カラン村 鍛治師
一千百人の中に居た鍛冶師六人
カラン村はサイトスの鍛冶場。
ここに六人のドワーフが集まっていた。
あの日、訳も分からないままに追い立てられて港に着いたと思ったら、目の前には見たことも無いでかい船。しかも木ではなく鉄ときた。
鉄道にも驚いたが、それ以上にあのでかい船が驚いた。
空きっ腹に響いたあの旨い飯のことなど忘れて見入っていた。
しかも、その船に乗っていいというのだ。鍛治師冥利に尽きるぜ。
無理矢理連れてこられて、強制的に乗せられた事などどうでも良かった。
もっとも、肝心な場所、機関室や艦橋には入れてくれなかったが。
それでも鉄が溶けてくっついていることは分かった。塗装の下なので、ロウ付けなのか鉄を直接溶かしてあるのかは、分からなかった。塗装を剥がそうとして見つかって怒られたのは秘密だ。
六人のリーダー、ガドルは思い出していた。いや、現実を見たくなかったのかも知れない。現実逃避と言う。
そこには彼等が見たことも無い、あるいは扱いたくとも入手がとても出来そうにない素材がゴロゴロしていた。
なんだろうかあのデカいウロコは、五十センチくらい無いか?その横のデカい骨はなんだ?何で大型上位の素材がある?
これ全部でいくらになるんだ?
ペチ
「痛」
「おう、目が覚めたか。なに呆けてやがる」
サイトスにデコピンを喰らったようだ。
「だってよ。なんだよこの素材は。あきらかに凄そうな見た事の無い素材から、大型上位の素材まで」
「オレだって、最初は驚いた。今はもう慣れた。多分、次に何が来たって驚かねえ」
「この村で取れるのか、この素材は」
「違う、日本の人達が勝手に持ち込んできた」
「「「「「はあ?」」」」」
「まあ、分からんでもない。普通、こんな上物の素材を勝手に持ち込んできたりしないよな」
「あたりまえだろ」
「こんないくらになるか分からないような素材を、勝手に置いていくわけがないだろう」
「「「そうだ、そうだ」」」
「実は、日本の人はな、この世界の人間じゃない。だから、この世界の常識を知らない」
「「「「「「???????」」」」」」」
「だよな、オレも最初は信じられなかった。でもちゃんと証拠もあった」
「証拠?」
「日本人達は共通語の読み書きが出来ない。今は出来る者も居るが少数だ」
「嘘だろ、アレは神様の祝福だ。教会や祭壇に行けば、きっかけは授けてくれる」
「日本には、その教会も祭壇もないそうだ」
「「はあ?」」
「なんだよそれ。おかしくないか。この世界のどこにでもあるぞ」
「だからだ。元々この世界に居なかった証拠だ。だからこの素材の価値も知らない」
「そう言えば俺たちを追い出したディッツ帝国とか言う奴らも、突然この世界に来たとか言っていたな」
「じゃあ同じか」
「そうなのか、ディッツ帝国とか言うのは知らんが」
「俺たちを国から追い出した奴だ」
「でも殺されなかったし、最低限の飯は出したよな」
「そう言えば何故だろう?」
「まあいい、この素材だ。教えてくれサイトス。これで何を作っている?」
「包丁、ノコギリ、鉈、斧が主だな」
「「「「「「なに~~~」」」」」」
「こんなごつい素材があればかなり上等の装備が作れるじゃないか。何でそんなもの作っているんだ」
「一番注文が多いんだよ」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「なあ、この村には冒険者はいないのか」
「二人居るな」
「この素材で作った装備が扱えないような奴なのか」
「一人は七級だ。あのバカを押さえ込んだ奴」
「ああ、いとも簡単に押さえ込んだな。刃物を持っている相手に素手で」
「七級なら納得だ」
「もう一人は」
「六級だ」
「なんだよこの村は。たった二人の冒険者がそんな強い奴だなんて」
「もうそいつらの装備は作った。かなり上等で喜んでいたぞ」
「これで作るのか、うらやましいな」
「大丈夫だ、お前らにも作って貰う」
「ほんとにいいのか」
「人手が足りん。いいから手伝え」
これで仕事が在る。安心する六人だった。
「驚くなよ。先に言って置くが」
「おお、言って見ろ」
「昨日、第二皇女殿下が居ると聞いたな」
「おお、そう聞いた。帝国はまだ滅びちゃ居ないと盛り上がった」
「この村に居る」
全員黙り込んだ。
「なんでそんな大事なことを俺たちにバラす?」
「いつまでも秘密に出来ないしな。第一、本人が良いと言っている」
「へ?」
「お前、話したのか?」
「時々遊んでやったぞ。今は忙しいので時間が無いが、また何か作ってやろう」
「この村はなんなんだ?」
「皇帝陛下が最後に第二皇女を託した者達の村」
「「「「「「なんだよそれー」」」」」」
「そのうち分かるから言って置くぞ」
「待て、心の準備というも」
「帝国魔導院の教頭がいる」
「だから、心の」
「帝国魔導院の「常識知らず」も居る」
「まって、おなかいっぱ」
「帝国の近衛が居る」
「勘弁して。お願いだから。落ち着かせろ」
「しょうがないな。この程度入り口だぞ」
「またまた」
「じゃあこの大型上位の素材だ」
「待って」
「なんだ、説明しろと言ったじゃ無いか」
「それはそうだが」
「モスサイだ」
「本当か、しかし傷が少ないな」
「ほんとだな、魔法で痛んだ後や剣や槍で付いた傷もない」
