勇者 出撃
お久しぶりです。目標。エタらない事。
各地で見つかった勇者はあまりの脆弱さにそのまま戦場には投入できない。
特訓の始まりで有った。
基本的な戦技訓練に始まり、混沌獣を相手にしての強化。混沌領域ギリギリまで近寄っての自分で対処できる限界を超える相手との激闘。
もちろん上位冒険者や強力な軍人の管理下で行われた。しかし、させられた方はたまったものでは無い。
そんな時間が続き、遂に実戦投入される時が来た。
投入される戦場は東大陸ラプレオス公国戦。
戦線は押されラプレ川から百キロ程度ギルガメス王国連邦側に入り込んでいる。北のガンディス帝国はまだガンディス川を越えた辺りだ。まずは、ラプレオス公国を押さえ込むことだった。都合良くいけば、そのまま対魔王戦まで持っていくつもりだった。
投入された勇者は三人。ギルガメス王国連邦の二人と、なんとエア達だった。エアの参加は日本がゴリ押しで認めさせた物で、経験を積ませたかったからだろう。
「初めまして。エアと呼んでください。ギルガメス王国連邦の勇者様」
旧エルラン帝国の第二皇女とも言えず、愛称で呼んで欲しいヒュギエア・エルランだった。
「こちらこそ、初めまして。ギルガメス王国連邦の勇者になってしまった、トム・リッターです。橫にいるのが「初めまして。キャスリーン・バトラーよ」」
トム・リッターはギルガメス王国連邦軍の下っ端だった。どのくらい下っ端だったかと言えば、顔は描かれず下っ端と書いてあるだけ。あるいは「イーッ」と言う声しか出せない黒タイツか。未だに自分が勇者と言われる事に戸惑いがある。
対してキャスリーン・バトラーは歌姫と言われるだけの実力を持った人気歌手だった。人前に出るのは慣れているし、人気があったのでそれなりの扱いをされる事も慣れていた。ただ、戦いだけは慣れたくなかった。でも勇者だし仕方ないかと思っている。
彼らをサポートするのは、トム・リッター側が軍人のみ。キャスリーン・バトラーの方は冒険者という編成だ。
「リッター様とバトラー様ですね。これからよろしくお願いします」
「様付けなんてしないでね。キャシーと呼んで。こいつはトムでいいわ」
「キャシーとトムですね。分かりました」
「丁寧な言葉遣いもいらないわ」
「そう?それなら楽でいいな」
「それでエアは、日本から来たの?」
「日本の向こうにあるエルランという国から」
「日本って遠いよね」
トムが聞いた。
「そうね。日本から西へ船で1週間」
「船って、あんたら日本の船だろ。ずいぶん遠いね」
「まあ船がいいから快適で、暇が困るだけ」
「「はあ~」」
ここはギルガメス王国連邦首都エンキドの首相官邸会議室だった。双方の勇者が顔合わせをしている。
他の会議室では、大まかな作戦行動をどうするかすり合わせている。話しているのは戦闘主体となるギルガメス王国連邦軍と日本軍だ。エルランはまだ軍と言うほどの戦闘集団は無い。隅っこで聞いているだけだ。
「ミシェル・ラーダーとカラコルマ。どちらが優先ですか」
新しく日本からギルガメス王国連邦派遣軍として編成された対魔王軍司令長官、原田三郎大将が問いかける。
「カラコルマですな」
ギルガメス王国連邦対魔王戦指揮官、スジェール・リングレット侯爵が応える。
「やはりそのまま北に来ると拙いのですか」
「拙いですな。カラコルマ周辺からエンキドの南までは重要な農業地帯です。我が国の食糧生産の半分以上を占める。ダンジョンや混沌領域も無い優良な場所です」
「なるほど。重要な場所です」
「ご理解いただけましたかな」
「それでスミラレウスとカラコルマ間の隘路で敵を待ち受けようと」
「そうです。ミシェル・ラーダー手前に有るミシェル湿原沿いに走る街道は軟弱地盤が多いので固い部分を縫って道が出来ています。道幅は細く大軍の運用には適していません。小さな商隊が通るくらいなら道路も持ちますが大軍となると道が持ちません」
「君、航空写真を」
「ただいま」
原田大将が副官に航空写真を出させる。十枚くらい出てきた。
「こちらをご覧ください。上空から撮った写真です。レリクスとミシェル・ラーダー間の道路東側は凹凸が激しくて通行困難なのが分かります」
「ほう、これはいい物ですな。ん?この写真は?」
「えーと」
「原田司令長官、この写真は三日前に偵察したレリクスとスミラレウスの写真です。レリクスはともかくスミラレウスにはかなり物資が集積されています。更に後続があり、物資・戦力とも増えています」
原田と共に出席している小牧参謀長が説明する。
「昨日の時点では増えているなくらいだったな」
「はい。今日も偵察してますが更に増えていると思われます」
「小牧参謀長。敵の攻勢が近いのかな」
「はい。リングレット侯爵」
大まかな方針は決まった。まず軍隊が展開しやすいスミラレウスとカラコルマ間での決戦には勇者の投入は無い。勇者は少数精鋭であり、大軍がぶつかり合う戦場にいても真価を発揮できない。
勇者の初戦はレリクス攻略戦となった。
どちらにも日本が航空戦力で支援することになっている。高度を千メートルも取れば迎撃手段が無いのだ。やりたい放題だ。
レリクス攻略戦にはギルガメス王国連邦軍から選抜された兵士達と日本軍から選抜された兵士達が参加する。どちらも混沌領域やダンジョンで経験を積み強化されている。日本軍は東鳥島でたっぷり経験を積んだ兵士から選抜されていた。
「シェーンカップ大佐。勇者をどう使われるのですか」
「上村中佐か。どうと言ってもな。ただ最初は対人戦に慣れて貰うところからかな」
「そうですね。彼らは兵隊では無い。戦場に立つ教育はされていない。心が負けなければいいが」
「戦闘技術は教えて向上したが、人相手だからな」
「困ったもんです」
「本当にな」
日本軍で選抜されたのは東鳥島に展開している第十三師団からだった。師団長は相変わらず八雲円利だが中将になっている。大将を断って、日本陸軍中枢勤務を避けている。東鳥島で軍歴を終える決意だった。面倒はいや。
上村中佐はエアが無理矢理引き込んだようなものだ。「知り合いがいないと辛い」との一言で上村中佐他数名のギルガメス王国連邦派遣軍への派遣が決定されてしまった。一介の中佐ごときには逆らえるものでは無い。
勇者が戦力化されたことにより、本格的な対魔王戦が始まろうとしている。
次回更新未定。東大陸の勇者は数話で終わると思います。ただ終わるのがいつになるか。夏前目標。




