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落ち着いたところで車掌が言った。
「それでは、探偵さま。ご精算を」
車掌は探偵から紙幣三枚を受け取り、上機嫌で車両を出て行った。
探偵は複雑な気分であった。果たして俺は得をしたのか損をしたのか。あんなみすぼらしいブチ猫が、こんな天国のような場所に到着するのは、どうにもこうにも納得がゆかない気がする……。
しかし、約束は約束。
手にはペンダントが残された。
まあいい。すっからかんになってしまったがこれを売ればひと財産になるだろう。まずは材質だ。「星のかけら」なのか、確かめてみなければ……
探偵はあらためて石をつまみ、目の前に掲げて検分した。置かれていた時には辛うじてちらりと瞬くだけだった赤い光が、光に透かすといっそうはっきり目立って……
いや。
石そのものの輝きが増していた。おまけにそれは細かく振動している。
「むむっ」
不穏なものを感じた探偵は石を置こうとした。そのとたん、ぱん、と破裂音がして、石は粉々に砕け散った。
同時に顔のそばで、ぱきっ、と別の音がした。飛び散った破片がサングラスに当たったのだ。片方のレンズに大きなひびが入っていた。
ペンダントの鎖が外れ、じゃらりと床に落ちた。
石の破片はまるで煙のように漂っていたが、しばらくすると収斂してふたたび星形に固まった。しかしそれはもはやくすんだ灰色ではなく、鮮やかな紅色となり、まるでマグマのように輝いていた。
そしてひゅん、と鋭い音をたてて、石は消えた。開いた車窓の外に、流星のように飛び去ってゆく紅い点の軌跡が辛うじて見てとれた。
「どうしたの?」
トキ子とクリが慌てて駆け寄ってきた。
「うむ…… どうやらあれは『星のかけら』では無かったみたいだ」
探偵は呆然と宙を見つめた。ひびの入った片方のレンズが、フレームから脱落して床に落ち、乾いた音をたてる。
「それどころか、私の……私の大事な伊達サングラスが割れてしまったよ。えらい損失だ。つ、次の街で修理しなければ」
(伊達だったのね……)
トキ子は妙なところで納得して頷いた。
「でも目に当たらなくて良かったじゃない。ヘタしたら失明してるわよ」
しかし探偵は聞いてはいなかった。
うなだれてガックリと膝を折る。
そして一縷の希望を捜すかのように、うるんだ目でトキ子を見上げ、言った。
「レ、レンズ代を貸してくれ」
そのやりとりをよそに「星ねこ号」はカルデラ盆地を横切って張り渡された高架線をゆるやかに横切りつつあった。地熱地帯を過ぎるとふたたび冷ややかな空気が戻ってきたが、既にその中にも春の気配が隠されているように思われた。
(第一話完)