ディッツ帝国 内紛介入
良いな、俺もこのくらい金塊を持ってみたい
ディッツ帝国への介入を決めた南遣艦隊であったが、正当性はと言うと中村と田中が日本政府全権、南雲中将が軍事での全権を持っていた。
無線交信範囲が地球の七割程度であるランエールの大地では、南の大陸と日本での無線通信は長波以外不能であった。
南遣艦隊の中で日本と交信出来るような長波設備を持っていたのは大和・武蔵のみで在り、阿賀野はもとより利根・筑摩の長波通信機でも出力が足りず、受信は可能でも送信しても届かない。他の艦艇はさらに送信能力が低かった。
南遣艦隊を送り出した政府・軍部は交信不能の可能性を考え、出先に制限付きだが全権を持たせた。
「資金提供と言われるが、我らが必要としているのは金である。お持ちなのだろうか」
「とりあえず、二トン」
「・・・・・」
「二トンです」
「私の耳がおかしいのですかな?二トンと聞こえた」
「二トンです。純度99.99%、純金です」
「二トン!二トンですと」
「はい、二トンです」
「真実なら有り難い。ですが良いのですか」
「それだけの権限は預かっております。問題ありません」
「なぜ、それ程までに?」
「はっきり言って日本はまだ孤独です。友好国や友好勢力は欲しいのです」
「金で買うと」
「そうではありませんが、金も信頼を得るための一つの手段でしょう」
「同意します」
「我々は、あなた方現政権と友好関係を結びたい」
「日本は我が国のやり方に不満があるように見受けられましたが、どう御考えか」
「生きてきた歴史や世界が全く違います。価値観は一つでは無いことを我々も知っています」
「そこを踏まえて、友好関係をと?」
「そうです。元の世界に帰れない我々はこの世界に生きていかなければなりません。出来れば争いは避けたい」
「そこまで考えているとは。我々は自分本位過ぎましたかな」
「誰もが自分が大事です。否定は出来ません。それに後で説明しますが我々がこの世界に来た理由が関わっています」
「是非伺いたいですが、後ほど説明してもらえるという事なのでとりあえず後にします」
「そうして下さい」
「先ほどとりあえず二トンと、おっしゃいましたな」
「確かに」
「ではさらなる援助を期待しても」
「可能ですが、この後の動向を見て判断したいと思います」
「では、ご期待に添えるよう頑張りましょう」
その後金の搬出や輸送に関する件や、通信について話が進んだ。
金の搬出は日本が港湾倉庫まで、その後はレンネンカンプ大臣が責任を持つとされた。
通信は後日専門家間での話し合いを設けることで合意した。
翌日、朝の内から乗組員に土産を購入するよう現地通貨を渡す。これは前日、話し合いの中で現地通貨が欲しいと言って、阿賀野の金で購入した通貨だった。阿賀野の金は500kg全て換金した。
時間は一時間で半舷上陸を許した。出雲丸も同様だった。
その時金塊を持ち出し、無事渡した。当初よりも渡す量は増やした。彼等に余裕を持たせたかった。
お昼に近い時刻、出雲丸が離岸する。今日も見物人は多い。ついで御着、雪風、最後に阿賀野が離岸する。
阿賀野は港外に出てから、水偵の準備を始めた。港の外側の防波堤には人だかりがしている。相当数が軍人のようだ。上空には航空機が見える。
「水偵発艦準備をなせ。手順通り、一番機は発艦後周辺を一周後港内に着水せよ。二番機は沖で収容する。
発艦始め」
「発艦」
ドン!と言う音と共に、水偵がカタパルトから打ち出される。
「二番機急げ」
「二番機、発艦」
再び、ドンと言う音と共に発艦した。
一番機は周辺を飛行した後、港内に着水した。阿賀野が入港し収容作業をおこなう。カメラだけでは無く、映画撮影までおこなっている。
二番機は沖合で阿賀野が作る静水面に着水、収容した。観客は航空機や艦艇だ。
これでレンネンカンプ大臣との約束は果たした。後は帰るだけだ。重責を果たした山下少将はホッとした。
次回来るときはどうなっているのだろうか。渡した金でうまくやって欲しかった。
「待っていたぞ、大臣」
「恐れ多いことです、陛下」
「何を言うか、期待しているのだ。それで首尾は?」
「かなりよろしいかと」
「うむ、それなら良い。選民思想派の妨害があったときにはどうなるかと思ったが、上手くいったようで良かった」
「陛下、彼等日本は想像以上に理性的ですぞ」
「それは、対応を誤らない限り敵対的にならないと思って良いのかな」
「はい、その通りかと」
「卿に言っておくことがある。既に知っているかも知れないが、海軍と空軍に少数だが存在する強硬派が引き下がったようだ」
「ほう、それはよろしいことで」
「知らなかったのか」
「日本との対応で忙しく、手元の情報にまで気が回りませんでした」
