南大陸攻防戦 11 ヘパストイ島沖海空戦 後
作者ゆえのハデバデしく無い海戦です。
第一機動艦隊はガミチス艦隊に艦隊速力二十五ノットという高速で接近していった。吾妻の隔壁が怪しいが特に報告は無い。大丈夫なのだろう。
海龍、花月、清月、那珂の四隻は後方にいる空母部隊と合流する。艦隊戦を経験できないのは残念だが、四戦隊の佐竹少将に任せる。
その佐竹少将は前進部隊を率いて三本の単縦陣で驀進している。
右に三水戦。
本隊は球磨を先頭に四戦隊 長門 陸奥、五戦隊 石鎚 吾妻
左に五水戦。
五戦隊の飯野と道後は空母部隊の護衛に分派されていた。
「岡村参謀長、この報告はどれだけ信じて良い?」
四戦隊司令佐竹少将が聞く。
「彩雲が最後まで頑張って確認しています。かなりの確度かと」
「損傷艦を引き連れて後退しているようだな」
「四時間あれば追いつきます」
「敵空母は三隻使用可能なはずだ。再度空襲が無いか?」
「上空直援がいますから、かなりしのげるのでは」
不安げに艦橋から上空を見る。零戦が四機旋回している。八機いるはずだ。後四機はどこかにいるのだろう。
「敵が速力を落としているのは有難い。追いつかせて貰おう。しかし、追いつくのは夜中だ。司令長官が言うように遠距離雷撃は出来んな」
「それですよね。当初向こうの艦隊もこちらに向かってきていましたから薄暮前に接敵する予想でした。それにこの地の海流などの条件が分かっていません。発射しても流されてどこかに行ってしまう可能性もあります」
「海流か。問題だな。夜戦は空襲の心配をしないで良いのは助かるが、夜戦の訓練はあまりしていないからな」
転移前、対米戦の数の不利を覆さんと必死に夜間訓練をしていた頃が思い出される。
*夜間訓練は減ったと言ってもまだまだ多いので有るが、比較対象がいないので分からない。
「よし、少し速度を落とす。天文薄明前に合戦になるよう航海と時間調整をしてくれ。日没後戦闘配置を一時解除。兵に休息と食事を」
「了解しました」
今は艦隊の目として零式三座水偵が電探装備で敵艦隊の動向を探っている。推定速力五から十ノットで西方に向け移動中とのことだ。
酸素魚雷を使っての遠距離雷撃は海洋状況が不明と言う事と夜戦になることから中止とした。
そうなると伝統の肉薄攻撃をしかけることになるが、そうすると駆逐艦が次発装填する時間が無い。発射後は砲戦に入りだろうから予備魚雷という爆弾を抱えての交戦だ。不安一杯である。
大型艦はともかく駆逐艦は有利だ。どこかで離脱して次発装填させようか。
「水雷参謀、遠距離雷撃はやはり無理か」
「海流が有れば、どこに流されるやら分かりません。艦隊全力雷撃でも一本も当たらない可能性があります」
「二万では無く一万ならどうだ」
「散布界を広く取れば捉えられるかも知れません」
「いやな、肉薄攻撃だと予備魚雷を抱えての戦闘になる。それが不安でな」
「それで一万ですか。一本か二本でも当たれば敵は乱れると思います。やってみますか」
「そうだな。発射後直ちに次発装填するか」
「では、そのように手配します」
「敵次第だが、水雷戦隊ごとに発射なら次発装填は時差で行えるな」
「可能と思われます」
「良し、作戦参謀と航海参謀で摺り合わせてくれ」
「了解です」
四戦隊と五戦隊には魚雷は無い。それでも水雷参謀のいる有り難さよ。お役所仕事様々だな。
「機影、時々消えます」
旗艦アケリウス艦橋でケルトマイヤ中将はレーダー情報を聞いていた。
「接触を維持しているだけか」
「どういう気でしょうか」
「さあな。だが水上砲戦部隊を分離しているらしいからな。やる気なのだろう」
「大型空母と大型巡洋艦に魚雷二本ずつ命中。他の艦にも四本命中。爆弾も大型空母に三発命中。戦艦と巡洋艦にも爆弾九発命中となっています。駆逐艦一隻が轟沈したと」
「どれだけ損害を与えたのだろうな。誤認はどのくらいだ」
「分かりません。七割程度は信じたいですが」