「日本人が取った」
「へ?」
「冒険者じゃないのか」
「日本に冒険者はいない。これを取ったのは軍隊だ」
「またまた」
「ほんとだぞ、しかも上位種に従っていたらしい」
「「「「「「上位種だ?」」」」」」
「上位種で間違いない。ケンネルだけどな」
「いや、それってスタンピートだろ」
「そうらしいな。でも日本人はそんな知識無いから、ただ群れで襲ってきたと思ったらしい」
「どのくらいいたんだ」
「話によると、ケンネルが千、モスサイが十、で、上位種だ」
「街が滅びる規模じゃないか」
「無人島だそうだ。狩り放題らしい」
「どんな損害が出たんだ?」
「全滅に近かったんじゃあ」
「いや、そんなことはないぞ。全部で死傷者が九十人くらい出たそうだ」
「九十人、そんなに少なくてすむのか。嘘じゃないのか」
「嘘ついて如何する?お前達ここへ船で来たのだろ。ならあのデカい砲を見たはずだ」
「砲?」
「デカい鉄砲のことだ」
「アレは凄いな。どうやって作るんだ?」
「オレも知らん。だが小さい奴を持ち運び出来るようにして、それでやったと言うぞ」
「とんでもないな」
「オレも最初はそう思った」
「ここはいいな。あんな物がしょっちゅうお目にかかれるのか」
「まあな。そうだ、お前達に見せたい物がある」
「まて、ここまで来て見せたい物だと。絶対ろくでもないに決まっている」
「いいじゃないか兄貴。見せて貰おうぜ」
「ギブル、お前」
「親方行きましょう」
「ヘリウスまで」
「よし、行くぞ」
サイトスが先導して、村はずれの建物に向かう。デカい建物がいくつも並んでいる中の一つに向かう。
「ここだ」
サイトスが扉を開ける。
「「「「「「なんだよこれー」」」」」」
「なんだって言われてもな、モスサイの骨格標本だ。凄いだろ」
「凄いとか言うまえにいくらなんだよ。これ売ったら凄い金額になるよな」
「日本人がやったことだし。奴ら、別に売る気は無いみたいだぞ」
「これを売らないだと?本気か」
「本気らしい。日本にはもう二つあるそうだ」
「狂ってる」
「全部で二十頭はやったらしいからな」
「待て、さっきは十頭と言ってなかったか」
「ああ、同じ規模の群れがもう一つあったそうだ」
「本気かよ」
「ケンネル上位種が一つはほぼ完全、一つは真っ二つ。魔石も一つは完全。一つは割れて使えなくなっていた」
「信じられん」
「オレも最初は耳を疑ったよ」
「俺たちの常識が」
「そんな物は打ち破るために在る」
「誰だ?」
「気にするな、ここの管理者みたいな人だ」
「酷いな、管理者じゃないぞ。まあそれに近いが」
「サイトス誰なんだ?紹介してくれ」
「「常識知らず」さんだ」
「おい、その名で呼ぶな。私にはちゃんとした名前が在るのだ」
「ハイハイ、ケイルラウさん」
「ちょっと待って。お願いだから。ケイルラウさん?」
ガドルが聞く。
「そうだ、ケイルラウだ」
「兄貴、ひょっとして「常識知らずのケイルラウ」さんじゃあ」
「当たり。本人だよ」
「失礼しました」
「で、あなたたちは何かを見に来たの?それとも持ち出し?」
「ケイルラウ、見るだけだから、その視線は止めろ」
「そう、見るだけ。ならいいわ」
「ありがとよ」
「それで、何見るの」
「デカい口だ」
「アレね。初めての人は驚くからね」
「面白そうだろ」
「じゃあ、付いていくわ」
「解説お願いします」
「後で何か作ってね」
「作れる物ならな」
サイトスは扉を開けた。
「「「「「「なんだよあれー」」」」」」
「どう、驚いた?」
「驚くも何も、アレは魚の頭だよな」
「そうよ」
「なんであんなにデカいんだ」
「そうだそうだ。俺たち丸呑みじゃないか」
「アレはね、帝国魔導院の文献でも見たことが無いわ。ずっと東でと言っていたけれど」
「東ですかい。どんくらい東なんで」
「五千キロメータとか言っていたわ」
「五千ですかい」
「そう五千」
「日本人はそんな遠くまで行けるのか」
「だって、あなたたちを送ってきたのよ。そのくらいは当然でしょう」
自分達が乗ってきたデカい船を思い浮かべる。帆船に比べれば揺れないと言ってもいいくらいの船だった。それならと、無理やり自分を納得させる。
「おい、お前ら、こっちだ」
そこには、鍛冶場で見たウロコとデカい骨が数え切れないほど置いてあった。
「こここここ」
「鶏か、お前は」
「こ、これはなんだ」
「そのデカい頭の魚から採れた、ウロコと骨だ」
「こんなに沢山在るのか」
「もっと持ってこようとしていたけどな、もういらんと言って断った」
「何でだよ、一財産どころじゃないだろ」
「日本人は継続して捕る気らしい。だから、これからも増える。邪魔になるだけだ」
「こんな上等な素材を邪魔だと」
「置き場に困る」
「俺たちの常識はどうなるんだ」
「ここに合わせろよ」
「親方、いいじゃないですか。こんな上等な素材を扱えるんですぜ」
「それはそうだが。なあ、サイトス。これはいくらで分けてくれる?」
「日本人が勝手に持ってきて、勝手に置いていった。好きに使って良いと言ってな。ただどう扱うのかだけ教えてくれれば良いと言って。だから、この村の住人なら、ただでいいぞ」
六人は崩れ落ちた。彼等の常識が壊れていく。
常識は壊すための物
次回 十一月九日 06:00予定
閑話的な物になります