドバはうまく立ち回り、最終的に勝者の側だった。
セーラム家は褒美として当時未開地で会った王領の海岸を褒美として渡された。騎士爵であった家格も男爵家とされた。若干の報奨金と共にこの地に封ぜられたのである。
北にゴルドバ王国直轄領と南のゴルドバ王国の子爵領に挟まれた幅20キロ奥行き30キロの土地であった。セーラム家はゴルドバ王国の忠臣の一人であり、時折叛意を見せる子爵家との間に置かれた形だった。王家を守れと言われたようなものであった。
当時のギルガメス王国連邦は長く続いた統一戦争と、統一戦争中から戦後しばらくの間にあったガンディス帝国やラプレオス公国の戦争平定と言う名の干渉や侵略に対抗するため疲弊していた。これ以上の報償は渡せなかったのである。
三代目が海岸に小さな川が流れ込む入り江の浚渫を始めたのがセーラム港の始まりだった。コツコツと三代にわたって行われた浚渫事業によって今のセーラム港の原型が出来た。徐々に寄港する船が増えていきやがてギルガメス王国連邦内ではキドレン港に次ぐ要港となったのである。今も浚渫は続けられ港は拡張されている。
今は八代目アルベルト・セーラム男爵が領地運営を行っている。
「はっ、お待たせして申し訳ありません」
「いや、気にするな。お前が一番早く来た。港湾長は何をしているのだろうな?」
「港湾長のことは分かりかねます」
「まあそうだろう。私も、あの男の事は良くわからん。それで、来たのは港のことと沖の船のことだな?」
「はい、その通りです。ご存じでしたか」
「ここからはよく見えるのだぞ。そのための館だからな」
「ではご報告をしたいと思います。この者は、冒険者アルスと申します」
「アルスです」
「うむ。では報告を聞こう」
「はい、事はアルス。お前が話せ。私では又聞きだ。男爵閣下によく説明できない」
「男爵閣下、私アルスが説明いたしますが、よろしいでしょうか」
「事情を一番良く知っているのか?」
「はい、実は依頼を受けて現場に向かう途中で船が難破しまして」
「それは災難だったな」
「ありがとうございます。難破してるところをあの沖にいる船に助けられました」
「運が良いことだ。冒険者には運も大事だろう。それで救助されたのか。扱いは如何だったと言うよりも、元気そうだし怪我も無いな。酷い扱いは無かったか」
「心配して戴き、ありがとうございます。あの船の者達は大変理性的でした。負傷者も治療してくれました。また、セーラムに着くまでの待遇も大変良好でした」
「理性的なのか。彼等の要求は無いのか。それとも聞いていないのか」
「いえ、閣下。聞いております。正式な物では無いので、それとなく要人の耳に入れて欲しいと。そして、彼等は日本という国から来たそうです」
「日本か。聞いたことはないな」
「はい、ギルドの資料にもありません。ただ、転移してきた国と言うことですので最近聞いたあの事例といい、妙に気になります」
「転移だと。そうだな副ギルド長。そこは気になるところだ。ところでアルスは要求を聞いたのだな」
「はい、国交の樹立と交易に文化を知りたいと」
「国交樹立と交易は分かるが、文化か?」
「はい、彼等はランエールの外から来た者であると言うことを自覚しております。その上でランエールに溶け込みたいのだと」
「ふむ、ずいぶん殊勝だが信じて良いのだろうか」
「彼等は自分の世界が破壊されるようなことがあり、神に助けられたと言っています。ですから、神の顔に泥を塗るわけにはいかないと」
「それはまたずいぶん大きな話だな」
「信じられなければ、自分達の国、日本に招待しても良いと言っています」
「私は今の話が事実ならば信じても良いと思うが、副ギルド長はどうか」
「私も同感でありますが、まずは事実確認が重要かと」
「確かにな。アルス、何か証拠になるような物は無いか」
「はい、実はボラールを一匹、頂けるそうです」
「なに、ボラールだと」
「はい、証拠もあります。このお屋敷に入る時に家令様に預けた品があります。それを見て頂ければ」
「おい、マクダレフをここへ。ギルドの者が持ってきた荷物もな」
「畏まりました」
「男爵様、お呼びでしょうか」
「うむ、ギルドの者が預けた荷物はどのような物か」
「こちらになります」
「アレス、開けるが良いか」
「問題ありません」
「開けよ」
「はい」
アレスは本当は見せたくなかったのである。だが副ギルド長が是非にと言うので持ってきたのだった。
「これは、ウロコ?まさかボラールのウロコでございましょうか」
「そうです、ボラールのウロコです。我々は彼等の船でボラール料理も頂きました」
「ボラール料理か、旨かったか?」
「かなり」
「そうか、食べたいものだな。マクダレフ」
「誠に」
「あのー、失礼します」
「なんだアレス、言いたいことがあるなら言って見よ」
「はい、では失礼しまして。彼等は定期的にボラールを供給することが出来るので、希望するならば提供すると」
「何!定期的にだと」
「はい、十日で一匹可能だそうです」
男爵と家令は驚いて口が開いたままだ。
コホン「では、男爵様。魔道通信機の用意をいたしましょうか」
