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注:アカウント停止のご連絡(Lv1)  作者: イクラ
Lv1ー①
6/33

ようこそ肥溜めへ

寒いあかん

@E_cla_ss

 樹海の中をしばらく歩くと少し先に小さな建物が見えてきた。それは木々の中にはふさわしくない、コンクリの四角い建物で、高さは二階建てだろうか。

 彼女はそこを指して、

「着いたわ。ようこそ。私たちのホームへ」

 そう言った。

 ソウと名乗る少女はここに来るまでの間、終始何か警戒するように辺りを見渡していた。熊でも出るのだろうか。そう思わせるほどに警戒し慎重に歩き、そしてそう思えるくらいにこの樹海は深く険しく、人の気配が一切なかった。

 現状、十分ほど歩いてみたが、しかしここは樹海のど真ん中らしく、外の景色が一切見えない。そのため、ここが一体全体どのような場所なのか、それがわからない。修学旅行の時に行った、富士の樹海を思わせる雰囲気がある。であるから、僕は今この場所を富士の樹海だと予測している。

 そうだ。自殺の名所に捨てられたのだ。僕は。

 いや――ゴミは。

「何してるの。早くしないと陽が落ちるわ。陽が落ちちゃうとこんなとこ灯りなんて無いんだから1メートル先も見えない。そのまま道に迷って死んじゃうわよ」

 未だ彼女の死ぬだとか殺されるだとか言った言葉がなかなか僕の身体に浸透してこない。実際に刀を向けられたならまだしも、今僕の目の前を歩くのは服装以外は普通のただの可愛らしい少女であり、その歳の変わらない少女がそんな非現実なことを言っているのを見ると、それがどうにもおかしくて笑ってしまいそうになる。まるで日本がハリウッド映画を真似た作品を作って、そのCGの荒さと演出のヘタクソさに、学生の卒業制作のような違和感を覚えるように。

 彼女についてそのコンクリートの建物に近づくと、それがいかにも古びていて、人の整備が行き届いていないのがわかった。壁は薄黒く汚れぼろぼろに崩れ落ちてツタが巻きつき、手すりなどの鉄は既に赤くさび付いてしまっている。

「ここに、住んでるのかい?」

「ええそうよ。まさか暖炉付きのコテージでソファに座りながら紅茶でも飲めると思った? ここではこうやって雨風がしのげる場所があるだけでありがたいと思った方がいい」

 そう言いながらソウは扉の無い入り口をくぐり、建物の中へと入っていった。

 中はそれは予想した通り、同じように整備は行き届いておらず、外壁同様ボロボロに朽ち果てていた。臭いはしないが、同時に人が住んでいる気配も全くしない。

 入るとすぐ目の前に診療所の受付のようなものがあり、その右手には待合室のようなスペースと、汚らしい長椅子が並べられていた。並べられていると言っても。あるものは横転し、あるものは足が折れて傾いていたりと、そこもまた人の手が長年行き届いていないことがわかる。

「診療所、か何かかい?」

「以前は村の診療所だったみたい。もちろん今は医者なんて一人もいないけどね。今は私たちの隠れ家になってるわ」

 ソウは何となしにさらりとそう言ったが、しかしそこはいかにも(いわ)く付き物件のような場所で、人によってはとてつもなく面白みのある雰囲気なのだろうが、はっきり言って僕はここが怖くて仕方が無い。今にもホラーゲームが始まりそうだ。僕はホラーゲームはどうしようもなく苦手なのだ。

