今更ながら、ネタバラしって恥ずかしい
ゾンビゾンビゾンビ
ツイッター▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
汗が蒸れる。足が疲れている。
「ハア……ハア……」
僕は事を済ませて、物音しない診療所に帰ってきていた。
淡く霧が纏っている診療所は、一層と不気味な雰囲気を醸し出している。
「シュン」
するとその診療所の入り口から、ソウが顔を出した。
その姿にほっと胸を撫で下ろす。
「できたかい?」
「……できるだけは、ね。わかってる。約束も守った」
「そう。それは重畳」
彼女の表情を見るに、やはりそれは容易な事ではなかったのかもしれないが、それでもなんとか約束を守ってくれたことは、僕としては喜ばしいことだった。
「こっちだ! 見えたぞ!」
霧の向こうから声が響く。
そしてその足音から、それが僕らを追ってきた《オタカ帝國》の人間だとわかる。
「来たね」
「これからどうするの?」
「さあね……でもどうとでもするさ。そうするしかないんだから」
「いたぞ!」
声が近距離まで近づいて来て、足音が止まる。
診療所の敷地の入り口に、カイザーが現れた。酷く憤慨している様子で、見つけた僕を睨んでいる。
「やっぱりここかァ! シュン! てめえ俺様を馬鹿にしておいて逃げられると思ってんのか! ああッ!?」
「か、カイザー様」
「何だよ! うるせえな!」
「カイザー様!」
カイザーの背後からそうしつこく声をかける女に、しかしカイザーは銃口を僕に向けたまま、決して視線を外そうとしない。
「カイザー様……皆が、他の人たちが、いません!」
「……あァ?」
そう言われてやっとカイザーがゆっくりと見渡すと、そこにいたのはカイザーを含め、五人。カイザーに、男が二人。女が二人。
「他の奴らはどうした!? 二十人くらいいたはずだろ!」
「わ、わかりません! 霧の中で上手く視界がとれなかったので……」
「なんだよそれ、迷子になったってことか? 馬鹿にしてんのか!」
カイザーはその女性に銃口を向けた。女性は頭を抱えてしゃがみ込む。
「全員呼んでこい!」
「無駄だよ」
その会話に割って入るように、僕は声を飛ばす。
「何ィ?」
「無駄も無駄。無駄すぎるよ、イベリコブタ野郎」
あからさまな挑発。子供染みていたとしても、僕はそれを続ける。
「君たちの仲間は迷子になってるわけじゃない。皆逃げたのさ。自分の意志で」
「逃げた、だとォ?」
「そう。逃げた。もう少し明確に言うのであれば、僕らが逃がした」
「どういう意味だコラ」
自然と銃口がこちらを向く。
「単純な話だよ。霧の中で一人、ないしは数人ずつと僕らの方から静かに接触して、彼らを説得した。元々君たちの仲間は誰一人として、《オタカ帝國》なんてネーミングセンスゼロの無能集団に居続けたいとは思っていなかったんだから。彼らを説得して霧に乗じて立ち去って貰うことは容易だった」
「説得だァ? 何をどう説得したっつうんだよ!」
「簡単さ。君たち《オタカ帝國》……言ってて笑えてくるね。とにかく君たちをチームとして繋ぐのは共通目的でもなければ、リーダーのカリスマ性でもない。君たちをつなぎ止めるそれは、恐怖」
そう。彼らは皆怯えていただけにすぎない。
それが彼らの意志をつなぎ止め、そして嫌々チームを形成していたにすぎない。
「裏切れば拳銃で撃ち殺されるんじゃないかと言う恐怖。自分も公開処刑されるんじゃないかという恐怖。そして、一人では生きて行く自信がなく、誰かと一緒にいることで心の平穏を保てるという、孤立無援への恐怖。彼らはただがちがちに恐怖に縛られていたに過ぎない。チームのために、仲間のために、リーダーのために、なんて気持ちはこれっぽっちもない」
カイザーはそう言われて背後の仲間を見渡した。
しかしそれに対し、彼らは誰一人としてそうではないと言わず、下を向くだけだった。
