イギリス連邦
あの国の軍事を少し
ガミチスが内乱もどきで混乱している頃、イギリス連邦はのんびりしていた。
「モールトン海軍卿、バージン諸島の基地建設はどうなっているのかな」
モートン首相が聞いた。
「バージン島のマーリン軍港はどうだったかな。ゴードン君」
副官のゴードン中佐が代わりに答えた。
「進捗状況は、現在マーリン軍港が45%、ミニュエ軍港が77%、リンディスファーン基地が96%、運用を開始。アッダー基地が62%、シャアラ基地が46%です。各軍港と基地間の鉄道は単線で運用を開始。複線化まではあと二年掛かる見込みです。全体では完成は四年後と見込まれております」
「うむ、よろしい。首相、順調に進んでおりますぞ」
「ならば良いのだが。私の記憶だとマーリン軍港の方が先に工事を始めていなかったかな」
「はい。マーリン軍港の大型艦用ドックを建設中に遺跡のような物が見つかりまして、それを考古学協会に知られてしまいました」
「なるほど。奴らが調べるから待てと?」
「そうです」
「どんな遺跡なのかね」
「詳しくは存じませんが、竪穴式住居の遺跡のようです。高度的には海面下ですので関心が高いようです。これで王立地理学会にも興味を持たれました」
「調査の終わりは?」
「二年後と聞いております」
「そうか。彼等は五月蠅いからな。勝手にやらせておくように。ミニュエ軍港はどうなのだ」
「マーリン軍港の大型艦用ドック建設の遅れから、ミニュエ軍港にも大型艦用ドックを作ることになりました。それで遅れています。一万トン級ドックは完成しており大型艦用ドックを除いた進捗率は87%です」
「総合的には?」
「概ね順調と」
「では空軍の連中はリンディスファーン基地に出張っているのだね」
「まだ少数ですが」
「分かった。ありがとう。海軍卿またな」
「では失礼しますよ。首相」
「ゴードン君、王立の奴らは何とかならないのか」
「首相がおっしゃったように、五月蠅いですからね。ほっとくのが一番かと」
「ようやく油が自由に使えるようになったというのにな」
「彼等も自由に行動できるようになりましたから」
「誰か奴らを縛り付けてくれんか」
「名誉会長がハリファックス卿ですから、無理なのでは」
「あの爺め」
「誰が聞いているか分かりませんよ」
「構うものか」
転移前に戦時急造空母として計画されていたコロッサス級は転移とその後の物資不足によって中止となっていた。
イラストリアス級も工事が中断された。
戦艦ではキングジョージ五世級は、デューク・オブ・ヨーク、アンソン、ハウが全て工事終了した後で係留状態とされた。これは慣熟訓練に大量の重油を使用することが避けられないためで、石油不足の前には最新戦艦さえも無力だった。
他の旧式戦艦は全て係留状態とされ、戦艦はキングジョージ五世とプリンス・オブ・ウェールズのみが稼働する状態になった。他の艦艇も燃料消費量の少ない小型軽巡と駆逐艦少数が領海警備と周辺探索で稼働するのみで、軍港に繋がれていた。
石油が無いのが痛かった。いくら十年分有ると言っても油田を発見できなければそれで終わってしまう。また石炭などいやだという声は強かった。
石油は節約しつつ全力で油田の探索をしたのだった。
その過程でカナダとオーストラリアを発見。ニュージーランドは近傍であり無線は通じたので無事は分かっていた。
カナダのオイルサンドは高コストであり最終手段とされた。
ファイウォール公国との接触から国交樹立。そして原油輸入となったがまだ市民生活優先で軍への供給はあまり増えなかった。
そして遂にオーストラリアのビクトリア砂漠で油田が発見された。しかもイラン並みである。沈滞していた国内は油田発見の報に沸き、浮かれポンチのまま各種計画が承認されてしまった。
資源不足が解消されたイギリスでは広大なランエールの海に挑むべく海軍艦艇の更新が急がれていた。その中には海軍艦艇の一新という恐ろしげな計画も入っていた。具体的には空母機動部隊の拡充を中心とした大建艦計画である。
フッド以前の戦艦を全て更新するというのである。新標準艦隊を超える程の馬鹿げた規模の建艦計画だった。
転移前では予算制限によって「数を揃えなければいけないので個艦性能はね」という状態から「数は揃えるけど個艦性能もね」になってしまった。
さすがに修正が入った。既に海外植民地は無いとの神託で(神の直言なのだがキリスト勢力が認めなかった)植民地支配艦隊から、連邦防衛艦隊への変貌をした。
レナウン・フッド以前の戦艦は全て解体。替わりにライオン級六隻が認められた。これによりドイツとの開戦で中止されていた二隻は改設計を施し工事再開とした。改設計はこの時代に横隊突撃も無かろうということで正面に水平射撃可能という船体設計を改め凌波性を重視した艦首形状になった。他にも数年間の研究による多数の改善が加えられた。
