移民航路
道中です。まだ柳素湾にははいりません。
ディッツ帝国を発った出雲丸を始めとする四隻の艦艇は、ディッツ帝国から千海里の海域で本隊と合流した。ディッツ帝国の航空機が八百海里まで進出してきたためだった。
本隊への合流に、霧笛をならしたりオルジスを送ってくる艦もあった。
ディッツ帝国から送り出された人達は、艦隊を見て唖然とするだけだった。いずれも見たことの無い大きさだった。人があんな物を作れるとは信じられなかった。
押し込められていた場所から有無を言わさず、家族優先だったが汽車に乗せられついたのが港。その間飲まず食わずだった。喉が渇いたと行っても受け入れられず食事も出されず、動けないと座り込めば警棒で動くまで突っつかれた。大小などそこら辺でしろと言われた。
港の駅に着き、この先で引取先が待っていると言われ、前へ進めと送り出された。
奴らが先導で進み、ここがお前達を引きとる場所だからここで待っていろと言って消えた。逃げるように消えた。
皆疲れ果てて、腹も減りへたり込んだ。
ディッツ帝国の他の奴らがやってきて、我々を見て驚いていた。同時に慌ててもいた。まあ奴らなどどうでもいい。飯を食わせろ。飲み物が欲しい。
そこへ見たことも無い奴らがやってきた。我々にもディッツ帝国のクソどもにも黒目黒髪はいるが、そんなに多くない。ところがそいつらは全員が黒目黒髪だった。
そいつらは、いやその人達と言おうか。我々の状態を見て、飲み物と食事を出してくれた。食事は見たことも無いものだったが、勇気ある者がいた。彼女は「おいしい」と言った。
それからはよく覚えていない。とにかく食ったのは確かだ。塩気が効いていて旨かった。飲み物のスープは汚い茶色だったが、こいつも塩気が効いていて旨かった。中に入っていた緑の草?はなんだろう。
その人達は我々がトイレを使えるよう交渉してくれたらしい。トイレが開放された。
その後、その人達の船に乗るのだが、驚いた。まあ見たことも無いでかさだった。俺が見た一番大きい船は五〇メータ級帆船で、帝国最新鋭と言っていた。それがおもちゃに見えるほどだ。
その人達は自分たちを日本人だと言う。あなたたちの移住先を用意したので移住して貰うとも言った。
俺たちは家族で、年寄りや子供のいる家族はひときわ大きい白い船へ。病人や怪我人、妊婦とその家族もその白い船だった。その他の体力があると目された者達は汚い灰色の船だった。
俺もその一人だ。灰色の船は汚れて汚いのではなく、わざわざその色に塗ってあることが分かった。
灰色の船に乗ると、こちらへと案内された。ディッツ帝国の奴らと比べるとずいぶん腰が低い。
案内されたのはベッドがいくつも並ぶ部屋だった。日本人は本来この船は人を運ぶようにはなっていないので、狭苦しいでしょうが我慢して欲しいと言う。だが言われるほど狭くはない。俺が案内されたのは下の方の部屋だったが、明かりがいくつも用意さていて暗くなかった。ただ応急で作ったのかいくつもの柱や金具がむき出しで、仕切りもペアペラだった。天井など上の奴が歩けば足音が聞こえた。
ついで驚いたのは、放送という物だった。ディッツ帝国の奴らも大きな声を出す道具を使うが、この船にはそれが至る所についていた。
それによると、この船には五〇〇人、白い船に六〇〇人乗っていると言う。驚いたね、そんな人数がいたのか。
次に驚かされたのが、ディッツ帝国から七〇〇〇キロメータ離れた土地に移住先が用意されているという。いや、七〇〇〇キロメータってどんだけだよと思う。その間今よりもずっと暑い海域を通るので少し暑いが我慢して欲しいとも言った。故郷を離れるのはいやだが、あんなクソどもに支配されるよりも新しい土地かとも思う。
一番驚いたのが、そこには皆さんの仲間がいると言われた時だ。皆の声で耳が痛くなるほどだった。
知った顔がいる可能性は低いだろうが、もしいたら嬉しい。
俺は冒険者、五級冒険者のカシム。
艦隊は柳素湾への航行日程が最低十三日と見積もっていた。
七千kmと言ったが、正確には分からなかった。大凡そのくらいだと言うことだ。今だ自艦の正確な位置が分からない。太陽はもとより目安になる星はいくつかあるのだが、季節変動値が分からなかった。正確な暦すら出来ていない現状では余り意味は無かったが。
十三日のうち、多島海で補給と休養のために二日使う。普通の人が長い船旅に耐えられるとも思えなかった。何処か安全そうな島で、上陸して休養して貰うこととした。
艦隊巡航速力が十八ノットで、十日後には流素湾辺りにはいるだろうという、大雑把な計算だった。一日は予備だ。
合流時に御着と出雲丸には補給艦三石より食料や衣服が補給された。
南遣艦隊司令長官南雲忠一中将は、本国への報告が十日後では遅いと考えていた。これは途中で利根を分派急行させて、さらに台湾へ水偵を飛ばしての話だった。艦隊の主立った面々も同じ考えだった。