「至急な」
「承りました」
マクダレフは退出した。
「彼等はまだここに居てくれるのだろうか」
「居るつもりだと言うことです。この国との交渉窓口が分からないからと」
「では、交渉が終わるまではこの近辺に居ると言うことなのか」
「そこまでは分かりかねます」
「そうだな、いや、済まなかった。興奮したようだ」
「男爵様、港湾長がお見えです。至急お目に掛かりたいと」
(港湾長か、いささか遅きに失したが、新たな情報があれば良いか)
「よし、呼んでいい。この部屋で良いぞ」
「畏まりました」
「男爵様。港湾長ドゴス参りました」
「うむ、ご苦労。して何が有った?」
「失礼ながら、この者達は?」
「ほぼ同じ理由だと思うぞ」
男爵様、こっちを見ないで下さい。おかげでドゴスが睨んでいるよ。
「では。セーラム港登録交易船ハシマールが難破しました。難破しているところを外国船に救助され当港まで曳航して貰ったと言うことです。現在ハシマールは当港内南部の浅瀬に乗り上げさせました。その際、作業を実行したのは外国船とその乗組員です」
続きを促す男爵。
「それでその外国船の乗組員が上陸の許可が欲しいと言ってきました。如何しましょうか。本職の職域を超えると思うのです」
「それで相談に来たのか」
「はい」
「彼等はなんと言っている」
「はい、国交樹立と交易をしたいと」
「分かった。しばし待つがよい」
男爵は出ていった。魔道通信機を使うのだろう。
「おい、副ギルド長、なにしに来た」
「なにしにって、報告だろう。他に何が有る」
「そいつは誰だ。見かけない顔だが、船乗りじゃ無いな」
「冒険者だ。ハシマールの乗客だよ」
「じゃあ全部知っているのか」
「当然だな」
「男爵は何か言っていたか」
「今エンキドと通信中だろう。男爵様が帰ってこないと答えられないな」
こいつ、何が気になるのだろう。
「おい、ボラールが一匹提供されるとは本当か」
「そうみたいですよ。我々もごちそうになりました」
「なんだと。旨かったのか」
「我々とは使う調味料が違いますね。かなり旨かったとだけは言っておきましょう」
「クソ」
(そう言えば、こいつは侯爵家に繋がっているのだっけ。騎士爵のくせに男爵様を舐めているんだよな。でも仕事が出来ないわけじゃないので、男爵様も訴えて罷免するわけにはいかんと聞いたことがある)
港湾長ドゴスはキシマール・ドゴスという。騎士爵家の家長だ。
セーラム家とは縁もゆかりもないこの男がセーラム港の港湾長をやっているのは、ひとえに発展しすぎたからであった。セーラム家先代の時に、国から港湾長がセーラム家家臣なのは「国家有数の港となった今、恣意的な運用をされるといけないので国から港湾長を出す」と言われ強引に決められたからだ。
勿論抵抗したが男爵家という家格の低さと、経済的に発展しすぎたために妬みを浴びてしまい味方が少なかった。
理性的な人達は反対した。が、時の王国連邦主席と議会がその法案を通してしまった。
だが抵抗して、無能ならば罷免する権利と税金の軽減を逆に押しつけてやった。そのせいで無能は送られてこない。送られてきても即座に罷免してしまうので、効果は薄かった。税収は増えたがセーラム家とその周辺のイライラや胃痛は増した。考えてみればかなりの効果である。
男爵が戻ってきた。
「エンキドと話した。いつもながら決定が遅い。明日早朝には意見が決まるそうだ。今日はご苦労だった。帰って良い」
「「「では、失礼いたします」」」
「そうだ、港湾長は待て」
「は」
二人が出て言った後で
「ドゴス、この手紙を日本人に届けよ。決して開封するな。分かったな」
「はい」
「開封するなと言ったぞ」
「はい!」
「では行け」
「失礼します」
あいつはやはり信用出来んな。おそらく開封して中身を見るだろう。ただの挨拶だ。見られても問題ない。後で鎌をかけてみるか。引っかかったら罷免だな。
「マクダレフ、この書状をもって冒険者ギルドに行け。副ギルド長に渡して欲しい。内容は日本の扱いについてだ」
「おや、明日早朝ではないのですか」
「分かっているだろうに。さっきの手紙は見られても構わない奴だ。これが本筋の書状だ。幾らエンキドの奴らの多くが能無しでも、事の重大さが分かる奴がいる。主席の承認もある。あの無駄飯食いどもの好き勝手にはさせん」
「何処かの侯爵家のことですかな」
「さあな」
「では行って参ります」
「頼むぞ」
マクダレフは馬車で冒険者ギルドに向かった。目立たない貨物用の馬車だ。
面白くなりそうです。マクダレフは思う。
どうなるんでしょうね。王国連邦の方針は。方針と入力すると砲身と変換されます。どれだけ入力したのか。
アルスに要人の耳に入れるよう要請したのは、アルスが六級、他にも六級が三人居て残り全員五級という信頼できるチームだったからです。
この頃にはディッツ帝国から移住してきた人達の中に複数のギルド関係者がいて、冒険者の能力や信頼性がだいたい理解されるようになってきていました。
次回 11月24日 05:00予定
セーラムの町中でしょうか