「大型空母一隻、戦艦二隻、大型巡洋艦二隻、巡洋艦四隻、駆逐艦十六隻前後とはな。こちらは駆逐艦が減ってしまった。戦艦の数で勝っているだけだ」
「夜戦ですかね」
「おそらくな」
「ウォスターラントは舵を失いましたので怪しい直進しか出来ません。それも推進器の回転数をいじりながらです。命中はおぼつかないかと。カルスケムは推進器が二基動かないので機関全力でも十五ノットしか出ません。直進も怪しいです」
「傾斜は復旧したが、ウィルヘルム三世など一発でも当たれば浮いているかどうか怪しいしな」
「空母だけでも逃がしませんか」
「空母だけか。護衛はどうする」
「カルスケムとウォスターラントにG9とGA3を付けましょう」
「護衛という名前だけだな」
「いても役に立ちませんし」
「ではそうする。各艦に連絡を」
「了解しました」
「私はウォーランス二世に移乗する。君達はこの艦に残り空母部隊の生存を確保すること。これは命令だ」
「せめてウルリッヒではいけませんか」
「多分この戦いは負け戦だ。航空機の性能が違いすぎる。指揮官として最期まで見届けたい。だが、むざむざ死ぬ気は無い」
「分かりました。では空母部隊をお預かりします。再び指揮を執って頂けると信じています」
「また戦えるさ」
敬礼して別れた。私の最後の戦いか。艦橋に居させて貰うだけにしよう。
ガミチス機動部隊の分離した空母他四隻は、バラン島へと進路を取った。
一方、残った艦隊は空母を生かすべく水上砲戦に勝機を見いだそうとしていた。
戦艦ウォーランス二世の艦橋でケルトマイヤ中将は「隅にいるので気にするな」と言うが、気にならない訳が無い。
現在この艦隊で一番視界の広い(レーダーアンテナの位置が高い)のが、ウォーランス二世であった。
対水上レーダーは電波の減衰のひどさを直径の大きな惑星ゆえの小さな曲率による見通しの良さが上回り、五十海里向こうまで見える。奇襲は不可能と考えられていた。
艦隊は巡洋艦と駆逐艦の数的不利を戦艦の数で補うべく、駆逐艦はG級二隻を一個駆逐隊。GA1、2、5で一個。GA7、8、9で一個。GA10、11、12で一個の四個駆逐隊に分け小回り性を優先させた。
戦艦ウィルヘルム三世の巡航速度五ノットでノロノロと西進する艦隊。
レーダーに追撃してくる敵艦隊の艦影が映ったのは夜明け前二時間。戦艦主砲戦可能距離までは一時間だった。
その後対空警戒レーダーに機影が数機映る。火災防止のついでに弾着観測機を上げたのだろう。当然こちらも上げている。
先手を取ったのはガミチス艦隊だった。ウィルヘルム三世・クナップシュタイン・ウォーランス二世の三隻の戦艦から四十センチ砲が放たれた。射撃管制レーダーではない水上見張りレーダーでの射程ギリギリの三万三千からの初撃は日本艦隊周辺に水柱を上げるだけだった。評価で言えば改善の余地がある程度だろうか。
挨拶代わりの一撃から日本艦隊の突撃が始まった。
三水戦が九頭竜を先頭に三十ノットの速度で突進する。さすがに夜間で有り艦の間隔は空いている。前の艦の哨信儀と電探情報が頼りだ。五水戦はその後方五千を黒部を先頭に続く。
初撃一万と決められた必殺の酸素魚雷を放つべく接近する。
その時敵艦隊が二手に分かれた。加速する艦と五ノットのままの艦に分かれた。速度差から言って三水戦、五水戦が加速する敵艦隊へ雷撃可能位置に着けるのは一時間以上掛かりそうだ。
三隻の戦艦と長門・陸奥が撃ち合い始めた。まだ三万だ。策勢以外の意味はない。だが焦っているのは日本艦隊だった。傷付いている船が混ざっているとは言え六隻の戦艦を相手にするのだ。
長門・陸奥が敗れれば後退するしかない。
ガミチス艦隊は三隻の戦艦を見捨てるつもりは無かったらしく、巧みな艦隊運動で三隻周辺から離れようとしない。常に転舵を繰り返し、的を絞らせないようにしている。こちらの弾は当たらないが向こうの弾も当たらない。
その艦隊運動戦の中、五水戦が発射位置を強引に確保、三隻の戦艦に六十二本の酸素魚雷を発射した。
酸素魚雷が敵艦に向けて水中を驀進している間に戦艦同志の砲戦は変化があった。