南雲長官は二式大艇を多島海に呼ぶ決断をした。往復は無理だが、こちらから燃料は補給してやれば良い。
予め決めてある電文を送信すれば良い。多島海の中で待つがこちらから電波を出して誘導してやれば良い。
多島海に着くまでに誰を先行させるか考えるとした。
多島海で前回の調査で見つけた砂浜が広がる綺麗な島を休憩先とした。簡易な調査だが、危険生物はいなかったとされている。
乗客の中で冒険者には万が一のために武装して貰った。ディッツ帝国では武装解除されていた。ただ誰の武器か分からないので、自分で探して貰った。嘘はつくなよ。
前日、一回使い切りの符号を発信して大艇を呼び寄せてある。
大艇がやってきた、こちらの誘導電波を上手く拾えたようだ。わざと海岸から見えるような位置に着水させる。
海岸は大騒ぎだった。
大艇に乗せる人間は、山下第一水雷戦隊司令官、乗客の中にいた元帝国行政官一人、獣人の冒険者一人、エルフ一人の四人に決めた。大艇の簡易トイレの関係で全員男性である。
大艇は直接、大阪に向かう。ここで燃料を補給したので、問題ない。
大艇は歓声の中、離水し大阪に飛ぶ。
艦隊は二日間の休養の後、一路柳素湾へと向かう。
大艇は翌日早朝、大阪湾へ着水した。一行は首相官邸へと運ばれた。フォードの高級車に乗せられ緊張する一行だった。
「長い道のりご苦労でした」
大高弥三郎首相が皆を迎えた。山下少将は別室で緊急会議に呼ばれている。
「助けて頂きありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
「では立ったままではなんですので、どうぞおお掛け下さい」
「「「失礼します」」」
三人はこんな上等な椅子に座ったのは初めてだった。居心地悪そうにしている。
「まあお茶でもどうぞ」
「「「ごちそうになります」」」
船の中で散々飲んできた飲み物なので抵抗なく飲めたが、旨い!
目を丸くしていると、大高が面白そうに言った。
「私のとっておきの玉露なのですよ。気に入ってくれれば嬉しいです」
「いえ、このようなおいしい飲み物、ありがとうございます」
「気に入っていただけたようでホッとしました」
行政官が決死の顔つきで言葉を絞り出す。
「我々には移住しろという話ですが、信じて良いのでしょうか」
「そうですね。いきなり信じろと言っても無理でしょう。こちらをまずご覧下さい」
数枚の写真を示す。
「え?これは?獣人とエルフ?」
「どれ、見せてくれ」
「ほんとだ、エルフだ。少し待て、この人知っているかも知れない」
「お名前は分かりますか」
「エルクとケイルラウです。男がエルク、女がケイルラウです」
「では、お知り合いだと」
「いえ、とんでもない。私は一介の魔道具製作者ですが、このお二人は違う」
エルフの男性が知っているようだ。
「ひょっとして、社会的地位の高い方ですか。確かにエルクさんは何か高い地位に就いていた感じがすると聞いています」
「エルクは、帝国魔道院の教頭です。ケイルラウは帝国魔道院の研究者です」
「ちょと待て、ケイルラウは聞いたことがある。「常識知らず」じゃないか?」
「そう言えば、聞いたことがあります「常識知らずのケイルラウ」」
「ほう!有名人なのですね」
「有名ですね。良くも悪くも。常識知らずというのは、世間的な常識ではなく、学問的な常識です。学問的な常識を無いように打ち破る姿勢から「常識知らず」の二つ名がつきました」
「それは面白い人材ですね」
「これを面白いと言えるのは相当な人です」
「私も相当と言うことですな。ワッハッハ」
「これは写真という物ですよね。と言うことはこの二人は近くにいますか」
「近くではありませんが、元気と聞いています」
「会いたいです」
「ご心配なく、移住先にいます」
「おお、それでは」
「はい、あなた方第一陣の移住先はカラン村という所です」
「「「カラン村?」」」
「そうです。カラン村です。彼等がそう名付けたそうです」
「そうですか、カラン村ですか」
「何か意味があるのですか」
「宗教的な物ですが、こちらは大丈夫ですか」
「よほど、排他的な物や攻撃的など、社会に害がなければどんな宗教を信じようと自由です」
「いいお国ですね」
「ありがとう」
「小さい宗教です。一部のエルフや獣人が信仰しているだけのような。その宗教の中に、救済の地と言う教えがあります」
「それが「カラン」ですと」
「そうです。こういう状態だと素晴らしい地に聞こえます」
「そうですな。そうなればいい」
三人はここへ来て良かったと思った。救いはあった。主神ランエール、ありがとう。
そして別室の山下少将は、様々な情報を搾り取られていた。
村長とケイルラウの意外な過去。
村長の名前はエルクです。一回登場しています。
味噌汁にはいっていた緑の草は、ワカメです。
次回 十月三十一日 05:00予定