村人 相互理解への長い道のりの始まり
タマヨと遭遇した兵隊。
果たして手懐けることが出来るか。
なんとか血を見ること無く、遭遇から挨拶が終わってしまった。
上村曹長は
「この子、どう見てもネコっぽいな。ニャって言っているし、名前もタマヨだし。黒猫かな」などと思っていた。
見たところ、銃は所持していないようだ。目に見える武装は腰のナイフだけだ。
しかし、銃の存在は知っているのか、先ほど兵達に銃口を向けられたとき酷くおびえていた。
第二次神様情報(注)だと、この世界ランエールの文明は中世から現代まで幅広くある。
地球では銃の登場は近世最初期だ。彼女たち(一人では無いだろう)は少なくとも近世以降の文明と言うことになる。
「後藤、後藤一等兵。通信機だ」
「はっ、どちらへ繋ぎますか」
「小隊長だ」
「繋ぎます」
「繋がりました。小隊長です」
「小隊長、上村です。住民と遭遇しました。・・・はい、双方無事です。交戦はありません。今後の指示を願います。・・・はい、友好的にですね。了解。」
小隊長からの通信は切れた。中隊長やさらに上に指示を受けるのだろう。
如何する?彼女は一人で行動していたのか?それとも仲間が居るのか?友好的にか、如何したらいい?とにかく考えなければいけなかった。
タマヨは悩んでいた。どうしよう。少ししくってしまったが、会話が出来た。長の言いつけは守られたんだ。もう帰りたかった。
そう言えば、アビゲイルとモーリタが居たっけ。どうしよう、あの二人を紹介するのかな?
上村は会話を選択した。一番無難だった。娘と会話するようにすればいいだろう。娘か、は~~。
とにかく最初に仲間の存在を探るのは悪手だろう。いらぬ警戒心を持たせてしまう。
会話、会話、娘との会話。う~ん。
「タマヨさん。なぜ会話が出来るんだろうね」
タマヨがきょとんとした顔でこちらとみている。失敗か。
「えーとね、わかんない。ニャ」
分からないのか。この手は駄目と。
「タマヨさん。ここは暑いのかな」
「そんなこと無いよ。今が一番暑くない時期だよニャ」
今が一番暑くない時期か。良い情報だ。次。次は、えーと、なんだ。畜生、出てこない。
「ねえ、あなたたちどこから来たのニャ」
助かった。向こうから話しかけてくれた。
「海の向こうからですよ」
「南なの?ニャ」
「違います。東です」
方位は分かるのか。これも良い情報だ。南を警戒している?
「遠いの?ニャ」
「船で一週間くらい。えーとね、朝と夜を七回繰り返したくらい」
「遠いのかな?」首をかしげている。
ああそうか。速度が分からなければ遠いか近いか分からないな。
「歩く速さの七倍くらいの速さで、朝と夜を七回繰り返したくらいの所から」
「早いんだ、あの船。ニャ」
船?停泊している船か?海軍さんの船か?どちらにしろここまで一緒に来た。どちらでもいいだろう。
しゃがみ込んで、地面に何か書いている。計算か?四則演算が出来るのか。近世レベルの人間で出来るとなるとかなり高い教育を受けている?
でも悩んでいる。書いては消しをしていた。ようやく出来たようだ。
さっきから会話の最後にニャを付けているが、慣れないのだろう。わざとらしかった。でも何でだ?
「凄い遠くから来たんだ。五千キロメータくらいかなニャ」
単位が聞こえた。重要情報だ。部下を見ると、二人がメモをして残りはこちらを注目している。
残りの奴、何をしている。周辺警戒をせんか。
「タマヨさん。キロメータとはなんですか?」
「キロメータは、キロメータだよ。メータの一千倍がキロメータなの。ニャ」
「メータって、どのくらいですか」
「メータはこのくらいニャ」
手を広げた。うん、三尺から四尺だな。正確には分からんがだいたいそんなものか。いい情報だ。
キロが一千倍というのは地球と同じか。なぜだ?如何して同じになるのか?
グー
??なんだ
グー
目の前から聞こえた。腕時計を見るとお昼になるところだった。笑わないようにしよう。
「分隊、昼食にする。昼休憩だ。昼食用意」
ぷっ
ジンイチと話していると優しい村の人達と同じに思えてくる。
聞けば遠くから来たらしい。
「歩く速さの七倍くらいの速さで、朝と夜を七回繰り返したくらいの所から」
え?どんな遠いの。
待ってね。地面に書き書きと。
うそ、こんなに遠いとこから?五千キロメータも有るよ。
グー
え?
グー
タマヨじゃ無いよ。断じて違うんだよ。女の子はこんな音立てないんだよ。
ジンイチを見ると、腕に付けたものを見てから
「分隊、昼食にする。昼休憩だ。昼食用意」と言った後、ぷっ。むー。
どうやらお昼にするようだ。私のお昼は、しまった。二人の所に置いてきた。
あの、腕に付けたものはなんだろう?ジーと見る。
お昼にすると言った後、ぷっと吹き出してしまった。むくれている。悪いことをしたな。
俺の腕、いや腕時計をじっと見ている。知らないのだろうか。
「タマヨさん。これは時計だよ」
「時計?うそ、ほんとに時計?タマヨが見たのはこんなでっかいのだよニャ」
と言って両腕を目一杯広げる。腕時計は無いのか?いや、タマヨさん達の所には無いと言うだけだろう。
腕時計を外して見せてあげる。
「これが腕時計と言って、小さな時計だよ」
食い入るように見ている。そうだ、これは軍の官給品で俺のでは無い。現地住民との遭遇手引き書によると、プレゼントして気を引くことも重要となっていたな。プレゼントするか。
「タマヨさん。良ければその時計贈り物にするよ」
びっくりしていた。
「いいの?」
「どうぞ」
タマヨさんは嬉しいのか、腕時計を高々と掲げてグルグルしている。ああ、そう言えば初めて娘に腕時計を買ってあげた時もこうだったな。少し優しい気持ちになる。
後ろから生温い視線を感じるが、無視だ無視。
「分隊長。昼食用意出来ました」
部下の報告があった。昼食と言っても缶詰の蓋を取って広げたキャンバスの上に並べたたけだ。後は塩にぎりか、梅干し入りの。汗をかくからありがたい。
「では我々は、お昼にします。タマヨさんもお昼ですか?」
ジンイチが言った腕時計というものをじっと見ていると、腕から外した。
「タマヨさん。良ければその時計贈り物にするよ」
え?いいの?くれるの?