ウィルヘルム三世に三十六センチ砲三発命中。いずれも装甲を破ることは出来なかったが爆発の衝撃で応急防水隔壁が歪み浸水した。これにより傾斜してしまい砲撃が著しく正確性を無くした。
陸奥には三番砲塔に四十センチ砲が命中。砲身付け根だった。衝撃で出来た隙間から爆炎が砲塔内に侵入。装填中の装薬に引火。爆発によって三番砲塔が吹き飛ばされた。これにより四番砲塔も旋回不能となった。弾火薬庫にも火が回り注水している。予断を許さない。
「じか~~ん」
五水戦各艦の艦橋に声が響いた。今は速度を二十ノットまで落として次発装填中だ。
敵味方の照明弾が空を彩る中、敵戦艦を見張り員がことさらに注視する。
一本、二本、三本。上がったのは三本の水柱。命中三だ。六十二本で三本。海洋状況の分からない中、よく当たったと言うべきか、一万とは言え低速で動いている戦艦というデカい目標に三本しかと言うべきか。
一方、この雷撃はガミチス艦隊にとって青天の霹靂とも言うべき衝撃をもたらした。敵潜水艦か?と言う考えはこの乱戦では不可能と打ち消された。機雷も同様だ。
では残るのは敵からの雷撃。
一番近くても一万を切る程度までしか近寄ってこなかった。と言う事は一万で届く魚雷を装備していることになる。しかも、問題なのは見張り員が雷跡を見ていないことだった。
この情報は直ちにガミチス艦隊内に知らされた。
命中一の雷撃を受けたウィルヘルム三世は更に傾斜が増し砲撃不能となりノロノロと動くだけだった。戦争相手は敵艦隊ではなく浸水になっていた。
クナップシュタインは二本命中。一気に傾斜が増す。やはり浸水が敵となっている。
無事だったウォーランス二世は増速。二隻を守るように敵に立ち塞がる。
三水戦は敵艦隊の運動に翻弄され射点に着けないが、すれ違いざまに全弾発射した。
双方の運動で砲戦の命中弾は少ない。だが高速戦艦三隻の威力は吾妻を行動不能に陥れた。大型巡洋艦二隻から目標にされた球磨は火災を発生させている。
ガミチス艦隊には目立った被害はなさそうだ。
そこへ五水戦が駆けつけた。次発装填終了だ。今度は三水戦が次発装填に入るために速力を落とした。
五水戦は運動中の敵艦隊に直線で近づいていく。
ガミチス艦隊は五水戦の頭を抑えようと転舵をする。その時ガミチス艦隊の一部、駆逐艦三隻が襲撃行動に出た。直線航行に入ったガミチス艦隊からは激しい砲撃を受ける。
「三千は無理かな」
五水戦司令、多田野少将が呟く。
「三千ですか。正気とも思えませんな」
黒部艦長、平良中佐が答える。
二人共怖いのだが部下の手前虚勢を張っている。お互いそんな事が分かるくらいには古い付き合いだ。
「全滅も困る。五千でいこう」
「五千も怪しいと思いますが」
激しい衝撃と共に
「三番砲塔大破」
の報告が有る。
五千まで後二千が遠い。各艦撃ちまくっているが敵駆逐艦に火災を発生させた程度の被害しか与えられない。
「松風、轟沈」
「追風、火災発生」
「朝凪、遅れます」
その時、遠雷にも似たドロドロと言う轟音と共に遠方で薄明が始まった暗い空でも分かるキノコ雲が上がった。
「陸奥、轟沈の模様」
戦艦二隻にトドメを刺そうとする陸奥は火災とも闘っていた。弾火薬庫の火勢は弱くなっている。報告が艦橋に届いていた。
長門は無傷と見られる一隻と撃ち合っている。
敵戦艦二隻は傾斜していて主砲を撃てないようだ。近づいて陸奥は撃ちまくった。傾斜の酷かった一隻は直ぐに根を上げた。もう最上甲板まで海水が来ている。助からないだろう。
後一隻を撃ちまくっていたときだ。近くなって仰角が合ったのか。最後の一撃だろう。調子に乗って近づいた陸奥が悪いのか。斉射を浴びた。
陸奥轟沈である。爆発原因が命中弾なのか後部弾火薬庫なのかは分からない。
敵戦艦も徐々に浸水が激しくなっているようだ。総員退艦している。
長門は敵戦艦と撃ち合っていたが、速度が出ない敵艦に気がつき主隊を援護すべく離脱する。
