カラン港 それぞれの進路
仕分けですな
何処かの政党のような変な仕分けはしていない、と思う
カラン港に上陸した旧帝国民は、面接の後で希望する者はその進路で纏まった。
まだ迷っている者も大勢居る。
それは仕方ないことだと、上村は思う。何か、最近胃が重い。
まだ面接は続いていた。
「お嬢さん、あなたを幸せに出来るのは僕しかいません。どうか、結婚して下さい」
「私、人妻ですよ。この大きなおなか見て分かりませんか」
「ちょっと、ぽっちゃりさんじゃないですか。僕、構いません」
「何言ってるの、この人」 ピキ!
「お嬢さん、あなたのその大きな胸には愛が詰まっています。その愛を僕に下さい」
「やれるわけ無いだろ」 ゴン
「痛い、何をする。僕はこの人を・・」
「この人をなんだ?言って見ろ」
「アビゲイル」
「モーリタ、遅くなった。こいつに何かされたか」
「おかしなことを言っていたけど、それだけで手は出されていないわ」
「そうか、それならいいが。おい、お前、ここはそういうことをする場所ではない。列に並び直せ。今なら許してやる」
「何?あんたなんだ」
「オレか?オレはこいつの亭主だ。文句在るなら受けて立つぞ」
「あなた♡」
「結婚しているとは、ほんとだったのか」
「この大きなおなか見たら分かりそうだけど。それと、ここには亭主への愛と生まれてくる子供への愛が詰まっているの。あんたなんかには何一つ無いわ」
その牛獣人は崩れ落ちた。
周りからは思いっきり退かれている。
「こいつ如何するかな」
「兵隊さんに預ける?」
「待って下さい。こいつの面倒は俺たちが見ます」
「君たちは?」
「こいつの友達です。ここでは自由にしていいと言われて、思いっきり舞い上がって勘違いをしています。俺たちで気を付かせます」
「そうか、いい友達だな。なら、任せよう」
「ありがとうございます。さあ、こいつをどけるぞ。ここじゃ邪魔だからな」
「おう。皆さんこいつがごめんなさい」
「いや、いいぞ。面白い物が見れた。退屈しのぎになった」
「もう少し見たかったな。愛の三角劇場」
「三角にもなってないわよ。ただの横恋慕じゃない」
「そこを少し違う目で見るのよ」
牛獣人達はバカを引きずって壁際に行った。説教をしている。
女達は名残惜しそうにこちらを見ている。そんなに見られてもこれ以上はないぞ。
「あのね、おじちゃん、チーちゃんはね、およめさんになるんだよ」
「そうかい、お嫁さんになるんだ。きっといいお嫁さんになるね」
「うん!」
「そうか。ならお名前ちゃんと言えるよね。チーちゃんのお名前は?」
「チーちゃんはチーちゃんなの」
「そうか、でもおじさん、困っちゃうな」
「うー、んとね。こっち、こっち」
「はいはい」
(あのね、チーちゃんはね、チユミっていうの!)
