ディッツ帝国 ザクセス港
珍しく会話無し
説明回です
ディッツ帝国のザクセス港では、今日もまた大勢の獣人・エルフ・ドワーフなどが集められていた。
初めての時のように疲れ果ててはいない。栄養状態は良いようだ。
だが、一様に表情は暗い。故郷を離れて移住先に向かう。自分たちは負けてこの地を追い出される。
この感情が表情を暗くさせていた。船の旅を経験したものによると、長期の航海は命懸けだという。余計に滅入った。
救いは、自分の荷物がちゃんと持たされていることだろう。普通は着の身着のままで船に詰め込まれるらしい。それが負けた側の待遇だった。
その日、突然の侵攻だった。エルラン帝国南部キナム教国国境のフェザー平原から、ササデュール共和国軍が侵攻してきたのだ。キナム教国聖騎士団と共に。
ササデュール共和国との間には平和条約が結ばれていた。ササデュールでは採れない塩は特別価格で原価に毛の生えた程度で売っていた。
問題は無いはずだった。
両国の間には三千メータ級の山脈があり、侵攻路が限定されているのも楽観的な見方に繋がっていた。何しろ全体が混沌領域みたいな山脈だった。
超えるのは不可能に近かった。
キナム教国は普人族を絶対視し、獣人・エルフ・ドワーフなどはこの世に存在すべきでは無いとする、キナム教の教えを絶対とする国だった。よって、国境には常にかなりの戦力を貼り付けてあった。要害も多数配置し、万が一にも備えた。
キナム教の布教でササデュール共和国とは揉めていたはずだった。それが連合で攻めてくるとは全くの予想外だった。
南の小国ケルツまで攻め入ってきた。機を見たので有ろう。キナム教は嫌っていたはずだ。しかし、ケルツが生き残れるとも思えん。少しでも交渉で優位に立とうというのだろう。
帝国は抵抗したが、ササデュール共和国軍の新兵器「鉄砲」に多くが倒された。無論反撃も激烈で、ササデュール共和国軍は一方面軍が万単位で丸々失われた事もあった。
それでも、帝国軍の数倍と言われる圧倒的な人数と新兵器により帝国軍は押され後退していった。
北方からも部族連合を蹴散らした共和国軍が侵攻してきた。イゼルロー低地地帯という大雨が降れば途端にぬかるんで行動がとれなくなってしまう厄介な土地であり、部族連合の支配する地域で有ったので監視も緩かった。
部族連合は少数民族が緩い連合という名の連絡網を持っているだけで、国家では無かった。余りにも小規模な部族が散らばっているので、周りの国が面倒で部族連合と呼んでいるだけであった。
南北からの同時侵攻を支えるだけの力を帝国は持っていない。それ故の塩の低価格販売であり、冒険者の派遣だった。共和国にも冒険者はいたが、絶対数は足りなかった。
キナム教国の聖騎士団は普人族以外は奴隷にするか抵抗すれば殺すという、まさに狂信者の集団だった。
これに対する反撃は、帝国に居住する冒険者が主体になって行っていた。冒険者の七割が普人族以外だった。殺されるか奴隷にされるかでは、どちらも選べるわけが無い。普人族の冒険者も勿論聖騎士団との戦いに出た。
勢い戦場は凄惨なものになっていった。生きているか死んでいるかどちらかだった。捕虜などいない。
だが、いかに強力な冒険者と言っても数に劣っていた。帝国軍が数倍の共和国軍を相手取っているのと同様に、数倍の聖騎士団を相手にしていた。徐々に後退していく。いわゆる戦略的撤退である。聖騎士団の攻勢限界点を見極め、反撃に出られるようにしていた。
聖騎士団は最初は練度の高い部隊だったが、やがて初期戦力が消耗すると次第に練度が下がっていた。弱くなってきていた。
冒険者も消耗はしていたが、元々個人戦力では強力な存在だ。大規模集団の戦いが苦手だっただけで、指揮官不足なのか騎士団の統率の執れた戦いが崩れていくにつれて、優位に戦いを進めるようになっていた。
最初に無理をしてでも指揮官やベテランを狙っていたのが効いてきたようだ。
やがてキナム教国聖騎士団は崩壊し、撤退していった。教国までたどり着いた者は少数だった。
だが、冒険者達がキナム教国聖騎士団を退けた頃、帝都陥落の知らせが届いた。
皇帝は部下に家族を託し、希望する者だけと徹底抗戦を行った。最後の一人まで抵抗したと、共和国の記録に残っている。
冒険者の戦いはそこまでだった。元々キナム教国相手という指示が出てはいた。共和国に入って混沌獣を相手にする物も多く、戦後混沌獣を誰が相手にするのかという配慮からだった。
冒険者ギルドからも共和国に対しての攻撃は慎むよう要請があった。さらに、共和国軍に包囲されていた。このまま抵抗して擦り切れるか、再起を目指すか。
再起を目指すことにした。自分たちを目の敵にした教国は退けた。目的は果たした。
共和国も今、冒険者に壊滅されては、混沌獣対策が取りづらくなってしまう。
冒険者側との停戦がなされた。
帝国は北東部に追い詰められ、少数を船で外に逃がすことに成功した。そこまでだった。共和国と停戦条約を結び、帝室は廃止、領土の統治は共和国が行うという完全敗北だった。
