流れる状況
説明でしょうか
V-105潜水艦は無事母港に帰投した。今回も大成果だ。空母発見はでかい。
「グリューネ大尉、君は私の胃の健康を考えてくれんのか」
「ワグナー大佐、そう言われましても見えてしまった物は仕方が無いです。まさか報告するなと?」
「そんな事は言わん。職務に忠実で何よりだ。この航海記録は・・まあいいだろう。まけといてやる」
途中でサボったのが分かったのか?
「ありがとうございます」
「うん。でだ、前回と同じだ。この後総統府に行くぞ」
「ダメですか」
「残念ながらな」
前回と同じ情報局員がやって来て、なんて物を見つけるんだという目で見る。
「グリューネ大尉、君には幸運が憑いているのかな」
「そのようなことは無いかと」
「航海に出る度にこれでもか」
総統もあきれているのだろう。不思議な物を見る顔をしている。
今回は前回のように二軍の参謀長だけでは無く、三軍の参謀長に三軍の長官まで居る。勘弁して欲しい。
「居心地が悪そうな君達には悪いが、今回の空母発見は重大な情報なのでな。国家安全機構を呼んでいないだけいいだろう?」
「「「ご配慮ありがとうございます」」」
ワグナー大佐、グリューネ大尉、情報局員の三人は声が揃った。
「総統、よろしいでしょうか」
「かまわんよ。ディトリッヒ空軍長官」
「ありがとうございます。この艦載機なのだが拡大写真では確かに複葉機だな。他には見なかったのか」
「はい、見ておりません。その後直ちに潜航、それ以降接触はありません」
「何故観察を続けなかった。そうすればもっと色々判っただろうに」
「空軍長官、それは違う」
「海軍長官、何故か」
「長距離偵察に潜水艦を使うのは一にその秘匿性だ。長時間接触してその存在がバレるわけには行かない」
「聞くところによると前回は見つかったそうだが」
「やめたまえ」
総統が言った。
「失敗は有る物だ。今回はその反省の元、慎重に立ち回った。そうではないのかね。グリューネ大尉」
「はい、おっしゃるとおりです」
「失礼しました」
ディトリッヒ空軍長官が引き下がるがその目はこちらを睨んでいる。
「ヒルベルスト海軍長官、海軍の意見を聞かせて欲しい。この相手は驚異なのか」
「まだ判断するには材料不足です。ですが、前回の発見されたと思わしき事態の後で空母による哨戒が行われた所を見ると油断できない相手かと」
「それが分かっただけでも、いい判断材料になりますな」
ハルダー陸軍参謀長が発言した。
「そうですな。我々としては海軍が頑張ってくれないと外に出られないのでね」
モーデル陸軍長官が愚痴をこぼす。
「申し訳ないが、海軍としては現状偵察任務が精一杯だ。とてもでは無いが渡洋作戦は出来かねる」
「空母があるだろう。あのような複葉機なら相手にならない」
ディトリッヒ空軍長官が威勢の良いことを言う。
「まともな離着艦も出来ないのにか」
ヒルベルスト海軍長官が皮肉る。
三人はマズい。この場から離れねばと思うが自分達が呼ばれてきたのだ。離れることが出来ない立場が恨めしい。
「やめろ」
デストラー総統の声は冷たかった。怒っているようだ。
「ヒルベルスト海軍長官。まともな離着艦が出来ないとはどういう事だ」
「はっ、空母ロンドベルクにおける離着艦事故は離着艦機数の一割以上に及びます。訓練だけで艦載機が消耗してしまいます」
「まだ改善されていないのか」
「機体事故は改善されておりません。パイロットも同様です」
デストラー総統は少し考えた後
「ディトリッヒ空軍長官。君はこの間なんと言ったかな?私が覚えているのは「問題ありません。早急に解決できます」と聞いたと思うが」
「鋭意改善中であります」
「あれから三ヶ月経つが」
「・・・」
「至急改善するように。分かったな」
「ハット、デストラー」
「うむ。良い返事だ。改善を期待している。空軍長官、空軍参謀長、退出してよろしい」
「「ハット、デストラー」」
二人は出ていった。
「さて、空軍は居なくなったぞ。忌憚なき意見を述べて貰おうか。まずは陸軍からだな」
「はっ。陸軍としましては早急な海外進出は時期尚早であると判断いたします。理由はまだ情報が少なすぎます。我々が魔神に負・・、失礼。この世界にやって来てまだ二年です。少ない物資でも数年は持ちます。近辺に新たな資源も発見されました。少なくとも二年は力を溜め情報を収集する必要があるかと判断します」
ハルダー陸軍参謀長が述べた。
「陸軍はそうか。海軍はどうなのだ」
「はい。海軍も同様に判断いたしました。現状では、情報の蓄積が足りません」
「そうか。私もそう思うが」
総統は軽いため息を吐き、俯いた。そして顔を上げ