「てめえら……!」
「どうして怒るんだい? 恐怖で仲間を縛っていた事は自分でも理解していたんだろう? もしかして、本当にカリスマ性とやらで仲間が集まっていると、そんな勘違いも甚だしい妄想を抱いていたのかい?」
「俺を、馬鹿にすんなッ!」
「……ほら。それだ。君は気に食わない相手にはすぐにそうして銃口を向ける。そうすれば皆黙るものね。君の言う事を聞くしかなくなるもんね……でも君は撃たないよ」
「あァ? 舐めてんのか?」
「事実を言っているだけさ。君は絶対に撃たない。そしてそれを君たちの仲間にも言った。カイザーは相手を脅すために銃口を向ける事はあっても、それを撃つことはまずありえない。だから君たちは怖がらずに逃げたらいい。どうせ逃げたって、カイザーは君たちを撃ちやしない。あのよく肥えたチキン野郎は、そんな度胸はありはしない――ってね」
カイザーは最大限に眉間に皺を寄せ、その引き金に力を込めた。
まるで撃たんといわんばかりに。
「そら。そこから君は引き金を引きやしない。何故か僕が言ってやろうか? 確かに拳銃は驚異的な武器だ。少なくともこの《ゴミ箱》において、絶対的な強さを持っている。でもね、拳銃は弾がなければ撃てやしない。そしてその弾は、無限じゃない」
「――ッ!」
カイザーの表情が、歪んだ。
「拳銃自体はそこにあっても、弾丸が無くなればそれはただの銃の形をした鈍器だ。カイザー、君はそうなることを恐れてる。運良く拳銃を手にしたところで、その弾が定期的に補充されるわけではない。限りある弾丸を撃ち尽くせば、そこで君の支配力は終わる。誰も君の言う事を聞かなくなる。それは困る。それが君は、怖かった」
「怖くねえよッ!」
反発するように、意地になるように、カイザーは僕の声に覆い被せるようにそう叫んだ。だが彼の額からは脂汗がじわじわと溢れてくる。
わかりやすい。
酷くわかりやすいよ、カイザー。
「俺様にゃあ他にいくらでもこいつらを言う事きかせるだけの武器はあるんだよ! 俺様はカイザーだぜ!?」
「ないね。君の倉庫には、他に武器らしい武器はなかった。それはソウが言ってる。そして予測するにカイザー、君のその絶対的な信頼を置く拳銃の残弾数は、ほとんどない」
「うるっせえよ! あるよ! 何十発も何百発も残してある! 残念だったなァ! 予想が外れて! それで撃たれないとでも思ったか!?」
「ふ、ふふ」
ついそんな笑いがこぼれてしまう。カイザーのあまりにみっともない姿に、笑いを堪えきれなかった。
「見栄を張るなよ、カイザー。それが嘘だってことはわかってる。君の顔は真実を見抜かれた事に、動揺を隠し切れていない」
「ッ!」
言われて、どんどん脂汗が滴り落ちる。
あまりに面白い。滑稽な様子だ。
「これ、これは……」
「心配性で小心者で臆病者の君は、その少ない弾丸を決して無駄に使いたくはない。だからこそそれで脅すという行為にとどまっているけれど、それでもそんな君が発砲するのは、決まって自分の身を守るときだけだ。仲間を守るために使うことは決してありえない。だって君にとって仲間は体の良い壁なんだからね。自分が安全圏にいるための壁。その壁の向こうから喚くか、その壁で時間稼ぎをして逃げる。その程度の存在でしかない……そう言ってやったら、皆納得してくれたよ。リーダーが銃を持っていたところで自分の身が安全になるわけではない。逃げたところでカイザーは決して銃を使って殺しにきたりはしない、って」
「そ、それだけで逃げねえよ! あいつらはな、集団の中にいる事に安心してたんだ! 安定した食い扶持をわざわざ手放すわけねだろ!」
「その通り、彼らは皆、孤立無援の恐怖も抱えてる。一人になれば今まで通り食物を得られるかわからないからね。集団で動いた方が確実だ……でもここで僕は魔法の言葉を使った」
「魔法の、言葉だァ?」
「そう」
もう皆、逃げたよ――って。