(そうか、チーちゃんはチユミって言うのか。よく、お名前言えたね。偉い偉い)
ニマ! と笑う。 おお、可愛い。
「チーちゃんのお母さん、名前をどうぞ」
「サユミです」
「サユミさんと」
「サユミさんは何か得意な物とか、今までこれで生活してきたという仕事はありますか」
「裁縫を。縫い子をしていました」
「縫い子さんと。裁縫が得意。分かりました。お子さんもいらっしゃいますので、出来るだけ希望に添いたいと思います。ではこの札を首から提げて、外にお子様連れの人達がいますから、そこでお待ちください」
「ありがとうございます。今後の生活は如何したら?」
「一年は迷って貰っていいですよ。お子さんも居ますしね。その間の生活は日本が面倒を見ます。将来のことですからね。真剣に迷って貰っていいですよ」
「ありがとうございます。それで宿なんですが、昨日泊まった場所なんでしょうか」
「その事は、後で説明があります。ただ、あそこは軍の宿営所ですので、近いうちにきちんとした家なのかな。出来ると聞いています」
「本当にありがとうございます」
「お気になさらず」
親子は何度もお辞儀をしていった。チーちゃんは手を振っている。可愛いから、何しても許す。
そんな混乱と喧噪の内に面接は終わった。外の広場では(教練場なのだが)お菓子と軽食や飲み物が振る舞われていた。
子供達は頬一杯に膨らませている。詰めすぎてむせている子も居た。親が恥ずかしがっているが、親も思いっきり食べている。
皆が不安に思っている宿舎だが、余りに急なことで、縄張りさえこれからだ。一応、開拓地に予定している地域に建てることになっていた。
農業を希望する者でこの地を開拓したいという希望者に見て貰ってから決めることになる。
当面は今の連隊宿舎を使って貰うしかない。次の移住者は早くても一ヶ月後だ。
いろんな事を説明する。不安の色が薄れていくようだ。
説明の最後に、帝国第二皇女がいると言うと歓声が巻き起こった。
このことは日本政府も最近まで知らされていなかった。旧帝国民を保護して受け入れると伝えたことで、カラン村から教えられた。
カラン村にはまだ秘密がありそうだが、無理に聞くこともないだろう。必要なら向こうから話してくれるはずだ。
移住者は以下の希望先で分けた。
日本で農業 魔族一家族 エルフ二十五人 獣人族五十人 普人族百人
これは日本で受け入れ可能とみられる農家・農村の数で決めた。急すぎて、話が出来た農家・農村だけだった。
もっと希望者は多かったのだが、後で希望者の数だけ受け入れることも出来る。と説明して納めた。
あくまでも「受け入れることも出来る」である。
日本で裁縫 獣人族五名 普人族五名
これも上記と同じで受け入れ可能かどうかだった。
日本で料理 エルフ五人 獣人族十人 普人族十人
これも同じく。
当地で開拓
残りのほとんどがこれを選んだ。日本行きを希望する者も多かったが、枠がなかった。
最初からも農地になっているというのが、日本行きを希望した者の理由だ。誰も楽はしたいもの。
ただし、こちらでは開拓した分だけ自分の物になると言ってある。日本の補助も有ると言ってあり希望もあるのだろう。割と多くの者が開拓を選んだ。
当地と東鳥島で冒険者
ほとんどの冒険者にはこちらを選んで貰った。
特に東鳥島での小型上位種が気になったようだ。
彼等をサポートするために、薬師や宿の経験者等も優遇を条件に東鳥島に向かって貰う。
当地で薬師、医者
薬師や医者にはカラン村と開拓地に分かれて貰い住民のサポートをして貰う。カラン村とは交代で勤務になる。カラン村人気有り過ぎ。
当地で鍛冶
鍛冶ドワーフは全員と言っても六人だが、カラン村に行くことになった。ただ開拓地に時々サポートに出ることを条件に。
当地で魔道具製作
日本にとって、ある意味一番欲しい人材であった。今回は合計で三人であった。次回も居るといいな。
カラン村で作業して貰う。
当地でギルド
冒険者ギルド他様々なギルドの関係者がいた。日本では彼等に教えて貰い、移住者へのサービスを行う。勿論、東鳥島にも臨時ギルドを開設して貰う。
当地で行政
五十人や百人ではない。一千人となると行政が必要になってくる。
帝国で行政に携わっていたものには、この地でも行政を行って貰う。
治安関係者もこの分類だ。
