日本は今日も対ダンジョン・対混沌領域です
まだガミチスともイギリスとも接触がありません。
日本政府は山東半島で思わず起きたダンジョンからのスタンピート対策に躍起になっていた。
潜望鏡の件を政府は忘れたことにするらしい。
開拓地にスタンピートで攻め込まれたらたまらない。見えない相手よりも見える相手だろう。国民も理解しやすい。
相変わらず危機感の足りない政府与党は民主光輝党だった。
潜望鏡は海軍と移住者護衛艦隊だけの問題にされた。
政府は陸軍に対して、ギルガメス王国連邦で取得した日本専用ダンジョンから少しでも多くの有用な産品を持ち帰るよう命令した。ダンジョンから持ち出しすぎるとダンジョンが疲れるという謎の現象は報告されているが、そんな事は関係ないとばかりに過剰なノルマを課そうとした。これには陸軍がデータを示して無理であると反論。陸軍は少なめで押し切ることに成功した。
この頃になると混沌領域素材やダンジョン産品の事が大きく知れ渡り、ダンジョンの民間への開放も迫られる事態となる。
日本政府は遂に民間人の混沌領域立ち入りやダンジョン探索を認めることとなった。ただこれについては冒険者ギルドに登録を義務づけた。条件として混沌領域は冒険者クラス六級以上、ダンジョン入場は最低でも三級以上とした。
さすがに混沌領域への侵入は日本人には無理であるとおぼろげに分かったようである。ダンジョンも厳しそうだと。
その代わり冒険者ギルドに依頼が殺到するのであるが、冒険者ギルド日本支部は数量的に不可能であるとして制限を掛けた。
しかしダンジョン熱はとどまるところを知らず政府や冒険者ギルドは困惑する。そして遂に軍の不安が的中した。軍で強化された兵が退役後冒険者になる事態が増えた。
日本は未だ志願制で有り、応募した新兵から三年は兵役に就く。満期除隊を待たず明確な理由無く途中で止めれば社会的に様々な制約が掛かることになる。教育期間である最初の一年を除き。
日本軍が進めている混沌獣対策の一環で東鳥島やシベリア大陸で強化を受けた兵の内、少なくない人数が軍を満期除隊して冒険者になるのだった。
もちろん全体からすれば小さい割合だが、冒険者で言えば三級四級相当の人材が失われるのは痛かった。
特に痛いのがわずか二期で二等兵から叩き上げて二等兵曹になった二期目が満了した優秀な人材だった。また、少尉中尉あたりでも自分の将来に見切りを付けて冒険者になる者もいる。将来的に軍の中核をなすと思われた人材の消失である。
もちろん軍が手をこまねいていたわけでは無い。様々な待遇改善策を打ち出し一定の効果は得られた。
俸給を上げるにしても民間や他の官公庁との兼ね合いもあり、特殊な人材だとしてもあからさまな優遇は出来なかった。
そこで軍は関係を無くすのでは無く、軍を辞めた後でも関係を保とうと努力するのであった。これは制御して犯罪者や鼻つまみ者になることを防ごうと言うことだった。
民間のためでは無く、軍の評判を落とさないために。
やったのは、士官や古参兵を冒険者にしてそいつらの監視任務に就かせることだった。選ばれた士官や古参兵は初期に東鳥島やシベリア大陸で活動して強化された士官・古参兵の中から選ばれた。外面としては予備役となっているがその行動があからさますぎ、目的はすぐバレた。
また志願してくる変わり者もいた。
その変わり者は
冒険者登録名
ワルター・シェーンスコップ こと、亘シェーンカップ中佐
ダスティ・アッテンボロー こと、ダスティ亜天慕楼中佐
の二人と無理やり引っ張られてきた数名の部下だった。
その悲しい部下は
登録名
ユリアン・ミンツ こと、由里杏・民都少佐
クロイツ・ビッテンフェルト こと、毘天黒男少佐
の二人を始めとする数名だった。
「何で俺が・・」と文句を言いつつも口元がニヤけていた者もいた。
彼等監視任務に就く者には軍出身冒険者が社会的不安要素にならないようにする任務として各種お手当や復帰時に昇級が約束されている。
軍からのお手当+冒険者の収入という美味しい生活だった。
日本が関与するダンジョンは山東半島のダンジョンと東鳥島のダンジョンに日本占有と位置づけられているギルガメス王国連邦の秋津口ダンジョンである。
民間人のダンジョン探索を許したのは山東半島と東鳥島のダンジョンだ。それだけでは足りないしいずれも危険度の高いと思われるダンジョンが多かった。必要に迫られたのでシベリア大陸の山東半島以外にも探索の手を掛けることになった。
これまでは航空偵察が主で探索の手は沿岸部に限られていた。これは人手が足りないせいだった。その人手は従来の人員+民間冒険者で補うことにした。
山東半島の詳細な調査は旧エルラン帝国民が主体となるとして日本は関与を弱めることにした。これにより人手を捻出。
