断ったけど少しの強がりが無かったと言えば嘘にはなる
よければぜひ~
ついった―⇒飯倉九郎@E_cla_ss
「この《ゴミ箱》の中では、警察も軍隊もない。自分の身を守ってくれるのは、誰でもない、自分だけ。でも人間一人でできることなんてたかが知れてるわ。だからここにいる人間はまずチームを作ろうとする」
「チーム?」
「そう。集団に属し、集団で生き延びていく。それがこの中で生きて行くための常套手段。そしてここが私のチームのアジト」
「……チームって、二人しかいないのに?」
「ここにいるのが全てだと思うの?」
「違うのかい?」
彼女はいやらしく微笑むのみだった。
おそらくこの診療所というアジトのどこかに、他の仲間がいるのだろうか。僕にはそれはこれっぽっちも感じ取れやしないが。
「とにかく君を私の仲間に引き入れたいわ。その反射神経は武器になる。それに私たちとしても男手は欲しいところだったから……チームに入れば安定した食料供給を得られるし、毎日夜怯えて過ごす必要もない。正直この中で一人で生きて行くのはお薦めしないわ。絶対に精神を壊す。見たでしょ、壁に囲まれたこの治外法権に置いて、政府は私たちに対して物資供給を行う際、ヘリなどを使って上空から物資の入った包みやコンテナなどを落とすの。それをポイントと言うのだけど、そのポイントには、物資が投げこまれると同時に、物資を求めて大勢の人間が集まってくる」
そうか、じゃあ僕があの時目を醒ました場所こそ、ポイントという場所だったのだろう。
そして人々はその物資を得るために、集まり、争いあっていた。
「供給される物資の中には、食料から衣類、さらには武器までいろいろなものが入ってる」
「武器?」
「そう。私のこの刀も、少し前に供給された武器の一つよ。この何も無い環境で、ナイフ一本、銃一丁の存在は、一億円よりも大事。なぜだか分かるわよね?」
言われるまでもなく、それは理解している。だって警察も法律も何も無い治外法権の力だけが物をいう世界で、武器は力そのものであるから。
素手の人間がナイフで脅されれば、黙って従うしかないから。
「でも君は今、何も持たない。一人であれば、ポイントに素早く駆けつけて、物資を早々に持ち去る他にないけど、残念ながらゴミ箱の中では既にいくつもの勢力が乱立してる。どこにポイントが現れても、そこにすぐに駆けつけられるように仲間を配置してあるわ。そして言わずもがな、そういったところは皆、武器を持っている。君みたいな何も持たない人間がそのポイントに駆けつけたところで、水一滴分け与えてはもらえない。ハイエナのように、彼らが取り忘れていった物資を運良く拾えるかどうかに賭ける毎日……でもそんな運は毎日続かない。三日も食料にありつけられなければ……」
餓死は必然だ。そんなこと、言われなくても分かっている。
「だからこそ、チームを組む、チームに属するというのはこの中で必要最低限の事になる。長々と説明したけれど、結局私は君を私のチームに引き入れたかったの。だから親切に状況を説明してあげたし、少しとはいえ食料を分け与えた。私の仲間になってくれるのなら、毎日の食料は保証するわ。どうかしら、決して悪い話じゃ――」
「断る」
「……え?」
差し出した手を彷徨わせ、ソウは唖然と口を固めた。
「ごめん。とても良い話だけれど。とても有り難い話だけれど。でも僕はチームに入る気は無い」
「……ど、どうして? 今の私の話を聞いてたの? 一人だと、君は何もできない。飢え死には目にみえてる!」
「そうだね。僕は一人でこの状況を打開できる力は持ち合わせていない。きっと、すぐに飢え死にするだろう」
「だったらどうして……」
「でもね、それでいいんだ」
そう。それでいい。
僕には、それがふさわしい。
僕は顔を上げ、一切の嫌味も何も込めず、ソウを見つめた。
「僕はゴミだ。政府からも、世間からも、そして僕自身も、それを認めている。どうしようも無く価値の無い、どうしようもなく不必要な、そんな僕だからこそ、こんなゴミ箱と呼ばれる場所に連れられてきた……だからね、ゴミはゴミらしくしていなきゃいけない」
みっともなく足掻かず。
みっともなく抵抗せず。
みっともなく喚かず。
「はっきり言って醜いよ。わずかな食料を求めて争い合うのは。僕はそこまでして生きたくはない」