レナウン、レパルス、フッド、ネルソン、ロドネー、キングジョージ五世、プリンス・オブ・ウェールズ、デューク・オブ・ヨーク、アンソン、ハウの十隻とライオン、テレメーア、コンカラー、サンダラー、ベレロフォン、シュパーブの六隻で十六隻体制となる。
そしてフッドに替わる象徴的な戦艦としてイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの一八インチ砲搭載八万トン級戦艦四隻が妄想された。この四隻が完成すればネルソン級以前の五隻は退役となるはずだ。
空母は改イラストリアス級二隻を工事再開。
他にイラストリアス級を拡大再設計した四万五千トン級空母六隻を建造決定した。
ただ艦載機は相変わらず空軍との所管争いと用兵の認識不足で斜めな機体が多い。
重巡は従来の思想を捨て全て新思想による設計となった。加盟国も無く守る必要も無くなった軍縮条約とパンチ力不足の八インチ砲を捨て、計画基準排水量一万五千トン・主砲新型八インチ砲三連装四基・対空兵装多数・速力三十三ノット・航続距離一万海里/十六ノットと言う高性能艦を計画した。
軽巡は数が多すぎるために艦齢二十年を目安として暫時更新となった。艦型はタイガー級と新設計の八千トン級の二艦種とされた。
駆逐艦は軽巡同様数が多すぎるため思い切って艦齢二十年を経た艦は全て退役とした。基本的には軽巡と同じく二千五百トン級の大型艦と一千八百トン級の二本立てとなった。
潜水艦は日本と同じく海図が完成するまでは既存艦の更新程度とされた。
特筆するのは余りにも多い種類の弾薬と砲の整理を行ったことだ。
空軍は、ハリケーンは引退しスピットファイアが主力となっている。ただ転移の影響で性能向上は余りされていない。
奇跡の木造機モスキートは採用されたが、大量には導入されていない。どちらかといえば転移で仕事が薄くなった家具木工関係救済の為だが、オーストラリア・ニュージーランドの建て替え特需で反って邪魔にされている。
他にも多数の試作機や少量採用機が有ったが、かなり整理された。単発復座で武装が後席旋回銃座のみと言う斜めすぎる戦闘機は整理対象になった。
石油不足の間に訓練回数が減りずいぶん練度が落ちてしまった。
海軍との艦載機取り扱いに関する係争は終わらない。
陸軍は最初に動員解除を行った。これは海軍・空軍とも同じである。
実質休眠状態になった陸軍が行ったのはやはり海軍や空軍と同じく多種多様な兵器の整理であった。
同時に新世代の兵器開発も行った。
リー・エンフィールド小銃に代わる自動小銃の試作も行った。アメリカでM1ガーランドが制式採用されたことを受け今後は自動小銃が主役になるだろうと予想された。
ここで問題になったのは新型弾薬を同時に開発すべしと言う勢力とあくまでも303ブリティッシュを使う勢力との主導権争いだった。
補給という観点からは303ブリティッシュが歓迎された。
例によって予算の都合から303ブリティッシュになった。連邦全体の小銃を弾薬ごと置き換えるのは戦艦並みの費用が掛かることが問題にされた。
重量も歩兵の携行や突撃に使うには5kg以内でないと厳しいとされた。
弾をクリップ装弾にするのか弾倉交換式にするのかでまた揉めた。弾倉交換式とされた。
弾薬と重量の制限から開発は厳しいものとなった。幾つかの試作銃が作られ、いずれも最終的には棍棒にはなるだろうとの評価しか得られなかった。これならブレン軽機関銃を持って突撃するとまで言われた。
機関部の自動化を歩兵銃のサイズ・重量に収めるのは303ブリティッシュでは薬莢の形状から難しかったらしい。
結局、弾頭は303ブリティッシュのままで薬莢を自動小銃に使いやすい形状にすることで収拾が図られた。
薬莢はリムドからリムレスへ、形状は後端が膨らんだ緩い円錐状からほぼ円筒に近い形状へと変更された。長さも短くされた。
薬莢形状変更後は順調に開発が進んだ。
一発ずつ撃つ半自動と全自動の切り替えも可能にされたが、全自動だと反動を押さえ込めずに弾がどこに行くのか分からないという状態で結局全自動は諦められた。
戦車はセンチュリオンが実用化された。イギリスらしくない実にまっとうな戦車である。惜しむらくはエンジンの馬力不足で走行性能、特に不整地での走行性能が寂しいだけか。
電子計算機は汎用計算機として実用に達しようとしている。ライオン級戦艦には弾道計算用電子計算機が搭載される。
資源不足でも平和な間に斜めな兵器がどんどん淘汰されてしまう。実に惜しい。
次回 四月十一日 05:00予定