「二年だ。私があのウィルヘルム五世を二年は抑える。その間出来る限りの努力を諸君に求める」
「「「ハット、デストラー」」」
「うむ。諸君の努力に期待する。職務に戻りたまえ」
「「失礼します」」
退出した後、デストラーは一人ソファーに沈み込み思案にふける。
・・・・・・・・・・あれから二十年か。ユーロピアンに突然現れた魔神とその信者が勢力を増し始めてから。帝国は抵抗し何とか均衡を保ったが、その後他の国々が尽く敗れ去った後では抵抗しても意味は無かった。当時総統だったウィルヘルム五世が魔神と交渉し何を差し出し何を受け取ったのかは知らん。その後で魔神は二年前臨戦態勢にあった我が国を必要物資十年分と共にこの世界ランエールに飛ばしたな。思えばそんな事が出来る存在に抵抗しても意味は無かったのだな。この世界に飛ばされこの世界に覇を唱えるとウィルヘルム五世が決めた後で総統を辞職。私が後を継いだわけだが、ウィルヘルム五世はまだ影響力が大きすぎる。絶対に影響力を保つ気でいるな。空軍と国家安全機構は奴の勢力下だ。さて、如何するか・・・・・・
グリューネ大尉は、ブローム・アント・フォス社のケイリッシュブルク造船所を訪れていた。
総統府を訪れてから一ヶ月後のことだ。
ワフナー大佐と、なんでこの人がと言うブランデン海軍参謀長と共に。
「グリューネ大尉、ここに君の乗艦が有る。最新のⅦ型LRだ」
「LRですか、参謀長」
「そうだ。Ⅶ型Bを少しいじって長距離偵察用にした」
ゲ、マズいな。偵察専門になれと言うことか。
「詳しいことは、そこに居る造船官とフォス社の者に聞くように。では、努力を期待する」
「ありがとうございます」
参謀長は去って行った。
「グリューネ大尉だね。造船官のアインシュタイン少佐だ。こちらがフォス社のウルリッヒ技師」
「よろしくお願いします。グリューネです」
「ウルリッヒだ。よろしく。さあ、早速だが説明しよう」
「はい」
「元となったⅦ型Bは通常のタイプだよ。発射管前方四本後方一本装備だ。それを後方は廃止。前方四本も予備魚雷を減らして居住区画の拡張と食料庫の拡張をしている。更にあの後甲板を見たまえ」
「ブリッジから後ろにコブですか。何の装備なんでしょう」
「追加燃料タンクだ。耐圧構造で艦の安全深度と同じだけ耐える」
どれだけ長い期間行けというのだ。こんちきしょう。
「他の性能は変わらないのですか」
「速力は水上で17ノット、11000海里。水中で全速7ノット四時間だ。5ノットなら一二時間行ける」
「Ⅴ型の倍ですね」
「安全深度は100メートルだ」
「素晴らしいです」
漏れなければな。
「最新の鉄鋼技術と溶接技術で作った。リベットを使っていないから今までのように古くなったからと言って水漏れは無いだろう」
「最高です」
他にも説明を受けて一同はフォス社の講堂へと向かった。後ろには金魚の糞のごとくV-105の乗組員が付いてくる。
そこで講習を受け、来週V-105をこの工場まで回航、そして引き渡しになると言うこと。艤装岸壁で一週間慣熟の後、浅瀬で慣熟、次いで洋上で慣熟訓練をする事になる。
翌日ワグナー大佐の前に出頭したグリューネ大尉は、一ヶ月後の実戦出動を命じられる。またあそこだ。
ディッツ帝国海軍が日本に空母と艦載機の売却を要請してから三ヶ月後、ディッツ帝国東多島海サルディニア島泊地で引き渡し作業が行われている。
空母は瑞鳳級四隻、龍鳳・海鳳・天鳳・仙鳳だ。艦載機は予備機も含めて零戦百二十機、九十七艦攻百機、九十九艦爆百機。他保守部品多数だ。
航空機銃は十四ミリ以上の大型機銃が無いというので一応九十九式一号二型を搭載したままだ。ホ-103は彼等の十四ミリ機銃を搭載するというので降ろしたが収まるのかな。
この島は東西百三十キロ南北八十キロで平地が半分を占める。飛行場の適地も多くディッツ帝国は東の要衝と位置づけているようだ。軍港は現在建設中である。既に使える部分を使って使用が開始されている。飛行場も四ヶ所建設され、そこで訓練を行うようだ。
周辺には好漁場や地下資源の見つかった島に恵まれ、ここを東多島海の中心に位置づけるらしい。
引き渡した後は、日本海軍から派遣された教官がひたすら訓練をして艦や航空機に慣れさせる。
習熟期間は半年を予定しているらしい。
うん。厳しい訓練だろうが耐えてくれ。
訓練生の幸運を祈る。
紫原中佐は関係無いのに引きずり回されて、疲れていた。
徐々に小出しするという手口
ガミチスの偵察はディッツ帝国のけっこう西側、瑞鳳級四隻の訓練は東側。見つからないですよ。
次回 三月二十一日 05:00予定