ディッツ帝国
ディッツ帝国のお話です。
ディッツ帝国
建国の父、初代皇帝エルヴィン・シルバーバウム以降五百年余りの歴史を誇る。
元は西シュワルツ王国辺境の貧乏子爵の三男であった。当時の貴族名簿にも名前が載っており、よくある自称とは違う。
旨い飯が食いたい一心で探索者に転身し、上級者と成るのにあと少しという所まで活躍した。
真偽は定かで無いが、その頃探索に出た出先でケイニヒボンビーと出会う。
ケイニヒボンビーはボンビー種の頂点にいる存在で、その実力は神をも凌駕すると言われた。
ケイニヒボンビーは、圧倒的な実力ゆえ人を殺すようなことは滅多にしなかったが、出会えば必ず貧乏になるので有名だった。
どんな上級者でも高級な装備一式剥ぎ取られ、粗末な服一着で街の門前に放り出された。性格はしつこいのか二度三度と同じ事をする。そのせいで装備品に金が掛かりあっという間に貧乏になってしまう。
そこで飽きるのか、それ以上は手を出してこない。遊んでいるというのが通説である。
ケイニヒボンビーになぜか気に入られて、彼が誂えることが出来ないような多数の高級装備を渡される。
普通なら探索者の頂点を目指すとか、装備のいくつかを売って左団扇で一生を過ごす、とかなるのだが、彼は故郷に帰り再び実家で暮らした。
その後いくつかの国境紛争で名を上げた彼は、実家を伯爵位に上げることに成功する。エルヴィン・ハイドライト、三十歳であった。
伯爵家三男になった彼に、公爵家から縁組みの話が来る。相手は二十八歳、社交界では売れ残りという評判の長女だった。
シュワルツバルト公爵となった彼は国政改革に乗り出し、保守派と激突する。
西シュワルツ動乱の始まりだった。周辺国も巻き込み、紛争は大規模になっていく。もはや地域紛争では無く国家間戦争だった。皆自分こそ覇者であると信じ、激突をする。
そこにまさかのケイニヒボンビーの登場だった。ケイニヒボンビーはシュワルツバルト公爵家の味方以外から装備品をいつものように剥ぎ取った。とても楽しそうだったという。
大空を舞い踊るように飛ぶ黄金色のケイニヒボンビーはとても美しかった。それだけは装備を剥ぎ取られて負けた側の記録にも残っている。
ディッツ帝国の国旗は、緑地に黒い山の西シュワルツ王国の旗に大空を飛ぶ黄金色のケイニヒボンビーを図案化したものである。
ディッツ帝国の名前は、最初に味方になったディクセン公国とヘイルカッツ自治領の名前に西シュワルツ王国の名前を組み合わせて出来たという。
シルバーバウムの名前は、ゴールデンにしたらボンビーすると言われシルバーにしたという。冗談みたいだが、事実のようだ。
ケイニヒボンビーとの約束で代々皇帝が一代に一回、最高の装備を持ってケイニヒボンビーと対戦をするというものが在った。正しいやり方で続けていく限り、ケイニヒボンビーが守り神になると言う約束だった。
命を取られることの無い、お約束で粗末な服一枚になり帝都の門前に放り出される。ケイニヒボンビーとの約束は、それだけの遊びだった。
それを先代皇帝がないがしろにした。
もう剣の時代では無いとして、軍装こそ贅を極めたものだったが最高の物ではなく、金メッキしただけのありふれた小銃で対戦に赴いた。記録によると、剣など古くさい。あんなうさんくさい奴には銃で充分と言って老臣の言うことも聞かず対戦に行ったという。
これに怒ったケイニヒボンビーは先代皇帝を握りつぶし、皇宮に叩きつけた。
「約束は守られなかった。この国をこの世界から追放する」
ケイニヒボンビーは黄金色に光り輝き、ディッツ帝国を光の中に包み込んだ。「ちょっと待て」という中年男性の声が聞こえたが、誰なのだろう。
光が収まったとき、ディッツ帝国はこの世界ランエールにいた。
前の世界にあった属国や植民地、海外資産など全部失っていた。
ケイニヒボンビーの怒りを買った。
国民は理解した。
国民の怒りの矛先は先代皇帝に向いたが、既に皇宮の壁のシミである。
帝国政府は一刻でも早く帝国を安定させるべく、皇宮宝物庫を公開した。そこには各種宝物・金銀財宝など何も無かった。全てケイニヒボンビーに持ち去られていた。博物館にあった皇帝関連の装備・宝物なども一切消えていた。
国内は混乱し、内戦になるかと思われた。ただ、どの勢力も決め手に欠けた。内戦に持ち込むほどの力は無かった。
宗教勢力が出てくると思ったが、最大勢力のローエングラム教が「宗教は敬意を持たれるべきで、敵意を持たれるべきでは無い」として、政治には距離を置いた。
これにより国内の混乱は下火になった。
皇帝の座には三男のアドルフ・シルバーバウムが他の兄弟姉妹を押しのけて就いた。
冷静な判断力と冷徹な思考能力を買われてのことである。別の意味では冷酷とも取られた。
少なくとも他の兄弟の、お花畑や柔弱、引きこもりという評価とは一線を画していた。
帝位に就くと、周辺捜索に力を入れた。それまでも細々と行われていたが、遙かに強化をした。
結果
大陸で在り帝国の数倍の広さと様々な人種が住んでいる。帝国は東の端に存在する。
大陸東側に無人の多島海が有る。
大陸南は、寒く大変荒れた天気が多い。居住には不適当。南の海も常に強風と高い波で航行には不適。
大陸西は、荒れた土地が多いが鉱物資源は期待出来る。自給程度で良ければ農業も出来る。海は外洋であり通常波は高い。二千km進出するも、陸は発見出来ず。