「どうぞ」
ジンイチいい人だ。もらった腕時計を思わず掲げてグルグルした。
やってしまった。恥ずかしい。
ジンイチを見ると、何か優しげな顔をしている。村の大人達と同じ顔だ。
他の人も同じような顔つきをしている。
恥ずかしい。
昼食が出来たようだが、あれはなんだろう。布の上に広げるのは私たちも行う。でも、その上にある物は見たことが無かった。
そうだ、じっと見ていればいい事が有るかもしれない。腕時計もらえたし。
タマヨから じっと見られる 昼飯か
「曹長、タマヨさん、じっとこちらを見ていますよ。ほっといていいんですか」
「ん?ああそうだな、手引き書によるとほとんど食べ物は同じように食べることが出来ると書いてあったな。こちらの物を現地の人は食べられる。現地の物を俺たちは食べられる」
「曹長、缶詰はどうでしょうね。加熱殺菌してあるから問題は無いのでは」
「缶詰か。なにが残っている?今食べているのがサンマの蒲焼きだな。と言うことは牛缶か」
「牛缶。悩みますね」
皆牛缶は供出したくないようだ。すぐに手に入るのに。仕方が無い、ここは俺の牛缶を開けるとするか。
「タマヨさん。これは俺たちの食べ物です。携帯出来るようにした物です。食べてみませんか」
タマヨさんの目つきが凄くなった。じっと牛缶を見つめている。悩んでいるのか。
「そうだ、これがスプーンです。その入れ物の縁は凄く切れるので、絶対に縁に口を付けないでくださいね」
スプーンと牛缶を渡した。手に持ってじっとしている。そろそろと口に入れた。
甚一達がお昼を食べているののをじっと見ていたら、ジンイチがこちらに来た。
手に持っているのは、少し大きい入れ物だった。
「タマヨさん。これは俺たちの食べ物です。携帯出来るようにした物です。食べてみませんか」
肉が濃い色をしたスープの中にあった。おいしそうな匂いがする。思わず見つめてしまった。
いやだ、女の子なのにはしたない。と思いつつ目が離せない。
「そうだ、これがスプーンです。その入れ物の縁は凄く切れるので、絶対に縁に口を付けないでくださいね」
危険な入れ物らしい。縁に口を付けないでいいようにスプーンをくれたのだろう。ジンイチやっぱりいい人だ。
少し口に入れてみる。
あらいやだ。女の子なのにはしたない。思わず心の声がダダ漏れしたの。許して。
あれ?いつの今にか入れ物が空になっている。誰が食べたのかな?エへ♡
まずいよ。あの二人にもあげないと絶対文句を言われる。案外食い意地張っているからね。あの二人。
どうしよう?・・・エイ!
「ジンイチ、お願いがあるニャ。あと二人居るニャ。連れてきてもいいニャ?」
言ってしまった。
牛缶を渡して口入れ途端
「おいしい、うまいぞー」
と叫んだよ。タマヨさん。
そして食いつきぶりが凄い。いつの間にか食べてしまった。名残惜しそうに空の牛缶を見つめている。
見つめている。
見つめている。
急にこちらを向いて
「ジンイチ、お願いがあるニャ。あと二人居るニャ。連れてきてもいいニャ?」
仲間がやはり居たか。二人か。部下を見ると、頷いていた。そうかお前達も牛缶を出してくれるか。
「いいですよ。連れてきてください。牛缶は用意します」
凄かった。あっという間に見えなくなりそうな勢いで走っていった。
「おい。お前達、牛缶を出せ。全部だ。隠すなよ。後で補給の方には数を増やすよう言ってやる。さあ出せ」
「はっ、牛缶出します」
前島一等兵曹が返事をして、全員に出させた。
八個有った。よし隠した奴はいない。
「他に何か無いか」
「これはどうでしょう」
「キャラメルか。いいな」
「これもいいのでは無いでしょうか」
「乾パンに金平糖か。いいと思うが、乾パンは如何なんだろう」
「出してみましょう。こちらの食べ物をを分かってもらうために」
「よし、出そう」
タマヨさんが、二人を連れてきたのは十分ほどたってからだった。
やはり、定番、食料ですね。
近世レベルと現代では、調理技術や素材の生かし方や保管技術、特に調味料・香辛料の流通量など雲泥の差でしょう。
残された二人は如何するのかは予想通りです。
(注)第2次神様情報
ツールとマレー。ラルプとデュエズ。セレステ、カレラ、ジョリー、アタラ等によってもたらされた情報。最初の手紙よりは細かいが、肝心の自転周期、公転周期、地軸の傾きなどは一切提供されなかった。簡単な地図も日本周辺だけだった。あくまでも自力でやって欲しいようである。
次回 九月十五日 05;00