事実上、山東半島を旧エルラン帝国民に明け渡すような形にした。
レナ川河口北三十キロほどに港湾適地が有りそこを起点として奥へ探索の手を伸ばすとした。この頃には工兵隊は師団規模に増設されそのうちの二個連隊は戦闘工兵部隊となっている。その一つは金山工兵連隊だ。いつの間にか大隊規模から連隊規模にされてしまった。
金山大佐は大隊長だが階級が釣り合うだろうとこれもそのまま連隊長にされてしまった。
その金山戦闘工兵連隊が仮称レナ港付近に上陸。付近の開拓を始める。三式軽戦車や三式軽戦車改造の連装二式重機関銃を備えた装甲車などを護衛とし、これも三式軽戦車改造のノコギリ戦車で木を切り倒しやはり三式軽戦車改造のブルドーザーである程度整地された場所にバックホーが乗り込み切り株を掘り出す。
そんなこんなで100メートル四方くらいの土地を切り開く。そこへ沖へ仮桟橋を作った港湾業者が次々と資材を運んでくる。
三日後には立派な飯場と仮設工事事務所が出来上がる。
周辺は航空写真から起こした地図が出来ており周辺五十キロには混沌領域は無い、有っても小型中位程度しか出ない小型の混沌領域があるだけと考えられた。だが仮称レナ港から北西に八十キロほどの所に怪しい場所があり、第一目標とされた。
ここを起点としてシベリア大陸奥地に進出を図ろうとする日本政府からするとまずは確かめたい場所だった。
日本人冒険者達はレナ港運用開始後、大陸奥地へと向かうことになる。ほとんどが元陸軍だ。行軍はお手の物である。相変わらず迷子紐を道中張り巡らすのを忘れない。
冒険者にはさすがに銃火器の所持は認めておらず、武器は槍、剣、刀、金棒等だった。拡張袋・小や保存袋・小は冒険者ギルド日本支部から貸与されている。
冒険者は四チームだった。
そんな一行に混じっている異物がいた。
完全装備の陸軍二個歩兵分隊だった。もちろん強化されている。拡張袋・小と保存袋・小を各自持ち、さらには弁当袋まで持つという優待振りだった。
これは失敗されては困ると政府が懸念を示し、陸軍が従った結果である。冒険者による自主的な探索は軍主体では中々進まないシベリア大陸探索を進める事が可能と思われた。
この最初の冒険者が全滅してしまうと後に続く者が出なくなることを恐れた。
「分隊長、まだ休憩にならないんですか」
「五月蠅いな。さっきも言ったばかりだろう。あいつらが休むと言わないと俺たちも休めないんだよ」
分隊長と分隊員はそんな会話を交わしていた。あくまでも軍は全滅しないための護衛であり、行動の主体は冒険者という決まりだった。
冒険者も陸軍も共に同じ釜の飯を食った戦友で有る。東鳥島でずいぶん強化された。見知った顔もいる。
「分隊長、三十七ミリ速射砲もってきましたけど、使う機会無い方がいいです」
「当然だな。撃つときは任せるぞ。砲兵部隊で研修受けてきたんだろ」
「当てるのはたいしたことないです。問題は組み立てです。緊急の場合に上手く出来るか不安で」
「手持ちで撃つか?」
「自分に死ねと」
「まあ皆で手伝うから出来るだろう。期待しているぞ、砲手殿」
「でも、緊急の場合は放棄も認めるとか優しいんですが本当に放棄して帰って良いんでしょうか」
「いいんじゃないか。命あっての物種だろ。連隊長直々に装備は捨てて良いから生きて帰ってこいとまで言われたし」
「有難いことです」
「では生きて帰ることだな」
「はい」
三十七ミリ速射砲は砲自体と砲架を別々にして拡張袋・小に入れてある。冒険者には内緒だが冒険者全員分の四式十ミリ小銃も入れてある。かなり高級なポーションや軟膏まで用意されており本気度がうかがえる。
先行する冒険者チームから休憩の声が上がった。
八十キロ先の目的地までは二日で到着と見込まれている。これは航空写真から考えられたもので全員強化歩兵という事から可能と判断された。鬱蒼と茂る森の中で道なき道を行く事も、強化歩兵ならものともせずに進むことが可能だ。更に拡張袋や保存袋で装備の軽量小型化が可能になっている。行動の自由度は高かった。普通の兵隊ならせいぜい一日十キロから十五キロ程度だろう。
彼等が発見したのは最高でも小型上位が出てくるだけの混沌領域だった。帰還後、これなら管理可能、そういう評価をして軍が領域設定し強化・食肉用途目的で活用していく。薬草は上位の物は採れないが下位の物は安定して採取可能だった。
無理やり潰してダンジョン化を図るという声には非難が浴びせられた。これは民主光輝党の議員からの提案だが、無理に潰すと凶悪になると女神が告げているのだ。何をバカなことをと言われる。
日本にはまだガミチス帝国の驚異は迫っていなかった。
手が足りないのにシベリア大陸よりもわざわざ遠くに行くことも無いでしょう。
日本でこれをやっているのがウィルヘルム五世御乱心の頃です。
次回 四月十四日 05:00予定