奥へ
この先日本はどういう行動に出るのか
上村部隊はさらに魔石を入手する必要が出てしまい、上陸地点の整備が終わった工兵隊を呼んで車両で行けるだけ行く為の道路整備をする事になった。
柳素湾に注ぐ川の途中からカラン村までの道は村長の許可を得て整備してある。ここから山へ川沿いに行ける道の整備だった。
途中の川に架橋するため、輸送船に積んできた橋梁資材を運ぶためにも道路整備は必要だった。軽輸送車で運べるような物ではなかった。
ただ、以前山へ行った道は川が増水すると冠水してしまうことが周辺の観察で分かった。
なのでこちらの道は歩きやすくする程度の簡易整備として、川から離れた所にトラックが通っても平気な道を整備するという。南アタリナ島の時より楽なようだから早く出来る。と工兵隊の隊長は言っていた。
真田連隊長からは、こちらが本命になりつつあるとしてさらなる増員をされた。
少し待って欲しいです。この部隊規模は明らかに野戦任官の中尉の能力を超えます。何卒指揮官クラスも増員を。
上村の希望はもっともだとして、増員された部隊を管理するための本部小隊が結成された。部隊長は件の参謀中尉である。
輜重部隊も一部向こうの基地から転進してきた。こちらは本部小隊付きである。
上村の負担を減らそうとしているのか増やそうとしているのか分からないが、上村には村との交渉と前線での活動に専念させるという意図があった。
こちら側の上陸地点のさらなる強化の為、工兵部隊の配置転換と上陸地点の管理をするための留守部隊として大尉を隊長とする歩兵二個中隊が派遣された。
川では輸送能力が限られるため、柳素湾海岸までの道路整備するためだった。
カラン村では、北の川までの道を工兵隊が整備し軽輸送車で往復出来るようにしたため、川魚の漁が楽になったと喜ばれた。重い網や捕れた魚を軽輸送車に積んで往復出来るからだった。
村では、村長の寄生虫駆除が成功したことを受け(一週間後の検便でも卵は発見されなかった)症状の重い者から三人処置を受けた。三人とも成功である。これで治療方法が確立されたと言って良いだろう。
しかし、反面、魔石の消耗が多いのが課題だった。五回程度は出来るだろうと思われた魔石だが三回で限界が訪れた。あの魔法陣はかなり負荷が掛かるようである。
ケイルラウも予想より多い消耗に考え込んでいた。
上村はこの間二回遠征にゆき、真っ赤とは言えないものの、けっこう濃い色の魔石を三個入手していた。この魔石で合計七回は処置出来るだろうとのこと。
魔石を傷つけないように頭を狙って撃ち殺したいのだが、それはかなわず滅多打ちになる混沌獣も居た。
ロウガとミカヅキの二人は遠征に付き合ってくれるが、もうこの近くの中型下位ならこなせるだろうと言うことで自分たちは奥に入っていき大物を狩ってくるのだった。
軽輸送車で運べるので楽だと言って、一回に四頭もの中型中位から上位の混沌獣を狩ってきた。
それで村の重度の感染者の治療は出来た。徐々におなかも小さくなってきている。皆笑顔になってきた。良いことだろう。後は魔石の数を揃えて軽症者まで治療すれば良い。
医師達は村と交渉の末、寄生虫対策と大怪我用の魔法陣を借りることに成功。ただし魔石は自分たちで用意することとなった。
これが魔石をさらに入手しなければいけない主な理由だった。他にもサンプルや研究用として、本土から入手を迫られていることも有った。
ロウガとミカヅキの二人が言うには、この小さな山脈の南にはほとんど混沌獣はいない。居ても小型の中位くらいまで。それならお前達の銃でも対処は簡単だという。ただ、小型のものは群れを作っていたりして数が多い事が有るので気をつけろとも言った。
山東山脈には小さいながらも混沌領域が在り、そこから混沌獣が外部に出ているという情報も貰った。
これは過去カラン村でも腕利きの連中、アビゲイル、ロウガ、ミカヅキ、タガナキの四人で長期偵察行を行い分かった貴重な情報だった。
上村は真田連隊長とも相談の上で、山脈の麓に前進基地を作るよう上層部に上申するのだった。勿論真田連隊長名義でだ。
上村達がカラン村を訪れてから早くも一ヶ月が経とうとしていた。タマヨは上村が暇そうだと絡みついてくる。暇じゃないんだがなと思いつつ、相手をする上村だった。
そんなある日、本土から船団がやってきた。上申は通って、さらに強化するという話は聞いていた。
港湾建設をするためだった。日本は、柳素湾で艦隊泊地にしているこの入り江をカラン湾と名付けた。
上村が見せられた計画書によると、カラン湾に港を作りカラン村の少し西の地点まで鉄道を敷く予定だという。
大事になってきたな。上村は思う。もう俺の野戦任官は解けても良いんじゃないか?誰か偉いさんが来るのだろう?
