南大陸攻防戦 13 フェザー平原
日本陸軍さん登場
ヘパストイ島攻略を阻止したディッツ・日本連合であるが、問題はフェザー平原に進出しているガミチスであった。
ガミチスはフェザー平原を南部要衝クルツブルクへと向かっており、その手前の硝石鉱山を今は目指しているようだ。
化学合成で硝酸を作っていないディッツ帝国では、この硝石鉱山を取られれば火薬製造が不可能になってしまう。日本に硝酸の購入を打診してもディッツ帝国必要量を賄えるだけの生産量は無いと回答があった。
最低でも今の戦線を維持しなければいけなかった。
今は戦線が膠着しているが、いつ敵の増援が来て攻勢を始めるのか分からない。
頼りの偵察機、百式司令部偵察機も最近撃墜される事例が増えている。高速化を求め、エンジンを国産液冷エンジンに変更する改造をしたら重くなって性能が低下してしまった。
日本では新型を用意しているので近い時期に投入できると言うが、それまでは偵察能力の低下は免れない。
フェザー平原では恐れていた敵攻勢が始まろうとしていた。有線通信を多用しているのだろう。無線通信量は少ない。少ない通信が増えている。この星の電波減衰量の多さから言えば有線を使いたいだろう。それでも有線が間に合わない場所も有る。そこから発信されたとみられる電波が増えている。
偵察結果も前線後方での兵力増加を確認した。
こちらも開戦後錬成した兵達の第一陣が前線に配備され兵力は増えている。今までの後退戦のように数で押し切られることは無いだろう。
日本からの増援も到着した。四個師団 (歩兵二個師団、戦車二個連隊、砲兵一個連隊、飛行一個師団)と言う数は決して多くは無いが、援軍は心強い存在だった。
額面こそ四個師団だが、人員構成が我が軍とは違い師団規模が大きい。我が軍で言えば五個師団プラスと言うところか。
戦車は一式中戦車と言う奴だが、七十五ミリ砲が頼もしい。制式化後八年以上経っており熟成されている。やはり我が国と同じで転移後兵器の研究更新は余りされていなかったようだ。
注目するのは、試製八式戦車で九十ミリ砲という。足回りとエンジンに問題が有りまだ試験中と言うことだ。実戦データを取りに来ている。
砲兵は全て機械化していて驚いた。七十五ミリ野砲から十五センチ榴弾砲まで全て牽引形式だ。これなら陣地転換も速い。
弾薬車の数が多いのも驚いた。整備専用車両まで付いているという。豪勢だ。
航空機は戦闘機を中心に対地攻撃機多数と百式司令部偵察機を揃えていた。こちらも最新型機が少数配備されている。実戦データが欲しいのだろう。
「伊庭中尉、整備完了しました」
車両整備班の村田少尉が報告に来た。
「調子はどうなのだ」
「良く無いです。バネが直ぐに折れます」
「そのたびに二日掛かるのでは堪らんな」
「これが戦場であれば命がありませんから」
「本土から最新のバネが届いたという報告は有ったが」
「全部のバネ交換に二週間掛かります」
「整備手引き書を見たが三日となっていたぞ」
「アレは人数が揃っている専門の整備工場での話です。陸軍工廠とか戦車学校の話ですね。このような人も設備も足りない無い野戦段列での話ではありません」
「そうなのか。アレを信じて計画は立てるなと?」
「バネ一個交換に二日ですよ。中尉」
「転輪が七個だよな」
「片側だけで一週間です」
「それはきついな」
「ですから壊さないで下さい」
「それは動くなと言うことか」
「優しく動かして下さい」
「戦車だよ。無理を言うな」
試製八式中戦車のバネは今までの水平対向コイルスプリングでは無く、分厚い板バネを使い車体側面に格納するというものだった。
構造が簡素で製作コストも安いが売り物だ。クリスティー式のコイルバネを板バネにしただけじゃ無いかと思う。ただ、ここまでバネ折損事故が多いと使い物になるのか不安な中尉と少尉だった。
少尉が聞く話によると、当初トーションバーだったそうだ。ただそれだと車体下部の脱出用ハッチが無くなると言うことで反対の声が多かったという。
それで今の形になったと。
中尉は確かに脱出用ハッチは欲しいなと思う。でも泥濘地だと有っても出れないし、地形の制約が多いハッチだ。硬い平らな地面以外では有っても無くても関係ない場合が多い。また下部ハッチからノロノロ脱出する暇が戦場で有るのかという疑問も有る。
うん。この足回りの戦場での評価は「役立たず」としておこう。
「村田、発動機なのだが。オーバーヒートはどうなった」
「結局、穴を開けました」
「機関室の周りか」
「さすがに装甲には手を出せません」
「じゃあどこだ」
「下面と上面です」
「良くなったのか」
「長時間全開運転をしなければ」
「信用出来んな」