帝国は滅んだ。
それが十一年前の出来事だった。キナム教国が実質負け戦だったにもかかわらず、戦後余りにも多くの物を求めた為に共和国と紛争になり滅ぼされたとか、ケルツが完全に属国化したなど些細な問題だった。
共和国は憎むべき存在だったが、旧帝国民の扱いはそんなに悪くは無かった。勿論生活水準の悪化や普人族以外の民族が多少粗雑に扱われたりはした。
これは、共和国が労働力を確保したいが為であった。
共和国が帝国を求めた理由は、共和国の爆発的な人口増加によって国内で食糧不足が起こったためだった。
共和国は幾つかの小国が集まって出来た連合国家だった。首都より西は荒れ地が多く地下資源は豊富だったが食料生産は自給には足りなかった。東は穀倉地帯だが、それでも爆発的な人口増加を支えることが出来るほどでは無かった。他国から輸入しようとしても、教国は自国での自給が精一杯で輸出出来るほどでは無かった。部族連合の土地は肥沃であったが、生産力は余りにも低すぎた。それに征服してもたいした耕地面積では無かった。未開発の土地はあったがいずれも密林であり、耕地とするには何年か分からない月日とどれだけの予算が必要か分からないほどだった。帝国からの通商路は細い上に距離があった。
いずれ内戦に発展しそうないびつな人口増加をする共和国に残された逃げ道は、帝国とケルツだけだった。教国さえなんとかすればケルツなどいつでも踏み潰せる。
教国は征服しても旨味が無いどころか、毒にもなりかねなかった。
共和国と帝国は表面上、友好国だった。勿論帝国は警戒してはいた。
なんとか穴を探す共和国だが、中々見つからなかった。
そんな中、幸運にも帝国側から穴を作ってくれた。小さい穴だったが、拡げれば良かった。
帝国の第二皇女を共和国首相の長男に嫁がせるというのもだった。第二皇女二歳、長男二歳だった。
帝国の政治体制は皇帝が頂点であったが、貴族で作る議会の権限が強く皇帝は強気には出られなかった。
その議会の主流派が第二皇女の嫁入りを決めた。主流派の中心人物はトポッポとツツナオにオーザワと言う三人組だった。トポッポは夢見がちな人間だったし、ツツナオは現実派と言われたが特定分野以外駄目であった。オーザワに至っては議会内でどれだけ自分の勢力を伸ばせるかと言うことにしか関心が無かった。
そんな三人である。まともな国政も外交も出来ようが無かった。
しかし議会の決定を拒否出来ない皇帝は仕方が無く婚約を認めた。
すぐに状況が変わった。共和国で首相が替わったのだ。共和国内の勢力図が替わり、代々首相を輩出していた国が事実上滅び、代わりに強硬派を代表するような国から首相が選ばれた。
三人組と議会はそんなことも調査していなかった。知っていて当然だったにもかかわらず。
国交のために娘を犠牲にした皇帝は直ちに婚約の破棄を決めた。国民もこれを支持した。
しかし共和国は、国家間の約束であるとして婚約破棄を認めなかった。それどころか条約違反に鉄槌を下すと言って宣戦を布告してきた。
あり得ない理由での宣戦布告だった。共和国からすれば肥沃な大地を求めていただけで理由などどうでも良かった。穴さえあれば良かっただけだ。
共和国が大陸の覇者になった。肥沃な土地は手に入った。後はその大地を荒らさないように慎重に統治すれば良かった。
共和国から続々と移住者がやってきた。彼等は未開拓の地を開拓し農地へと変えていった。元が肥沃な土地であり、三年もする内には立派な農地になっていた。
三年前、いきなり空が黄金色に光ったと思ったら凄い地鳴りと共に旧帝国東側に陸地が繋がっていた。
ササデュール共和国の栄光の日々が終わった日だった。
それから半年後、再び大陸は戦火に見舞われた。ただそれまでの戦争と違うのは彼等が軍隊しか相手にせず、一般人には手を出さなかったことだった。
共和国軍と侵攻軍との戦いはあっけないほどだった。火力が違いすぎた。後装式とはいえ無施条単発式の黒色火薬使用の銃と銃身内に施条がほどこされた無煙火薬ボルトアクション連発銃では射程や使い勝手で大きな差があった。人口も共和国一千五百万人に対して侵攻側一億二千万人である。
共和国の鉄砲以上に損害を与えたのが上級冒険者や旧帝国や共和国の魔法兵だった。時には師団単位で失われることもあった。
それでも数と驚異的な威力の兵器には勝てず、大陸は制圧された。
それで今ここにいるのさ。迫害されてビクビクしながら生きるよりも新天地だと思わないか?
まあ何故か最近迫害も無くなったし、食料も豊富とは言わないが最低限以上には供給される。
何が有ったかは知らない。一回に五千人もの人間が船に乗って出て行く。
さて行き先はどんな土地なのだろう。
ここ十年ほどの南大陸の情勢でした
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