南大陸攻防戦 9 機動部隊
機動部隊同士です。
前編的な。
手にしていた指揮杖を思わず折ってしまった。
その損害たるや歩兵三個師団・戦車二個連隊が戦わずして失われたというのだ。他にも護衛空母二隻、軽巡一隻、駆逐艦六隻、輸送船三十三隻が沈没。
先日発生したディッツ帝国戦線で助攻であり、目くらましであるはずの作戦で大被害を受けた。
その後の海戦では面目を保ったらしいが、予期しなかった国からの横殴りだ。仕方ないとは思う。だが油断があったのも間違いなさそうだ。
ドメルの奴、あれほど「お任せ下さい」と言っていたのに。
如何してくれようか。
デストラー総統は執務室で考えに耽る。
その予期せぬ国、日本の第一機動艦隊は昨日の攻撃で損傷を受けた機体の整備も終わり、再度の出撃に備えていた。
今度は大型空母六隻が相手だ。機体性能で勝っていても数は負けている。油断は出来なかった。
もうこちらの存在はバレている。規模と居場所が分からないだけだろう。
「航空参謀、彩雲と天山は全機稼働できるのか」
「はい、全機稼働できると聞いております」
「では彩雲と天山の電探を使おう。電波管制は気にしなくていい。艦隊からの発信を隊内無線のみとして電波管制を解く。通信参謀、各艦に通達を」
「了解です」
「司令長官、彩雲は何機出しますか」
「彩雲は半数だ。天山も同数で。方位と時間をずらして索敵線を作ってくれ」
「「了解しました」」
航空参謀と作戦参謀が連れ立って出ていく。
「砲術、水雷、ちょっといいか」
「「はっ」」
「敵水上艦の実力を知りたい。空母の直衛は直衛艦のみとして前進できるか」
「司令長官、それは危険すぎます」
水雷参謀から待ったが掛かった。
「本官も同意します」
砲術もか。お前達なら喜んで突撃すると思ったが。理性的で良かったよ。
「だが、知っていれば後の対応も楽になるだろう。転移前のように各艦の性能が大凡分かっているわけではない。知りたいと思わないか」
「それはそうですが。これからの主戦力で在る空母を危険に晒してまでとは思いません。せめて重巡を二隻残して下さい」
砲術参謀が言う。
「それはそれで文句を言われそうだな」
「致し方在りませんな」
その後、話を詰め、飯野と道後を空母部隊に残すことで決定した。あの二隻の乗り組み員は文句が有るかも知れないが、対空火力が一番なのは越百級だからな。我慢して貰おう。
その日は敵艦隊を発見できずに終わった。
翌日、索敵線の内ややヘパストイ島よりの天山が反応を拾った。
「逆探に電波を受信した」
偵察・航法・電探員の前野一飛曹からの報告だ。電探なる物が装備されるようになると、偵察員が兼任するようになった。それまでも航法・通信を担当していたのだ。激務になってしまった。主に脳ミソが。
「了解、方位知らせ」
操縦員の加藤一飛曹は告げられた方位に向かって、高度を下げ慎重に近づいていく。
「対空・対水上とも反応は無い。直援機を上げていないのか?此奴ら航空戦を舐めすぎだろう」
いやいや、低空接近しようという奴も舐めていると思うよ。
航法・電探員から高度を上げようという声に高度を上げていく。誉のおかげでかなりの上昇力がある。
電探が反応を捉えた。敵艦隊だ。まだ直援機が上がっていないようだ。
高度を上げていくと、敵艦隊が見えた。向こうは慌てているだろう。
「後方異常なし」
無線・機銃手の平田上等飛行兵が報告した。機銃手は大切な後方見張りなのだが偵察員の負担を減らすため電信員の資格を取らされた。今では偵察か機銃のどちらでも通信できる。
「平田、電信だ。ワレテキカンタイハッケンセリ」
「了解「ワレテキカンタイハッケンセリ」発信します」
平田が前後に識別信号を付けて送信する。
敵艦が発砲してきた。慌てているのか見当違いの所に爆炎が上がった。
「敵艦隊風上に向け増速」
敵艦を撮影していた前野一飛曹が告げた。
「了解、前野撮影は?」
「終わった。と言うか逃げないと不味いだろう」
「ずらかるか。平田後方に注意。前野位置情報発信だ」
加藤機は高度を下げ電探から逃れるように離脱する。一応欺瞞航路をとりヘパストイ島に向けて進む。
加藤機は敵艦隊撮影という受勲を挙げるのだが、近づきすぎだと怒られもした。
「索敵機が持って帰ったこの写真なのだが、どう思う?」
柳本柳作第一機動艦隊司令長官が問う。
「写真部の分析では翔鶴級相当空母六隻と戦艦三隻、巡洋艦二隻、駆逐艦六以上となっていますが」
作戦参謀西田中佐が答える。
まだディッツ帝国との間には軍事協定もなにも結ばれていない。情報が入ってこない。ただ機動部隊が存在する大凡の位置と内容を強い電波で発信しただけだ。通信科ではディッツ語の翻訳に手間取ったようだ。
「向こうの方が規模も大きいですし、砲雷戦は危険なのでは」
水雷参謀田中中佐が意見する。
「危険なのは戦争だから仕方が無い。踏み込んで相手の能力を探る必要があると考えている」