「全くです」
二人とももっとまともな戦車をよこせと言いたかった。
試製八式戦車はその問題ある新型足回りとともに、新開発の水冷式V型十二気筒ディーゼルが問題だった。
出力こそ六百馬力と充分以上なのだが、デカい重い。そしてラジエターの放熱不足であった。
日本で生産されていなかったエチレングリコールがディッツ帝国で生産されていると知った日本は輸入を開始した。それまでは神倉庫在庫品であった。
これまでは空冷でやって来た日本戦車である。水冷の採用は初代九十二式重戦車の水冷ガソリンエンジンを採用して以来だった。
しかも空前の六百馬力である。経験不足であった。
「なんで弾着が逸れるのか分かりました」
木村大尉が報告する。
「分かったのか」
第二十一砲兵連隊連隊長夏目中佐が答える。
「はい。盛大なミスです」
「ミス?」
「こちらは南半球です。北半球の諸元を使うとズレます」
「それで遠距離射撃だと命中しないのか」
「五千程度なら多少ズレる程度ですが、一万となると無視できません」
「計算は出来るか」
「今やっています。修正値はもうすぐ出ます」
「頼んだぞ」
「了解」
飛行師団では
「航空揮発油は日本製だろうな」
「全量の確保は難しいです」
「何故だ?」
「当地の輸送能力と保管場所の問題です」
「ではどうするのだ」
「持ってきた高濃度の添加剤をディッツ製航空揮発油に混ぜて性能を同等に近くなるように調整します」
「可能なのか」
「元が九十六オクタンなので全く同じというわけには行きません」
「やってくれ。少しでも性能低下を防ぎたい」
「了解しました」
「滑油ですが、日本よりも性能が良いです」
「なに?」
「滑油ではディッツ製の方が品質が良いと」
「どうする。試験的に使ってみるか」
「百式司令部偵察機五型を持ってきています。ディッツ帝国に供与の予定もありますから、現地燃料と滑油での運転試験という形で」
「そいつにはディッツ製揮発油とディッツ製滑油を使うのだな」
「そうです。最初からディッツ帝国への供与を考えて魔石添加剤非対応の機体です。問題は発生しないと考えます」
「許可する」
「ありがとうございます」
「掘れ、急いで掘れ!」
「なにのんびりやっているか!!」
軍曹、曹長等が吠えまくる。
藤田一等兵は「土はどこでも同じだな」と思う。今日も蛸壺掘りだ。「歩兵なんてどこでもいつでも蛸壺掘りさ」と言う、先輩諸氏の言うところが十分に理解できた。外国まで来て掘るとは。
「貴様らー。蛸壺に入れば砲撃から生き残ることが可能になる。生き残りたければ掘れ」
歩兵とは いつもどこでも 穴掘りよ
上手くないな。まあ掘るか。
最近兵舎の便所がようやく臭くなくなってきた。本土の兵舎は良いところだったのだな。
宿舎の便所には消臭と滅却の魔道具が配備されているが、稼働させるには魔力持ちが必要だった。最近ようやく人数が揃ったのであった。
モクモクと黒煙を吐き出しながらバックホーやブルドーザーが動いている。
「この黒煙、懐かしいな」
「そうですね。以前はこんな感じで出ていました」
「こんな臭かったっけな」
「こんなものじゃ無いですか」
「現地燃料での運転試験だが、どうする」
「臭いし煙いし、上の方へ魔石添加剤の使用許可を出すようにお願いします」
「仕方が無い。行ってくる」
「お願いします」
ディッツ帝国入りした日本軍はそれぞれ現地環境への対応を図ろうとしていた。
その中から一式中戦車百両と百式司令部偵察機五型十機が供与された。
一式中戦車は七十五ミリ五十口径戦車砲を装備した日本陸軍主力戦車であり、傾斜装甲を採用していた。
装甲は車体前面七十ミリ、砲塔前面九十ミリ。車体側面四十ミリ、砲塔側面五十ミリ。車体後方二十ミリ、砲塔後方二十ミリ。上面二十ミリだった。
その三十五トンの車体に空冷V型十二気筒ディーゼルエンジン四百五十馬力で時速四十二キロを出すことが出来た。
幅広履帯とディーゼルエンジンの低速トルクにより泥濘地での機動性は悪くない。
百式司令部偵察機五型は三型に排気タービン過給機を装備した機体だ。耐熱金属材料の経験不足をボラールのウロコと例の接着剤で無理やり解決している。タービンロケット開発過程から得られた技術であった。もちろんインタークーラーは付けている。
これにより魔石添加剤無しで高度一万メートルで六百五十キロの高速を得ている。水メタノール噴射や酸素噴射などの時間制限が無く余裕を持って飛行できた。
ディッツ帝国で運用しても同等の性能が維持できる見込みだった。
フェザー平原に夏が訪れようとしていた。
環境の違う土地だと多分苦労しますよね。
次回 六月六日 〇五:〇〇予定
少し違う話を挟みます。