警戒態勢 緑から青へ
まだまだ色々出していきます。
潜望鏡騒ぎの後、軍の警戒態勢は青になった。哨戒部隊以外は平時と変わらない。
緑にしたいのだが、政府与党は許可しないだろう。
代わりに移住者護衛艦隊の警戒態勢が緑になった。各種資材・武器弾薬は共通だ。いざとなったら融通して貰う。
あれから半年、新たな発見は報告されていない。どこにいるのだろう。移住者護衛艦隊の空母が航路帯を外れ二百海里外側まで進出、哨戒機を飛ばしているが影も形もない。
もう政府与党はあの事件は無かったことにするらしい。
軍の警戒態勢を解くよう指示があった。
移住者護衛艦隊には強く言えないようで、あちらは緑から青になったが警戒態勢の解除はしていない。助かる。
移住者輸送船団は再び直接護衛から航路帯警備となった。
移住者は普人族の旧エルラン帝国民が移住希望者として増え、結局旧エルラン帝国の八割に当たる二百六十万人が移住するようだ。
これからも増減はするだろう。
問題は普人族の中にキナム教徒が潜入することだ。戦乱で戸籍などと言う物は信用が出来ない。でっち上げようとすれば簡単にできる。
怖いのはキナム教が知らないうちに日本国内で影響力を持つことだ。
まだ大多数の日本人はキナム教を知らない。知っているのは一部の外交関係者と治安関係者に移住者護衛艦隊くらいなものだ。下手に知らせると興味を持って接触、教徒にのケースも考えられる。禁教として公式な文書にすると返ってまずいかも知れない。
だから普人族が移住するようになってから水際防御を積極的に展開している。
踏み絵である。下船時にキナム教の紋章とキナム神の肖像画を踏んで貰うだけだ。
旧エルラン帝国民は喜んで踏んでいく。踏みにじっていく。踏んでいかない奴はキナム教徒だ。実にわかりやすい。
ただこれくらいは平気でやるキナム教徒もいる。それへの対応は日本人には見分けが付かないが、ある宗教的仕草で見分けが可能だという。長年習慣付いているのだ、一朝一夕には改まらない。
キナム教の上陸阻止は上手くいっていた。
移住者護衛艦隊の空母は初期に導入された雲龍級が主体だった。これは設立がいきなりだったために海軍から買った事による。
今のところ周辺哨戒だけなので問題は無い。これが機動部隊の戦いともなれば相手にも因るがアメリカ級の相手だと能力不足が目立つかも知れない。
空母大雪は、航路帯警備から外れて航路東側二百海里まで進出、哨戒活動を命じられていた。僚艦は軽巡一隻と駆逐艦四隻。
空母大雪は雲龍級空母五番艦で海軍から売却された船で建造中に決まった。移住者護衛艦隊の空母は山の名前が付けられる。大雪山から取った。
天山が彗星がカタパルトから射出されていく。天山と彗星は十九年に制式化された機体だ。もう四年になるが後継機の開発に着手したという噂が出た所だ。事実ならあと三年は第一線で使うことになる。
戦闘機の零戦など転移前の戦闘機だ。八年目の大ベテランだ。十八年に最後の改良があった後はそのままだ。放置されていると言っても過言ではない。もっとも海軍の小型空母で使っている九十七艦攻には勝てないが。向こうは十年以上経つ。
その日も三回目の哨戒隊のお帰りだった。今日も何事もない。良いことだ。出来ればずっとと思う。
この哨戒活動で新たな海洋性混沌領域が発見された。規模は小さい。今のところシロッキ以上の海洋性混沌獣は見つかっていない。
噂の潜水艦はずいぶん運が良いか知っていて航路を迂回したのかは分からない。迂回したとしたら、この辺の海は詳細を知っていることになる。
それならとっくに何かしら痕跡なり接触なりがあったはずだ。無いと言うことは運が良いだけなのだろう。
その運の良い潜水艦V-105は再び航海に出ている。
総統府からもっと詳細な情報をと言う無茶振りをされた結果だ。
海図は本国周辺以外は障害物も水深も載っていない白地図と代わり映えしない物だ。一部に怪物の出る海域があるが担当海域には存在しない。事になっている。
天測の元になる星の運行は、以前難破した木造船が海岸に流れ着き、船を捜索すると幸運なことに星図があった。
海軍はそれを元に独自の修正を加え、何とか天測が出来るようにしている。
艦長グリューネ大尉は、験を担いで全く同じ進路を取ることにした。
船団で航行するのだ。大規模な通商路だろうと言う予想をしている。
「しかし遠いな。あと二週間は掛かる」
「艦長、今回は冷凍庫が持つと良いですね」
「もう堅パンは食べたくないな」
「歯が欠けそうです」
V-105の水上最大速力は十ノットだ。巡航八ノットである。低速貨物船の速度しか出ない。
これは建造当時小型大出力のディーゼルエンジンが無く艦内スペースの都合で搭載されたエンジンの非力さに寄るのもだ。軍というのは一度制式化すると良い物が出ても中々変えようとしない。おかげでこのエンジンがずっと使われている。