しかし、日本政府は現地で良好な関係を築けたのは、主に上村の功績だとした。正式に中尉とされた。ただし、内地帰還後士官教育を受けることを命令された。
上村が知らされたのは港湾と鉄道だけではなかった。
日本が、小規模な混沌領域に挑戦するつもりだと言うことを。
西の大陸(シベリア大陸と名付けられた)には大きい混沌領域が四つ在り、この大陸に植民や資源採集で進出しようとすれば避けられない存在だった。
小規模な物があるなら予行演習に、さらに都合が良ければ演習場に、と言う実現可能なのかどうか上村には判断つきかねる計画だった。
柳素湾に上陸して三ヶ月が経とうとしていた。
道路は計画通りに作られた。工兵隊の話だとチハが通っても平気だという。舗装はされていないが、よく締められた中々立派な道だった。
これによりトラックでの移動が可能になって、最初は片道四日掛かっていた最終野営地まで一日で行けるようになっていた。
カラン村の住民もトラックに便乗して狩りに行くようになった。すでに魔石は多数確保され住民の中に感染者はいなくなった。
日本から志願してやってきた日本住血吸虫症の患者は、治ったことが信じられないようで初期の十人は皆涙を流して喜んでいた。
しかし、大怪我用魔法陣はケイルラウを持ってしても制作出来ないとのことで、これ以上のペースでの治療は出来なかった。
大怪我用魔法陣は帝国から逃げるときに持ってきた過去の遺産で在り、帝国でも制作出来る人間は限られていたという。しかも制作に特殊な材料と二ヶ月ほどかかると言われた。
特殊な材料とは大型中位の混沌獣から取れる材料で、現状では入手が困難と言うことであった。
山東半島にある混沌領域に行けば入手出来る可能性はあるが、混沌獣を倒す事がカラン村の現有戦力では出来ないと言う。
日本が入手するためには、まず混沌獣に慣れる事が重要だった。徐々に混沌獣に対する戦訓を溜めていくしかなかった。
そのためにも、カラン村は重要な位置づけがされた。カラン村の機嫌を損ねてはならなかった。日本人が知らない貴重な情報を多数もたらしてくれた。
また、察するに帝国でも重要な地位にいた者が複数いるようである。南の大陸に関する情報源としても重要であった。
カラン村と接触後半年が過ぎた。これまでに伝染病や寄生虫と見られる症状は出ていなかった。
さすがに大丈夫だろうと言うことで第一陣の帰国が始まった。
が、しかし、上村部隊はお預けを食らった。やはり一番現地と意思の疎通が図れている部隊は貴重だった。
上村を通じて様々な貴重な情報が得られたことも、帰還を望む部隊には災いした。
上村は苦情を申し立てるが、軍命として聞き入れられなかった。だが、さすがにまずいと思ったのか、分隊単位で入れ替えるという。
政府は、上村と共にカラン村住民何人かを日本に招く算段をしていた。上村の帰国はその時になりそうだ。
道路や鉄道も慣れない土地に苦戦しながら、概ね予定通りに進んでいた。すでに初期の最終野営地まで鉄道も道路も開通していた。現在は途中に駅を作り、カラン村までの分岐路線を敷設している最中だ。
カラン湾に作る港も最適地は最初に上陸した地点だが、あまりにも危険だった。次点は現在の宿営地の南であり、港の建設は進められている。外洋に近く水深も大型船の就航を可能にするカラン湾は絶好の立地だった。
カラン村からの道路が開通した先にある港は桟橋のみだった。それでも三千トン級貨物船が接岸出来るよう強固な桟橋が作られた。
日本政府は、南にあるという陸地に行くべきか迷っていた。行けば高度な魔法陣が手に入る可能性が高い。しかし、隣国を占領してまで食料を求める国と正常な交渉が出来るのか。
カラン村の住民は帝国に帰りたいと言うが「自分たちでは無理である。日本に期待したい」と述べた。
この話がどこから漏れたのか、国内の一部勢力や個人は「銃も持っていない現地人など占領すれば良い」等と発言したため、公務員は閉職にまわされた。国会議員でも議員資格を剥奪された。また全員が国家の監視下に置かれた。社会的地位や発言力の大きい人間・集団は厳しい処罰が下された。
新聞や雑誌は発刊禁止処分だった。会社が潰れようがお構いなしだった。
漏洩源は特定され厳罰に処された。
日本政府は、織田政権から立憲君主制国家に変わろうとした時代と同じようにデリケートな行動を求めた。
国家非常事態宣言下である。彼等を守る法律は効力が弱く、あるいは停止されていた。日本の未来を潰す輩は弾圧された。
この世界になじむのだ。最初から現地と軋轢を生んではいけなかった。神々の好意を踏みにじらないように。
政府は難しい舵取りを迫られている。
この感じでは南に向かいそうです。
理由をどう付けましょうか。
定番の難破船か、傍若無人な南からの侵入者か。
シベリア大陸に有る四つの混沌領域は規模も大きく、特に北のウラル付近にある混沌領域はランエールでも屈指の大きさです。寒そうだし、下手に刺激を与えないのが吉と思われます。
山東半島で練習してから行きましょう。
次回 九月二十六日 05:00予定