「司令長官、確かに威力偵察は必要と考えますが、今なのですか」
航空参謀姫川中佐が疑問を提示する。
「軍は早急に相手の実力を知りたいようだ」
「内示というかそういう雰囲気であったと?」
砲術参謀河瀬中佐が疑問を投げかける。
「そうだ。海軍大臣から言われた」
「では、やるしか無いですね。手順を決めましょう」
作戦参謀はやるならやろうという雰囲気だ。
「砲術としてはこの戦艦が気になります。長門の主砲が通用するのかどうかです」
「まさしくやってみないと分からないという奴だな」
「司令長官、戦闘機の数が足りません。防空戦になった場合守り切れません」
「どういう事だ。航空参謀」
「戦闘機の数が全部で百十四機です。百二十機以上有りましたが消耗していますので。もし敵に先制航空攻撃を受けた場合、二百五十機程度の敵機が襲来すると考えます。防空は破られます。半数以上の敵機が雷爆撃をしてくると考えます」
「そうか、性能差を持ってしても無理なのか」
「多少の性能差は数で押し切られます。百機の雷爆撃を受ければ艦隊は半壊する危険が在ります」
「そうなのだがな、やらないという選択は無い。先制の一撃に賭けよう。敵をアウトレンジする」
「小沢大将の言っておられた戦術理論ですか」
「そうだ。本来危険な行動だと思う。戦闘行動半径ギリギリでの戦闘だ。帰ってこれない機体も多いだろう。空母は無事でもただの箱になりかねん」
「空母乗りの搭乗員は貴重ですから。消耗は避けたいです」
「航空参謀の言わんとすることは分かる」
「それでこの船ですか」
藤田機関参謀が言った。
「この船を全機発艦の後、全速で前進させる。そのための装甲だ」
「ではこの艦の航空機は全機発艦させて格納庫を空にする必要がありますな」
海龍艦長中川大佐が言った。
「では、前進部隊として砲戦部隊を、次に海龍と護衛ですね。他の空母は直衛艦と共に踏み込まない程度まで前進するでいいのでしょうか」
「そうだな。海龍は前進部隊の少し後ろに位置させよう」
「前進部隊の援護も期待出来ます」
「ではその方向で作戦を出してくれ。明日決着を付ける」
「「「「はっ」」」」
第一機動艦隊は水上砲戦部隊と海龍、空母三隻と直衛艦に分けて前進する事になった。
前進部隊
前進部隊旗艦 長門
指揮官
第四戦隊司令 佐竹少将
第四戦隊 長門 陸奥
第五戦隊 石鎚 吾妻
第十三戦隊 球磨 那珂
第三水雷戦隊 九頭竜
第四駆逐隊 磯波 浦波 敷波 綾波
第五駆逐隊 清霜 朝霜 早霜 秋霜
第五水雷戦隊 黒部
第六駆逐隊 神風 朝風 春風 松風
前進空母
海龍 第一機動艦隊司令部直卒
第五戦隊分派 飯野 道後
直衛艦 花月 清月
第七駆逐隊 追風 疾風 朝凪 夕凪
後方部隊
第一航空戦隊 仙鶴 慧鶴 夕鶴
直衛艦 大月 葉月 菊月 浦月 清月 雨月
さすがに海龍の護衛が少なすぎると言うことで第七駆逐隊が就く事になった。
前進部隊と海龍の距離は十海里程度であり、すぐに駆けつけることが出来る。
翌日早朝から索敵機を出した。天山は全て雷装で待機だ。彩雲のみに賭ける。彩雲は二機が接触維持用として空母に残っている。代わりに瑞雲を出した。艦隊周辺の対潜警戒は密度が薄くなるが背に腹はかえられない。今は敵機動部隊が優先だ。前進部隊と海龍は、既に空母三隻から離れて予想会敵位置に向かって速力を上げている。
彩雲は全機機載電探を作動させている。電波の減衰が酷いこの星では探知される可能性は低いだろうと言う考えから許可された。地球なら八十海里はあろう探知距離が、この星では五十海里程度まで落ちている。探知範囲は前方百二十度固定だが重なり合うような各機の索敵線なので必ず見つかるだろう。
彩雲の隙間を埋めるように飛んでいた瑞雲が敵機と接触した。敵の索敵機のようでなにを考えたか空中戦を挑んできたという。
お互いに敵機発見の電波は盛大に出している。これで索敵線の中で必ず見つかるという確信が強まった。
瑞雲から敵機撃墜の報が入る。続報として敵機は液冷、逆ガル翼、固定脚で速度は瑞雲よりも遅く運動性も劣るとの評価だ。前方に7.7ミリ程度の機銃を二門撃てたという。
本命の彩雲から敵艦隊発見の報があったのはそれからすぐだった。
「攻撃隊全機発艦」
「発艦始め」
零戦・彗星・天山の順で発艦していく。彩雲はその高速で後から発艦しても追い抜いていくだろう。
アウトレンジに掛けた攻撃隊は零戦六十機、彗星八十四機、天山七十六機だ。海龍の格納庫には彗星・天山は一機も残っていない。補用機さえ組み立てて戦列に入れた。
零戦が減っているが艦隊直援機も残しておかねばならず、補用機を組み立てたが前回の損耗もありこの機数になった。
編隊の側方を接触維持用の彩雲が飛んで行く。
激突は次話で。
補用機は分解された状態で格納庫の隅に部品扱いで保管されている機体です。組み立て調整等手間が掛かり即用は出来ません。
次回5月28日 05:00予定