東インド大陸沖海戦 7
苦労
ガミチス水雷戦隊はしつこかった。二隻の戦艦を狙っていたのであるが、ライオンが一隻突出したのを見てライオンに的を絞ったようだ。
既に七隻減っているが、敵ながらあっぱれな闘志である。
こちらも大きな事は言えなかった。既に葦が沈没。菱は火災発生、戦列を離れ消火に懸命だ。藤は大きく傾いている。栃には洋上で停止して退艦している。
ライオンを守るため敵水雷戦隊を阻止せんと近づきすぎたイギリス水雷戦隊は敵の雷撃をくらい、カサンドラとシーザーが沈没。チェッカーズは火災発生で戦列を離れている。
阻止線を抜けたガミチス駆逐艦数隻がライオンに向かっている。先程魚雷を撃たなかった艦だろう。
アバディーンとニューカッスルは敵同級巡洋艦と撃ち合っていて余裕は無い。
日本八戦隊の出番が来た。八戦隊はひたすら策勢の砲撃を行っている内に位置が悪くなってしまい水雷戦隊をを長距離一万五千で援護射撃をしている有様だ。後で敢闘精神不足と取られるかも知れない。
「司令、島崎司令長官からです「ライオンを援護せよ」」
「分かった」
八戦隊司令福島少将は敵駆逐艦を排除するための針路を考えた。
「艦長、本艦の位置取りをライオン左舷前方へ」
「通信、筑摩は楓を伴いライオン右舷前方へ進出せよと」
「「了解」」
そこで乱戦中の水雷戦隊方面から巨大な爆炎が上がった。
「司令、北上大破とのことです」
「打ち損ねた魚雷にでも当たったのでしょうか」
航海参謀が聞いてくるが、あれほどの爆発だと魚雷しかないな。
「水雷戦隊はどうか」
「はっ、四隻です。残存4隻。梓、榊、葵、蓬の四隻」
水雷参謀が報告する。
「電探です。敵駆逐隊、味方を突破。ライオンに向かいます」
「艦長、ライオンの前に」
「了解。機関両舷最大戦速。針路このまま」
「筑摩はどうか」
「筑摩、ライオンの前に出ます」
ライオンに向かって英日艦隊を突破したのはシュワルツグリフ、シュワルツメルケ、GA31、GA32の四隻だった。
四隻の目の前には戦艦しかいなかったが、いつの間にか重巡一隻と駆逐艦一隻がふたつ、戦艦をかばうように現れた。
「ヘルツ艦長、不味いです」
「分かってる。ガウス先任」
シュワルツグリフの艦橋ではかなり悲惨な雰囲気が漂っていた。
シュワルツグリフはシュワルツ級駆逐艦として一種のテストケースで建造された。最低でも二十隻以上という大量の同一艦配備をモットーとするガミチス駆逐艦整備方針の中にあってわずか六隻の建造は異彩を放っていた。
対空・対潜能力を高めた上でどれだけ対艦能力を維持するか。同時に高温高圧缶と小型主機の実用試験も兼ねての六隻だった。
おかげで三千八百トンの巨体と三十八ノットの高速を得た。船体にも手間を掛けて機動力はGA級と変わらない。
高価な値段と手間が掛かりすぎて、結局試験的に作られただけで終わった豪華且つ強力な駆逐艦である。
ヘルツ艦長はこの船に誇りを持っていた。どんな船にも勝てると。
「まあ大型巡洋艦には勝てないな」
出会うまでは。
「如何しますか。艦長」
「どうするもこうするも、ここまで来たら行くしか無いだろう。違うか先任」
「そうなんですけどね。どちらを突破しますか」
「どっちも変わらんな」
「本艦の高速を持ってすれば可能かも知れません。絞り出せは四十ノットは出ます」
「あの大型巡洋艦の攻撃を掻い潜って魚雷の射程まで踏み込まなければいけない。最悪シュワルツが盾になって31と32の発射機会を整えてやることまでしなければ」
「やはりそうですか」
「デカいのと小さいの。襲いかかられたらデカい奴を先にやるんじゃ無いのか」
「分かってはいますが、こいつに発射させたいです」
「戦艦はともかく巡洋艦にぶち込もう」
「ではそうしますか」
「機関、全力運転だ。安全規定解除」
『了解。目一杯行きます』
機関長の声が聞こえた。機関運転室に陣取っているのだろう。
「31と32から『我追随出来ず』」
「戦艦を頼むと」
「『戦艦を雷撃せよ』ですね」
「わかりきったことを聞かんでもいい」
敵駆逐艦を阻止しようとライオンの前に出た利根と筑摩だが。
「敵二隻増速、速い」
見張りから報告が上がる。
「速いだと?電探どうか」
「お待ちください。計測中」
「三十ノットから、現在三十五ノット。更に加速中」
「速度で躱そうというのか」
福島司令が呟く。
「司令。主砲だと追いつかないかも知れません。高角砲も使います」
「艦長、任せる」
利根艦長河原崎中佐にこの場は任せる。司令が口出ししてはいけない。