「余もそこら辺はメルカッツに任せていたのでな。良くわからん。分からんが、先ほど政府と歩調を合わせるとメルカッツが知らせてきた」
「先ほどですか」
「一時間も前では無い」
「ふむ、ではアレを見たせいですかな」
「アレとは?」
「日本は飛行機を船から発進させることが出来ます」
「なんだと」
「事実です、陛下」
「メルカッツか」
「私も驚きました。まさかあのような方法があるとは。実際と言っても映像ですが、目にすればどれだけ隔絶しているのか良くわかります」
「それ程なのか」
「我が海軍の十年以上先を行っているだろう事しか」
「レンネンカンプ子爵がそう言うならば事実なのだろう」
「メルカッツ、航空機は如何なのだ」
「航空機も我が国より進んでおりますな」
「理由は?」
「我が国の水上機は今だ複葉ですが、彼等は単葉機でした。こちらでは試作機が飛んだ所です」
「向こうは実用しているのか。まさか、それを見て尻尾を巻いたと?」
「そうらしいです。誠に恥ずかしい」
「海軍も同じでしょう。私が乗っていたエルベと阿賀野ではかなり差があるように見受けられます」
「では、如何すれば支援を続けてくれるのか」
「獣人達ですな」
「獣人達か。どんな裏があるか分からんが、彼等を大事にすれば協力すると言うことか」
「そのようです。あと、孤独だと」
「孤独?」
「未だ、他国と接触出来ていないようです」
「それで我が国か」
「如何にも。ただし、現政権とならばという条件を出されました」
「ほう、それは良いことでは無いか」
「はい。そして支援ですが、第一弾として航空機を見せてくれましたな。それで空軍の強硬派が引っ込んだ。軍の強硬派からすれば空軍が手を引いたのは痛いはずです」
「そして海軍はその先進性から相手にすべきでは無いと強硬派が引っ込んだという事か」
「本当に恥ずかしい連中です」
「目が覚めたのだろう。良いことではないか」
「全くでございます」
「して、レンネンカンプ。他にも支援は無いのか」
「ございます。かなり重要です」
「む、そう言うほどにか」
「それは興味がありますな」
「陛下、メルカッツ卿、落ち着いて聞いて下さい。金が三トン半です」
「「・・・・」」
「ははは、私と同じ反応ですな。私も連中から聞いた時はそうなりました」
「その金は如何した?」
「既に国庫に納め、信頼出来る者を護衛に付けてあります。まず、持ち出されることは無いでしょう」
「よくやった」
「陛下、その半分があれば、近日中に償還しなければならない証書が無事償還出来ます。借り換えに頭を悩まさなくても良くなりました」
「それでは、選民思想派どもに財布を握られる事も無くなるな」
「誠、有り難いことです。レンネンカンプ卿、よくやって頂いた。ありがとう」
「いや、メルカッツ卿、頭をお上げ下さい。私はたいしたことをやったわけではありません」
「いえいえ、謙遜は良いが、しすぎは良くないですぞ」
「では胸を張っていましょう」
「「「はっはっは」」」
こんなふうに肩の力が抜けたのはいつぶりだろうな。三人はそう思った。
「さて、それでは彼等の期待に応えねばなるまい」
「は、メルカッツ卿、金はいかほど余りそうですか」
「二割は余りますな。国庫の中の短期証書、全て合わせても償還分はそれで足りるはずです」
「二割ですか、その中から彼等獣人たちに渡す食料代を捻出するがよろしいか」
「勿論、彼等の健康状態が悪いと聞いた。日本に引き渡すときに健康でなくてはいかん」
「彼等は次に来るのはいつだ」
「早くて三十日遅くとも四十日後と聞いております」
「長くないか」
「かなり遠いようです」
「そうなのか。卿ならどうだ。行くか?」
「我が海軍は、遠洋航海には向いておりません。内海艦隊です。どれだけの困難があるか」
「彼等は外洋艦隊なのか」
「日本から八千kmと言うことでした」
「八千だと」
「はい。彼等はそれだけ進出出来る能力がありますな」
「だが戦力は如何なのだ」
「なんとも。彼等は全容を見せませんでした。哨戒機に限界まで飛んで貰いましたが発見出来ません」
「陛下、この発言をお許し下さい。彼等を敵にしてはなりません。必ず味方に付ける努力をなされますよう」
「うむ、メルカッツ、そなたの忠誠は嬉しく思う。そなたの言うとおりだな。必ず味方にしよう」
「恐悦の極みでございます」
こいつ如何した?いつもは陛下のことを金髪の小僧くらいにしか扱っていなかったじゃないか。
間違えるなよ、メルカッツ卿。あんたの忠誠は帝国にだ。陛下にじゃないだろう。
この後、帝国で獣人達の扱いが良くなるはず?
金が三トン半となっています。
三トンが出雲丸から政府に提供された物。
半トン500kgが阿賀野から出されて現地通貨と引き換えられた物。
通貨と引き換えると言っても膨大な金額です。大部分は証書になっています。
次回 十月二十九日 05:00予定