村で
村に着いて何があったのか
間九郎は、かつて本間医師に命を助けられたことがあった。誰もが投げ出したほどの重傷だった九郎を励まし、生きることを諦めさせず、遂には歩けるようにした。
九郎は俺もこの人のようになりたいと思い、猛勉強をした。医者になるために。
東大や慶応は無理だったが、国立大学医学部に入学しさらに勉強と実技の研鑽を怠らなかった。
医者は体力勝負だと聞くと、学校の内部を時間があれば走り回り、体育会系の運動部にも所属した。
今、九郎は幸せだった。憧れの本間先生と同じ場所で同じ調査団にいる。努力が報われたと思う。
調査団は村に着いた。もうじき日が暮れる。
タマヨが先頭でアビゲイルもいたことで、接触をなんとか断られなかった。
挨拶代わりに塩と砂糖を五十kgずつ渡すと、途端に態度が変わり歓迎ムードになった。
挨拶もほどほどに野営出来る場所を聞き、野営の準備に入った。
兵達が野営の準備をしている間、学者達は興味全開であちこち動き回っていた。
その中で医師達は村の住民と対面していた。
「長、こちらが日本人の隊長だ。ジンイチという」
「初めまして。ジンイチです」
アビゲイルから紹介を受けた上村中尉は村長に挨拶をする。正式な挨拶の仕方があるのかは分からないが、普通に名乗って頭を下げておいた。
「ジンイチか。よく来た。歓迎しよう。私が村長のエルクだ」
「ありがとうございます。エルク」
アビゲイルにあらかじめ聞いておいたが、ここでは名前に敬称は付けないようだ。
「ジンイチ、あなた方は我々の病気を知っているという。それは事実だろうか」
「長、私では分かりませんので、詳しいことは医者の方々から説明をしてもらいます」
「お願いする」
「本間先生、お願いします」
「本間です。皆さん初めまして」
「「「「「おお、医者だと。助かるのか?」」」」
「皆静まれ」
「「「「長」」」」
「皆聞くように」
「では、説明します。南の川に気持ちの悪い小さな巻き貝がいることは知っていますね?」
「「「「はい」」」」
「あの巻き貝の中に小さな悪い生き物がいて、それがやがて外に出て人を刺します。そして刺した所から悪い生き物が入り込みます」
「「「「・・・・」」」」
「そうですね。信じられないでしょう。でも事実なのです。続けます」
「その小さい生き物は体の中で大きくなり、やがてある場所に住み着きます。そうすると体調がだんだん悪くなり、おなかが膨れてきます」
皆おなかの膨れている仲間を見る。長も膨れていた。
「待って、おなかが膨れた人は皆死んじゃっているの。あなたたちは私たちを助けることが出来るの?」
子供を抱いた女性が聞いた。
「私たちには出来ません」
「「「なんだ。助けにきたんじゃないのか」」」
「皆静まれ」
「しかし、長」
「いいから静かにしろ」
「では続けます。私達はアビゲイルさんから寄生虫を取り除く魔法を使える人がいると聞いた。その人が希望です」
「「「「寄生虫?」」」」
「あの紐みたいな奴か?」
「あれか?内臓にいるよな」
「まさか・・」
「気がついた人もいますが、寄生虫によってもたらされた病気です」
「寄生虫」
「では取り除けば直るのか?」
「確約は出来ませんが、恐らく」
「「「「おお」」」」
それからは早かった。その寄生虫を取り除く魔法を使う、ケイルラウと言う女性を皆で連れてきた。
ケイルラウは一通り皆から説明を受けた後、本間に向かう。
「あなたがホンマ?」
「本間です。いや、ケイイチ。ケイイチと呼んで下さい」
「ケイイチね。わかった」
「ケイルラウさん。あなたは」
「さんはいらない」
「はい。ケイルラウ」
「よろしい。続けて」
「あなたは寄生虫を取り除くことが出来ると聞きました。見えない所の寄生虫も取り除くことが出来るのですか?」
「見えない所ね。出来るわよ」
「出来ますか」
「出来るけれど、知っている寄生虫だけよ。見たことのないものは駄目」
「絵では駄目ですか?」
「現物を見ないと駄目ね」
「現物ですか」
「有るの。有るのだったら見せてちょうだい。それで皆が助かるのでしょう」
「それが、卵と幼生なら有りますが、成虫はありません」
「あの紐みたいのじゃ無いの?卵で増えるの?幼生?」
そこからか、無理も無い。ゆがみの無い鏡で興奮していたと言うから顕微鏡があるかどうか怪しかった。恐らく無いと思う。
「卵と幼生は凄く小さいので目では見えません。顕微鏡という道具で見ます」
「顕微鏡か。絵では無いのね」
「絵ではありません。小さな物を大きく見る道具です」
「そんな物有るの。是非見せて」
「後ほど。明るく、日が差しているくらいの明るさが必要です。明日ご覧に入れます」
「約束よ」
「約束します」
ケイルラウは嬉しそうだった。
上村が長にそっと聞く。
「彼女ずいぶん嬉しそうですね」
「わかるか。彼女は学者だ。未知の物は期待するよ」
「そうなんですか。学者ね」
「エルク、失礼なことを聞いても良いか?」
「ジンイチ、なんだ失礼なこととは?」
「この村は何かおかしい。まるでどこかから逃れてきたような気がする」
「わかるのか」
「年寄りと子供が少ない。赤子はいるが、ほとんどが少年少女から中年男女だ。人口構成が明らかにおかしい」
「そうだな。話してもいいだろう。もう我々は疲れているのだ」
長の話は簡潔だった。もう遅いから詳しいこ事はまたの機会にすると言った。
「我々は南の帝国から逃れてきたのだ。八年前だ。ここからどのくらいかわからない。ずっと南の土地だ。船で二十日くらいかかった。途中風のない日や嵐の日も含めてだが」