前回、わずか四十メートルで海水漏洩という事態になった艦はドック入りして整備を受けた「古くてガタが来ている気を付けろ」言われても無理。出航前に全乗員を集めて非常時以外潜望鏡深度以上には潜らないことを確認している。誰も深海魚と友達にはなりたくなかったようで賛成された。
水上排水量七百トンのⅦ型がタイプ別に数隻完成して、試験運用を始めている。安全性と安定性や潜水艦としての実力を測るのなら、早く終わって配備を始めて欲しかった。
伝え聞くところだと潜水艦としての性能は中々良いと言うことだが、発射管六本を装備した超攻撃思考の船は居住性が最悪と聞く。
そんな船で遠洋航海はしたくない。
V-105が母港を出港して一ヶ月半、ようやく哨戒海域に着いた。水上で直線なら三週間も掛からないが暗礁地帯を避けたり小島の陰で停泊して休養を取ったり、近くになってからは潜行する事も増えたためこれだけ掛かった。
海域で二週間粘るが出会いは無い。
もう少し位置を変えるかなとグリューネ大尉が考えていると
「艦長、五時、水平線上に煙り」
艦橋にいる見張り員が報告する。双眼鏡を向けると確かに黒い筋が見える。この星の水平線は遠い。まだ距離がある。
「潜行するぞ」
「了解です」
各種機材に防水カバーを掛け固定を確認する。休憩で出ていた乗り組み員と見張り員が下に降り、最後にグリューネ大尉がハッチを閉める。
既にディーゼル停止と排気孔の閉鎖も確認されている。
深さは潜望鏡深度だ。ベテランが多いだけ有って水平が安定している。
「機関長、電池はどうだ」
「八割です」
「余裕だな」
「限界ですよ。これ以上充電できません。ご存じでしょう」
「船もガタが来ているがバッテリーもか」
「退役間近ですからね、この艦」
「直列で使うと如何だろう」
「基準以上に早く減ると思います。お薦めじゃあ無いですね」
「分かった。並列でのみ使う」
「電池並列、モーター始動、速力四ノット、面舵60度変針」
V-105は煙の元と出会うために進路を変え進む。
煙の主はディッツ帝国海軍第一機動部隊だった。
機動部隊と言っても軽巡洋艦一隻と駆逐艦三隻、肝心の空母は一万トンに満たない商船改造空母だった。
何とか日本人から空母という物を聞き出し、試験的に建造した物だった。
日本海軍が見れば鳳翔を思い出すかも知れない。
さすがにかわいそうになって日本の了解を得た上で駐在武官扱いの紫原中佐がある程度教えた。
軽巡ザイドリンゲンは空母ベルゲンシュミットを伴い、日本の商船が潜望鏡を見たという海域の調査に来ていた。
あれから二回訓練代わりに来ているが姿が見えない。流木の見間違いだろうという意見には日本が警戒態勢に入ったという事実を突きつける。
ザイドリンゲンとベルゲンシュミットは日本から教えて貰った電波探知機を国産化して搭載している。
性能は日本海軍の初期電探と同程度だ。とても潜望鏡は探知できない。それでも夜間や悪天候時の航海がかなり楽になったことは事実だ。
「司令、三回目ですが見つかりますかね」
「そんな事は分からんよ。日本海軍でさえ見つけていない。我々のような駆け出しが見つけられるとは思わん」
「でも日本は遠慮してこちらには近づきません。我々が頑張らないと」
「良いことを教えてやろう。日本は警戒レベルを下げたそうだ」
「下げたのですか」
「さすがに通常とは行かないが、最低レベルまで下げたとさ」
「次の動きがあるまで待ち、ですか」
「そう思うよ」
「先制されなければ良いのですが」
「相手が分からん。こちらから先に手は出せんよ」
「それは分かりますが」
そこに発艦時間が来たと報告がある。
部隊は速度を十八ノットまで上げる。商船改造空母では限界だった。
ディッツ帝国初の艦載機が発艦を始める。
日本はいきなり高性能な機体を使うなと言った。複葉機があるなら複葉機を使って着艦と発艦に慣れろ。まずは練度を上げることと言う。
それで教官を増やせという。まずは、搭乗員の数を増やすことが大事だと。
今発艦していくのは、四期目の連中だ。一期目・二期目の連中は既に教官となって生徒の指導に当たっている。三期目は海上の飛行経験を増やしている段階だ。航法や波による風向風速の見方を覚えている。
転移前は内海だったし、地文航法で充分だったのに。今は天測が必要になっている。
出来ないと空母に帰還できないと言われればやるしか無かった。
空母は国防に絶対不可欠な物と日本を見て実感したディッツ帝国の国防方針だった。
日本海軍は同程度の空母部隊の衝突では艦載機に半数の損失が出ると考えているらしい。機体も搭乗員も。
それを聞いてぞっとしたことは覚えている。
海中から複葉機を見ているとは気がつかなかった。
ディッツ帝国機動部隊見参。
今はまだ経験を積み始めたところです。
そのうち合同訓練とか有るかも知れません。
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