大陸北は、肥沃な大地で在り、やや温度が高いが農業には好立地である。海は西同様二千km進出するも陸は見えず。
新皇帝は偵察結果により、大陸の制覇と東の多島海の確保を命じた。帝国の一億二千万人という人口からすれば、相手は全ての国や勢力を会わせて、せいぜい二千万人と目される人口だったし、銃はごく少数に装備されているだけだった。科学技術が違いすぎる。大陸の制覇はたやすく思われた。
だが彼等は頑強に抵抗した。特に戸惑わせたのが魔法だった。ディッツ帝国にも魔法使いはいるがレベルが違った。過去の探索者が使っていたという伝説級の高威力の魔法を実際に使ってくるのだ。魔法使いの数は多くないし、戦闘集団の数も少ない。多くが普通の民だった。それでも時には師団単位での犠牲を出しながらも大陸を制圧していく。
制圧が完了したのは、転移後二年半経ってからだった。新皇帝が帝位に就いてからは二年経っていた。
大陸制覇後、皇帝が困ったのは百五十万人にも達する、獣人・エルフ・ドワーフなどの扱いだった。
帝国の主流を占める宗教では、人で在って人で無い者と共に住まうことを認めなかった。
陸軍内部の強硬派や選民思想の強い貴族・大富豪などは、殺してしまえと言う。
確かに百五十万人への生活物資の供給は大変だった。だが、勝者の義務とも言える。
皇帝は無様な真似をする気は無かった。
今彼等を殺すのは簡単だった。軍部の強硬派や同調する貴族達に命令すれば良かった。しかし、彼等と共に暮らしてきた先住民はどう思うか。殺すという選択はとれなかった。
それにやってしまえば、末代までの汚名になる。虐殺皇帝など御免だ。
海軍は、多島海の中に居住に適した地が無いか探しているが、はかばかしくなかった。漁場としては素晴らしいらしい。しかし、多くの島は小さく大きい島でも百五十万人の人口を吸収出来るとは思えなかった。この場合の吸収可能人口は自給自足を想定していた。
そんな折、譜代の貴族であるレンネンカンプ子爵家より耳寄りな情報がもたらされた。
同等の技術力を持つと思われる、転移国家との接触に成功。
さらに、百五十万人を引き取ってくれるという。
さっそく皇帝執務室で、密談を開始する。同席しているのは先代皇帝を諫めた老臣、メルカッツ伯爵だけであった。
「レンネンカンプ子爵、ご苦労だった。何か良い報告があると言うことだが」
「陛下におかれまして・「よい、簡潔に述べよ」・はっ」
「まずこの情報は陸軍にはバレておりませぬ。ただ人の口は閉ざせませぬゆえ、もう知られている可能性もあります」
「ほう、よい判断だ。知っているのは海軍だけか?」
「いえ、最初に接触したのは空軍です。ですが、彼等空軍も陸軍強硬派とは仲が悪いので」
「そうか。しかし、まだ知られていない前提で話を進めるにちと危険か」
「そのように思われます」
メルカッツが肯定する。
「子爵、相手の印象は如何だった」
「まず、敵対心はありませんでした。最初に航空機同士で接触した時も敵対行動は見せなかったようです。盛んに電波は発信していましたが」
「盛んにか」
「陛下、報告をするのは当然です。彼等も当然のことをやっただけでしょう」
メルカッツがたしなめる。
「余は士官学校に行っていないのでな、軍事のことは分からぬ。だが、そなた達が普通のことだというならば信じよう」
「「ありがとうございます」」
「次に軍艦同士で接触したときも相手が先に主砲の俯角を取りました。これは軍艦だと、交戦の意思が無いことを表します」
「相手は理性的と思って良いのかな」
「少なくとも、会話した中では理性的でした」
「では子爵、百五十万人を引き取ると言ったのだな」
「確かに」
「都合は良いが何か裏がありそうだな」
「実は、獣人・エルフ・ドワーフと言って見ても平然としていました。全く知らないか、よく知っているかです。次に陸軍強硬派の事を匂わせると同意されました。彼等にも同じような存在はいるようです」
「ふむ、興味深いな」
「そして陸軍強硬派が暴発しそうだと言ったら、動揺していました」
「陛下、確実に事情がありそうですな」
「メルカッツもそう思うか」
「はい」
「だが引き取ってくれれば都合は良い。そうだな?」
「そうですな。さすがに百五十万人は負担となっています」
「では決定する。百五十万人を引き取って貰う。子爵は余の代理人として交渉に当たれ。メルカッツ、準備を」
「畏まりました」
「陛下、陸軍強硬派や一部貴族の動きが不安なのですが」
「そこは余が抑える。気にせずやれ」
「ありがとうございます」
「陛下、こちらに署名をお願いします」
メルカッツがレンネンカンプ子爵に引き渡しの全権を任せる証書を用意して持ってきた。
ミスターレンネンは子爵だったのですね。
ディッツ帝国は地球で言えば地中海沿岸国で、外洋には面していませんでした。
そのため航洋性や航続距離は、日本のような海洋国家の船に劣ります。
同様に空母技術も未発達で実用になるものはありませんでした。
ディッツ帝国が転移した大陸の南部。だいたい南北方向の1割を占める地域は、地球で言えばロアリングフォーティーに相当する地域です。
そこから南の地域の気候などは、まあアレです。
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