「我々の住んでいた帝国は良い所だった。種族による差別も無く、皆明るく暮らしていた。そこへ、隣国が攻めてきた。恐らく帝国の肥沃な土地が目当てだったと思う。隣国は度々飢饉が発生していてからな。帝国はほとんど飢饉は無い。横から見ればうらやましいだろうな」
「私たちをこの世界に送り込んだ者達が言うにはこの世界にも戦争は有ると言うことでした」
「?送り込んだ?どういうことだ」
「そう言えばまだ説明していないですね」
実はと説明する上村。ついて行けない村長。でも事実なのですよと、粘る上村。
「ではジンイチ達が、巫女の言っていた「我々を差別しない、異世界から来た者」なのか」
「異世界から来ました。それは事実です。ただ差別しないというのはどうでしょうか。人は見た目の違う相手を警戒するものです」
「わかるぞ。我々も警戒しているからな」
「当然ですね。塩と砂糖はお土産ですから。交流はこれからです」
「お互い良い相手になればいいな」
「確かに」
また出たよ、重要情報。勘弁して欲しい。戦火を逃れてきた人達の集落。巫女。学者。帝国。そして戦争があったという事実。
「ジンイチ、もう今日は日が暮れる。また明日にしよう」
「はい、村長もお体を大切に」
「彼等に期待したい。期待させてくれ」
「出来る限りのことはします」
二人は別れ、それぞれ眠りについた。
上村は連隊長に報告後夕食にした。上村の夕食は缶詰だった。
真田連隊長はまたもやの上村中尉の報告に頭を抱えた。こちらはひたすら周辺の偵察と地図作りに土壌や草木のサンプル採取だと言うのに。
戦火を逃れてきた人達の集落。エルフ。巫女。学者。帝国。そして戦争。
まあこれは上村報告として、日本に転送だな。艦隊に頼もう。
日本は驚いていた。この世界で戦争があったという事実。そして住血吸虫対策に一筋の光明が見えたこと。
一部の者は、エルフと巫女に反応していた。
翌朝、日の出前から村の住民も調査団も動き始めていた。
村で食事を作る者達は気合いが違っていた。ふんだんに塩と砂糖が使えるのだ。
いつもの塩を節約しての料理では無かった。
帝国の頃でも、砂糖など使おうにも高すぎて使えなかったのだ。
普段よりおいしい料理に皆笑顔だった。
翻って、調査団である。缶詰だった。勘弁して欲しかったが、現地の水の使用が厳禁となっている現状では他に乾パンしか無かった。どちらを選ぶと言えば缶詰だろう。飲料水は一週間分持ってきた。後続で補給部隊が来るというので、それまでの我慢だった。
医師達は本間を中心に今日の仕事を考えていた。
本間、太田、田中、藤田、中村、間、の六人だ。防疫部隊の二人の医師、藤村と鈴木は防疫部隊の仕事があり参加していない。
「先生、本間先生」
「何かね、田中君」
「今日は住民の健康診断と言うことでいいのですね」
「そうだ。まず健康を知ることから始めねばな」
「女性は、藤田医師一人でと言うことになります。負担が大きいのでは?」
「看護師に四人女性がいただろう。手伝ってもらう」
「そうですね。私が一人で村の女性すべてというのはさすがにきついです」
「感染症対策は如何します」
「昨日、けっこう住民達と遮蔽無しで接してしまいましたから、今更という気もしますが」
「昨日は確かに我々も浮かれていましたね」
「エルフがね」
「エルフか」
「エルフ」
「あの耳、なぜあんな角度でたれないのか、是非触診してみたい」
「おお、そうですな。確かにそう思いました」
医師であり学者でもある彼等は、エルフの外観的な美しさよりも耳に注目していた。
「確かにあの耳は不思議だが、話を戻そう」
「先生、採血はするのですか?」
「したいな。しかし、受け入れてくれるだろうか」
「そうですね。そういう知識が無いのに、あなたの血が欲しいと言われても受け入れられないと思います」
「では、検便はするか」
「検便もどうでしょうか。消臭と滅却という魔道具を見せてもらいました。あのような道具を使っていると言うことは糞尿は不衛生と言うことを知っているか、ただ単に汚くて臭いから魔道具を使うのか。そこがわからないと、検便も受け入れてくれるかどうか」
間は聞いた。
「こちらの人達の基本の脈拍数とか血圧とかわかりませんが」
「そうだった。」
「そこからか。言葉が通じるのでてっきり我々と同じと思い込んでいたな」
「そうだな、私も思い込んでいたよ。ありがとう。間君」
間は天にも昇る気持ちだった。
「とりあえず協力者を募ろう。一週間データを取ればいいだろう」
「まあ、大丈夫だろう。種族別には出来んが」
「そう言えば凄く種族が多いんだったな」
「データ取りのお礼は何がいいか?」
「塩と砂糖であんなに喜んでいたしな」
「着る物も皆けっこう痛んでいましたよ」
「やはり物資でつるようで悪いが、協力してくれたら差し上げると言うことに」
「そうするか」
「先生、寄生虫患者と思われる人はどうしますか?」
「そうだな、間君、君担当してみないか」
「いいのですか。喜んでやります」
「皆はどうだ」
「専任でやってくれるなら、他の者が楽になります。いいのでは」
「そうですね。間君、患者との接触には気をつけるように。この世界の寄生虫が我々の想像している生態と違う可能性もある」
「はい、中村先生。心します」
医師達は、基礎データ収集に協力してもらえるよう、住民にお願いするのだった。
期待させてごめんなさい。
寄生虫はあと二話くらいの予定です。
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