五水戦はボロボロだった。元から春風は沈んでいるが、突撃の間に松風轟沈、追風爆沈、朝凪停止、と半数が落後した。旗艦黒部も艦橋に被弾。司令以下艦橋要員は全滅。
それでも五千を切ったところで魚雷発射をして離脱を図る。黒部の指揮は水雷甲板にいた水雷士が執っている。
「敵水雷戦隊回頭、魚雷発射の可能性」
「全艦一斉回頭、取り舵方位二百七十度急げ」
左舷に接近していた敵水雷戦隊が回頭した。それに対応するために回頭する。誰も魚雷を受けたくはない。これで射撃諸元が一からやり直しだ。
「タンゲンス中佐、水雷参謀としてはどうだ。無航跡魚雷で射程一万を超えるなど信じられるか」
「ウォルコシガン司令、信じられませんが過去に開発計画は有りました。純酸素を使います」
「配備されていないと言うことは」
「事故多発、死傷者まで出て諦めたと記録が有ります」
「奴らは実用化したか。ちゃんと命中しているしな」
「恐るべき事です。必ず報告を上げなければ」
「アームストロング被雷、サラディン被雷、GA10被雷」
見張り員からの報告が相次ぐ。
「各艦に艦の保全を優先と通信」
「了解」
「GA10沈みます」
五水戦は離脱しようとしたが、そこへ
「右舷雷跡!近い」
艦は取り舵を執っている。各艦とも取り舵一杯で回避を図った。先程不審な行動を取った駆逐艦だろう。
破壊は公平に訪れた。
黒部が二本被雷。速度が一気に落ちる。一本には推進器を吹き飛ばされた。
夕凪に命中一。みるみる速度が落ちる。
他の艦は無事だったようで全速で離脱していく。黒部と夕凪に砲撃が集中。運命は決まった。
三水戦は先程の雷撃が全弾外れたことから必中距離まで近づこうとしていた。五水戦同様三千で有る。このままでは損害と引き換えだが五水戦ばかりが目立ってしまう。ライバルとしては頭が下がると共に損害を減らしつつ戦果を上げる方法はないかと考える。
「艦長、あの戦艦速いな」
三水戦司令、若本少将が同意を求める。速い戦艦は一隻が水線下の被害が酷いのか速力を落としている。傾斜もしているようだ。遠離っていき脅威には見えない。あと二隻だ。
長門が敵戦艦を振り切ってこちらに策勢のための砲撃をしている。敵戦艦も長門を主目標にしたようだ。
長門は三隻から狙われている。大丈夫なのか。
「長門と変わりません。射点に取り付くのは厳しいと考えます」
「諦めるか」
「とんでもない。転移前は戦艦の劣勢を覆すべく雷撃訓練をしてきました。先程はアレでしたが今回は目に物見せてくれましょう」
「いいな。やろう。水雷参謀」
「ここに」
「時差雷撃をしたいが船が持つだろうか」
「清霜と綾波が脱落しています。本数的に苦しいかと」
「八隻態勢だからな。一六隻だったら」
「司令、たらればは」
「済まん、愚痴になってしまった」
「司令!球磨が戦艦に近づいていきます」
「「何?」」
見張り員の報告に球磨を見る。燃えている。何かに引火したのかなかなか消えないようだ。巧みに転舵を繰り返して近づこうとしている。魚雷を撃つ気か。
石鎚は敵同級巡洋艦との撃ち合いで他に余裕は無い。
球磨を撃っているのは敵同級巡洋艦だ。戦艦は雷撃を回避しようと転舵している。
何か天佑か?いつの間にか敵駆逐艦だけが相手になっている。
「艦長、突撃だ。今を逃せば機会はない。やや左だ」
「機関、前進全速。絞り出せ。取り舵一〇」
「信号、ワレ二ツヅケ」
「ワレニツヅケ、了解」
三水戦の突撃が始まった。
敵駆逐艦が突撃してくる。
夜が明けた。直掩機が飛んできている。
ガミチス艦隊は去った。さすがに敵中に踏み込みすぎたと考えたのだろう。
溺者救助を終え、損傷の酷い艦はディッツ帝国で応急修理の後帰国する。
他の艦は赤道多島海のガダルカナル島基地へと向かう。
三水戦は相応の損害を受けた。戦艦と引き換えだ。
転移前の猛訓練は無駄ではなかった。
水漬く屍となりし戦友に伝える。
泥試合になってしまいました。
戦艦の数で勝負するガミチスと酸素魚雷しか頼れない日本
次回 六月二日 05:00予定
五月完結が崩れましたので200話完結を目指します。