「大丈夫よ。何も出ない。幽霊なんかよりもっと怖いのは生きた人間よ。そっちに気を配った方がいいわ」

 特に君にはね。と僕が勝手に言葉を付け足す。

 そうこう言いながらも彼女は歩みを止めず、建物の奥へ奥へと入って行く。少し目を離せば見失ってしまいそうなくらい、ここは薄暗かった。

「村って言ってたけど、この辺りは村だったのかい?」

「もう少し南に下ったところがそう。今も昔の建物とかが残ってるわ。もちろんこの診療所みたいに朽ち果ててるけど」

「ってことは、閉村したってこと?」

「さあ」

 小気味よく返答してくれていたソウが、僕のその質問にそう曖昧(あいまい)に返答する。そして二階へ上がる階段の手すりに手を掛けたところで立ち止まり、

「ここは日本のどこか。でも日本のどの県のどの地域か、それは一切わからない。わかっていることは、かつてここには小さな村があり人が住んでいて、しかしそれは今はなくなっていて、そこに私たち、《人間ゴミ》は押し込められている、ということよ」

 《人間ゴミ》――それはあの白スーツの男が僕に言った、僕を称した言葉だ。

「じゃあ君も……?」

 僕の質問に、しかし彼女は答えずに黙って上へと登っていく。

 二階は住居のようになっていた。しかし灯りなど一切なく、薄暗い。一階のコンクリ塗れの様子とは打って変わり、一昔前の和風住居を思わせるような、そんな所だった。おそらくかつての診療所の医者が、ここに住んでいたのだろう。

 廊下が一本あり、その両サイドにいくつかふすまがある。しかしそのふすまはどれもこれも穴が開いていたり無かったりして、奥が丸見えだった。しかも廊下は歩く度にみしみしと音がする。

「気をつけて。そこのブルーシート、穴を塞いでるだけだから」

 言われて廊下の真ん中に堂々と敷いてあるブルーシートを見つめる。四隅を石で押さえてあり、その中心は凹んでいる。彼女の言った通り、そこは一階まで穴が開いているのだろう。ブルーシートがなければ暗くて見えなかっただろう。

 そこを避けるようにして進み、彼女は廊下の突き当たりの扉に手を掛ける。

 中は大きな一つの部屋になっていた。大きいと言っても十畳くらいのスペースなのだが、そこには下の待合室とは違い、比較的綺麗なソファやテーブル、そして不揃いな電気スタンドが一本だけ立ててあって、明るかった。そこはちゃんと人が住んでいる気配がする。奥にあと数部屋ほどありそうだ。

「電気はあるんだ」

「無いわよ。中に蝋燭(ろうそく)を立ててるだけ」

 彼女はそこへずかずかと家に帰ってきた時のように入って行き、腰から長刀の鞘を外し、並べてあったソファへと座った。

「貴方も座りなさい。ゆっくり落ち着いて話しましょう」

「はあ」

 少し警戒しながらも、僕は言われた通り彼女の対面のソファへと座り込んだ。

 するとその四角形に並べられていたソファの一辺に、ソウとは別のブロンドの髪の少女が毛布を被りながら気持ちよさそうに眠っているのが目に入った。むにゃむにゃと何か寝言を言っている。とても気持ちよさそうだ。

「ああ、その子は放って置いて。寝るのが趣味なの。別に急に君に襲いかかったりしないし、真横で喋ってても必要じゃない限り起きないわ」

 寝るのが趣味って……そんな問題か?

 別にそちらが良いのであれば僕も何も言わないが、少なくともこの場所には僕ら以外の人間もいることがわかった。

「それで、さっきの話の続きだけど」

 ソウがそう話し始め――どうでもいいがさっきからダジャレみたいで言いにくい――たのだが、彼女はソファに座って一見落ち着いているものの、いつでも手の届くように長刀を脇に置いており、僕は一向に落ち着ける気がしない。だからなんと言われようと隣で寝ているブロンド髪の眠り姫が、そのまま害の無い存在だと受け入れはできない。

「さて、どこから話そうかしら……君、ここ来る時、遠くに大きな山が見えたのわかる?」

「そういえば」

 一際大きな山がちょこんと遠くの景色に見えた。

「あれは火山なんだけど、その山を中心として、大体半径五キロ程度の土地が、《ゴミ箱》と呼ばれる土地。つまり私たちが自由に行き来できる土地になるわ」

「自由にって……その外はどうなっているんだい?」


「壁よ」


 それは期待を裏切らない、予想通りの答えだった。

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