移住者の中には、学者や教師もいて日本への希望を出したが、移住者への教育を任せた。後で日本の学者達を連れてこよう。
犯罪者
騒ぎを起こした奴らのことだ。
ナイフを出した者以外は、軍の営倉で二日ほど臭い飯を食って貰う。
ナイフを出した奴は、冒険者資格の剥奪と一ヶ月の独房、出た後で重労働一年。
厳しすぎないかと思ったが、戦闘力の高い冒険者が必要でも無いのに武器を出して脅した時点で終わりなのだそうだ。魔法など、詠唱した時点で有無を言わさず同様の処分だという。
この厳罰で冒険者の犯罪が少ないらしい。旨い飯が食えなくなるのはいやだろうと言う。
出た後で、ドワーフ流のお仕置きが待っているそうだ。これは掟みたいなものでリンチではないという。
大雑把に仕分けがすんだ。
上村始め、担当者は一様に疲れていた。まだ一千人、この後百五十万人以上。
考えるのを止めた。
明日の朝食までは出す。
それ以降は自分達で炊事、洗濯、掃除をやって貰う。
伝えておいて良かった。
翌朝、食事が終わりまったりしていると本土から大艇が飛んできた。
山下少将が先行していた旧帝国人四人を連れてやって来た。
真田少将達と挨拶をした。四人は仲間のところに送った。
「君が上村大尉か」
そう言って、手を出してきた。握手をした。妙に力がこもっている。
「丸投げ被害者仲間だね」
泣けてきた。
「はい、ご理解いただけましたか」
「良くわかった。正直、君のことは笑い話くらいだったのだよ。いざ自分がとなると」
「とんでもないことです。自分など士官教育も受けていないのに、いきなり野戦任官で士官ですから」
チラッと見る。真田少将も唐沢大佐も知らんふりをしている。
「大変だったろう。そう言えば活動資金は充分かね」
「活動資金は軍の予算からですから、正直言って、いささか寂しいものがあります」
チラッ
「そうか、では潤沢にしてやろうじゃないか」
「「「え?」」」
真田少将と唐沢大佐も驚いたらしい。聴いていなかったのか。
「副官、アレを」
「はっ」
「こちらをどうぞ」
唐沢大佐が代表して開ける。
「「「!」」」
驚く。当然だった。鞄の中には金塊と何かの証書が入っていた。
「これは?」
真田少将が聴く。
「移住民用の活動資金です。絶対に移住者対策にしか使わないでください。流用や転用は認めません」
「もしやったら?」
「日本に大被害が及びます。やった人間は最低でも強制的に退役、その後逮捕でしょう。一生出てこれないかも知れません」
ゴクリ
「脅したようで申し訳ない。ですが事実です」
「そのようなもの受け取りたくありませんな」
真田少将が言う。上村もそう思う。
「これを」
山下少将が鞄の中にあった手紙を出す。
「総理と陸軍大臣からです」
「また、たいそうな物を」
「唐沢大佐、頼む」
「私ですか」
「読め」
「はい」
二人からの手紙は表現こそ違っていたが、要は金は使ってしまって構わない。転用や流用をしない限り使途は自由。
「使途が自由ですか?」
「そうです。おかしいと思うでしょう?例えば、今お茶が出ていますよね。この部隊は移住者支援をしている部隊とされています」
「ちょっと待ってください。移住者支援ですか」
「多分最後の方に小さくか目立たないように書いてあるのでは」
「在りました。最後の最後です。まだ全文を読み終えていないので、これでは分かりません」
「仲間が増えました。いいことです」
山下少将と上村大尉は頷く。真田少将と唐沢大佐が睨む。
「分かりましたか。ですからこの部隊の運用費用は今後こちらから出ます、ですからこの金をこの部隊が使っても移住者支援に成ります」
「ずいぶん緩いようですが」
「はい緩いです。でなければすぐに不幸になります」
一枚の証書を渡してきた。
唐沢大佐が確認して、目頭をもみ再度確認する。ため息をつく。
「これがシベリア大陸派遣軍の予算ですか。今年の陸軍予算の半分はあります」
ブフォ 二人で吹いた。
「これ、本気ですか」
思わず真田少将が聴く。
「間違いありません。足りなければ追加で出します」
「多すぎないですか?」
「少ないと思います。今後百五十万人ですよ。その数倍は必要でしょう」
思わず三人で見つめ合う。
膨大な予算と、着々と増える丸投げ被害者達
ついにシベリア大陸派遣軍が移住者支援部隊に
次回 十一月九日 05:00予定