「……どうしてそんなことを言うの?」
「受け入れろよ。現実を。僕らは所詮、誰からも必要とされていない、むしろ邪魔な存在なんだ。そんな僕らが醜く家畜のように生きる意味はあるのかい? ただ死にたくないという理由だけで、生きるなんて、馬鹿馬鹿しいとは思わないのかい?」
「本気で、言ってるの? 君」
「本気さ。本気も本気。だって僕らが生き延びてどうなるんだい。政府にゴミと認定されて、捨てられて、僕らに行く場所なんてないじゃないか。無駄に二酸化炭素を発生させるくらいなら、ぱったり死んで土に還るかライオンの餌になったほうが、よっぽど世のためになる。ゴミはリサイクルと相場が決まっている」
「違う! 私たちはあくまで試されているだけ! きっとこの実験が済めば、私たちはまた外の世界に出られる! じゃなかったらわざわざ食料を与えて生きながらえさせようなんてしない!」
彼女は、ソウは初めて焦るように、そう叫んだ。
だが彼女のその目をじっとりと見据え、僕は言う。残酷だろうがなんだろうが。
「無いね。僕らに人権なんてありはしない。そしてそんな僕らに、彼らは同情なんてしやしない。政府の人ははっきり言った。僕らは不必要な存在だ、って。だからせめてもの存在意義として実験動物として利用されているだけで、それが済めば殺されるか、次の実験に回されるだけ……僕らにゴールなんてない。あるとすれば、それは死ぬ時だけ」
「諦めるの? そんな簡単に……人生を!」
「そんな事を言える程、僕らは人生を頑張ったのかい?」
「――ッ!」
ソウの顔が、引きつった。やはり彼女もそうなのだろうか。
僕と同じ、無気力で無能な人間だったのだろうか。
「政府は人間という貴重なリソースを決して無駄にしないように、じっくりとゆっくりと、確実な判断の元に、ゴミかそうでないかを分別してる。僕ら人間ゴミは、ただ無能なだけではなく、その無能さをカバーするための努力すらも怠っていたんだ。だからこそ、世間に害しかなさない人間だって判断されたんだ。そんな僕らが、今更頑張ったところで、誰も褒め称えてくれやしない。むしろ殺虫剤をかけたゴキブリが最後の抵抗に思い切り走り出し隠れようとする不快感を憶えてる。笑ってる」
「そんなことは……」
「別にそれでいいならそれでいい。好きにすれば良いさ。僕は何も言わない。でもね、僕はいい。今更生にしがみつく事も、努力することも、したくはない。ゴミらしく、潔く死ぬよ。それが一番誰かのためになると思うから」
ソファから立ちあがり、こちらを睨み付けるソウに背を向ける。そして入って来た扉に向かった。
「待ちなさい!」
ちゃきり、と音がする。
背中越しに、ソウがその長刀を僕の背中に向けているのがわかった。
「勝手な事言って、偉そうになんなの?」
「何なのって、ゴミさ。君と同じ、人間ゴミさ。違うのかい?」
「そうよ。どれだけ言い訳したところで、私だってゴミ。ここにいる以上、言い訳の余地もない。でもね、私は生きたい。こんな所でも、生きていきたい! それが当たり前じゃないの!? 私何か間違ってる!?」
「間違ってない。それは人として当然の本能だよ。でもね、あまりにも遅い」
「遅い?」
「そう。それはね、もっと早く、僕らが捨てられる前に沸き立てるべき感情だった。僕らが生きてる間に……でも今の僕らはもう捨てられた。人じゃない。存在を認められちゃあいない。そもそも生きたいっていう感情自体が、間違ってる。強いて表現するなら、『生きたかった』……それだけだ」
「私たちはまだ死んじゃいない! 生きてる! 息をしてる!」
「生命体としてはね。でも人間としては死んでるも同然だ。だから――」
振り向き、その鈍く光る刀越しに、ソウを睨み付ける。
「僕はもういい。あえて言うなら、こんな僕に構ってくれてありがとう。でも僕はここで生きて行くつもりはないから。だからさようなら」
それだけ言い残し、僕はそれ以上振り返る事無く部屋を、診療所を後にした。
空は真っ暗で、森ももはや右も左もわからない。どこへ進めば何があるのか、見当もつかない。
でもそれは僕にとってどうでも良い事だった。
どこへ行こうが、何をしようが、僕がゴミで、ここがゴミ箱であることには変わりはないのだから。