利根は毎分五発の発射速度があるが照準固定の時だ。腰を据えて撃ち合うときだな。常に移動する目標だと当然狙いながらになるので、そんな発射速度にはならない。艦長はそこまであの速度が脅威と捉えているのだろう。
「砲術、高角砲も使う。通常だ」
「了解しました。目標敵高速駆逐艦、弾種通常」
「頼むぞ」
「艦長、通常は二十発しか用意していません。打ち尽くしてもかまいませんか」
「かまわん」
「了解」
「司令、本艦敵高速駆逐艦まで八千以内まで近づけます」
「任せる」
「ヘンリー司令長官。日本海軍が盾になります」
「彼等は自分の仕事が分かっている。我々も自分の仕事をしよう」
「敵艦との距離、25000」
「砲術。目標敵後方艦。撃ち方始め」
艦長の声が聞こえる。
しばらくして発砲した。前部の2砲塔が1門ずつ撃った。
弾着を見ると200程度のズレがある。
また撃つ。今度は100間で近づいた。
我が国の技術力はすさまじいな。理屈が理解出来ないが電子計算機という物を作ってライオンに積んで、主砲方位盤に使っている。その成果が出ているのか。CICと言う奴も出来たがあんな所に籠もっていては潮風を感じんでは無いか。艦長もいやなのだろう。艦橋に来て指揮を執っている。CICは副長に任せるらしい。主砲の爆風を感じてこそ粋ってものだ。
敵も弾着が近づいてくるのがいやなのだろう。後部砲塔で撃ち始めた。
「まだ遠いな。もっと近づこう。20000以内で撃ちたい」
「ヘンリー司令長官。20000まであと30分掛かります」
「そうだな。お!日本海軍が敵の駆逐艦をやったぞ」
双眼鏡には酷く傾いた大型駆逐艦が見えた。
「クソ!ちょこまか動きやがって」
「司令、もうすぐ捉えます」
「あの速度で動かれると当たらんな」
「ええ、やはり巡洋艦の二十センチ砲では、ああ動かれると狙いが付けにくいです。ですが、高角砲の射程に入ります」
「艦長、高角砲はどのくらいで撃つ」
「砲術に任せていますが。如何しますか」
「ああ、任せてあるならいい。一万以内かな」
「高角砲に使う通常が各砲二十発なので、一気に片を付けるなら一万以内と砲術は言っています。先程言ったように八千まで近づきますからやれるはずです」
「そうか。それならいい」
やはり自分が操艦しないと腰が落ち着かんな。だが将官になってしまった以上、もう操艦は出来ん。ランチでもと思うが若い奴の仕事だしな。寂しいものだ。
おっと、利根の周りに、これは駆逐艦か。こちらを狙ってきたな。
「敵高速駆逐艦まで九千」
「艦長、撃ちます」
「了解」
高角砲が撃ち始めた。片舷四基八門だ。八十九式改二だから威力は乏しいが駆逐艦なら関係ない。やれる。
初弾は外れたか。次弾で夾叉が出た。うん?二・三発撃ったら止めたぞ。ああ、敵が転舵したか。でも数発当たったな。致命的な部分では内容だが良くやっている。
撃ち始めたが今度は連続で撃っている。また数発命中した。火災が発生したか。こちらに近づいてくるな。魚雷で指し違える気か。
主砲か。重巡と一対一だ。貴様は良くやった。行き足を止めた敵駆逐艦に黙礼をした。
後続駆逐艦は進路を変え遠ざかっていく。いい判断だ。
筑摩を見ると被弾したのか煙が上がっているが、敵駆逐艦を二隻仕留めたようだ。
利根は速度を落とさずに、まだ乱戦の続く海上へと舵を取った。もうライオンに向かってくる駆逐艦はいない。
良し夾叉が出た。
「次より全門斉射」
砲術の声がスピーカーから響く。
20秒後、前部2砲塔6門の40センチ砲が火を噴いた。
惜しい。命中弾は出ないが至近弾があった。このまま撃ち続ければいずれ当たる。
「敵艦、取り舵」
何?せっかく撃った奴が外れた。また照準し直しだ。
「敵艦、直進。前方塞ぎます」
「面舵、敵艦のケツを取る」
反航戦で敵後方に出るか。同級艦二隻相手にはしたくは無いな。
「敵艦、取り舵」
何が何でも撃ち勝とうと言うことか。でも何で左舷をこちらに向け続ける?
そういう事か。
「艦長。気がついているか」
「サー。奴らは如何しても、右舷を見せたくないようです。スカートが破れているのでしょう」
「そんな上品な奴らか」
「サー。冗談は置いておいて、2隻とも右舷に被雷したと言う報告が来ています」
「まあ見せたくは無いな」
「それにここで踊っていれば、大和が来るでしょう」
「2隻沈めたかったが」
「サー。本艦に甚大な損害が生じるでしょう」
「それもいやだな。大和が来るまでここでダンスだ。艦長頼むぞ」
「了解です。サー」
敵はいやだろうな。速力が出ないのだ。振り切ることは出来ない。こちらに撃ち勝つしか無いだろう。こうやってダンスをしている間は命中弾は出ない。ギリギリしているに違いない。
書く方もギリギリ
次回 6月27日 05:00予定