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しばらくして、「星ねこ号」はひとつトンネルを抜けた。
標高はやや下がっている。
針葉樹の森。昼なのにうっそうと繁って暗い。雪は固く、溶けそうにない。
停車した駅は、屋根もなく、プラットフォームはやはり土塁と大差ない。
駅員は毛皮の帽子をかぶり、コートを着て、大きな角のあるムースを連れていた。その鞍に荷物を結わえて運ぶらしい。
森の中に通じる道は細く、暗く、曲がりくねって、ほとんど見通しがないまますぐに消えている。
「おまえ……ここで降りるか?」
車窓からそれを見ながら、探偵はブチ猫に尋ねた。
とたんに森の奥から、ゆるやかな遠吠えが響いた。続いて違う方向からいくつもの遠吠えが、こだまするように重なってゆく。
狼の群れが居るのだろう。探偵はふと、駅員の背中にライフルがあるのに気がついた。
ブチ猫は車両の隅で頭を抱え込み、丸くなって震えていた。
「やれやれ……」
探偵は肩をすくめた。
次のトンネルを抜けるには少し時間がかかった。再び標高が高くなり、勾配がかかっているため、「星ねこ号」の機関部もいくぶん苦しそうである。
トンネルを抜けると、打って変わったように、白々とした陽光が輝いた。
「まぶしいくらいね」
トキ子は手のひらを目の上にかざしながら、窓をのぞき込んだ。
そこには森はなく、雪もほとんどない。
しかし緑もほとんど無かった。
ゆるやかな斜面に視野の届くかぎり、黒褐色の奇妙な形をした石が延々と続いていた。植物といえば、その間を縫ってわずかな灌木が点在しているだけである。
どことなく腐ったタマゴのような匂い。
「星ねこ号」は駅に着いた。今度のホームはコンクリートで固めただけのものだったが、比較的新しい。
ジーンズにパーカー姿の若い男性が二人やってきて、伝票にサインし、荷物を受け取った。荷物は比較的小さいけれども、しっかり梱包されている。
「ここは無人駅なのです。もう少し上に測候所がありまして、そこの研究員なのですよ」
伝票を手に戻ってきた車掌はトキ子たちに説明して、また慌ただしく郵便車に戻っていった。
二人の研究員は、やはりコンクリートで固めた道を上ってゆくところだった。歩きながら叩きつけるような風に煽られそうになったが、窓から見ているトキ子たちに気がつくと、陽気に手を振った。
「ここはどうだ? あの人たちは親切そうじゃないか」
探偵は声をかけたが、ブチ猫の返事は無かった。
見ると、車両の片隅で延びている。呼吸が苦しいらしく、気管がひゅうひゅう音をたてていた。
「旦那…… どうも、空気が……悪いようで……」
そのとおりだった。三つ目のトンネルに入り空気中の硫黄臭が薄まると、ブチ猫の呼吸は少し楽になった。
長いトンネルの中、車内灯の下で、探偵とトキ子は顔を見合わせた。