みっともないったりゃありゃしない
カイザーの声を無視し、長刀を思い切り持ち上げて僕はそれを振り抜いた。
スパン――と、ソウを吊していた足の紐が斜めに切れる。
ソウは小さくうめき声を上げて、地面に落ちた。
その彼女に歩み寄ろうとした時、僕の身体に強い衝撃が走り、身体が前に倒れ込む。
「ぐっ……」
僕はあっという間にたくさんの《オタカ帝國》の人間に抑え付けられていた。
「てめえ、てめえてめえ! どういうこった!?」
そんな俯せに抑え込まれる僕に、カイザーは憤慨した表情で近寄ってきた。そして僕に対し、銃口を向ける。
「なあ兄弟! どういうつもりだってんだ? あァ?」
「……ふ。ふふ。どういうつもりもくそもないよ。カイザー様。いや、カイザー」
「あ?」
「いや、それも違うな。このイノブタ野郎」
そう目一杯いやみったらしく、僕は言った。
言ってやった。今までずっとため込んでいた事を。ついに言ってやった。
「な、にィ? 今俺様を侮辱したか?」
ぎりり、と歯ぎしりをさせ、カイザーはその銃口を僕に近付ける。
「僕の兄妹は家にいる妹だけだ。悪いけど君みたいな男と兄弟分になるなんて御免だね。あとカイザーって言う名前ダサイよ。中二病にもなれてない。小学生並のアイディアだ。副カイザーってなんだよ」
「お前、本気で言ってんのかァ!?」
「ぐっ……そ、そうやっていちいち語尾を伸ばすのも、馬鹿っぽいからやめた方がいい。育ちの悪さが垣間見えるよ。君、陰で皆に笑われてるの知らないのかい?」
「殺すッ!」
ガッ――と、カイザーはその汚い足で僕を上から踏みつけた。
「てめえ頭狂ってんのかァ? あァッ!? てめえが復讐した相手を、助けるって意味わかんねえんだよ! 殺したいほど憎んでるっつったのはてめえだろ!」
「憎んでたよ。殺したかったさ。でも実際そうやってみて、僕に残ったのは達成感でも優越感でもない、罪悪感だった」
「罪悪? そんなもん感じてここで生きていけねえんだよ!」
「そうさ。後悔しか残らなかった。犠牲になった人に、申し訳ないとしか思えなかった。君はそうやって気に食わない相手を殺して、それで満足かい? 気持ちが良いのかい?」
「ああ。最高だね。俺にとってここはゴミ捨て場じゃねえ。天国だ!」
「だったらやっぱり……僕と君は違うよ。同じ人間ゴミでも、根本的に違う。僕はそこまで、性根が腐ってやいない! あんな小さな子を殺して吊してさらし者にするなんて、人のやることじゃない!」
僕が叫ぶと、カイザーはにやりと嫌らしく笑い、
「……なんだよ。あれのこと怒ってんのかァ? まあガキ相手にやり過ぎたけどよ……でもあのガキも立派なチームのリーダーだぜ? そりゃあ抗争相手に勝利を宣言するために、ああやってわかりやすく血祭りに上げてやるのが、ここの習わしってもんだ」
「あの子は……テンちゃんは優しい子だった……あんな酷い仕打ちを受けるいわれはないんだよ!」
「なんだてめえ、泣いてんのか? がっはっはっ! 男のくせに情けねえ!」
ずるり、と僕は大きく鼻っを吸った。
「見ろよてめえら! こいつ今度は泣いてやがるぜ!」
カイザーの言葉に、僕を抑え込む男たちが小さく笑った。
「笑えよ……笑えよ! そうさ、僕は無様さ! 情けない男だよ! 悪になりきろうとしてもなりきれなかった、中途半端な男だよ! でもね、僕は人の死を見て平然としてられるような、ましてや笑ってられるような人間になんかなりたくないんだよ! 僕はそこまで割り切れないんだよ!」
どんなに嫌になったって。
どんなに憎く思ったって。
僕の心は常識を、道徳感情を、当たり前の優しさを、捨てられない。
「あの子を、テンちゃんを、僕は良く知ってる! だって、あの子は、僕を負かした天才少女だったんだから!」
「……何ィ?」
ソウが、カイザーが、そして他の人間たちが、僕を唖然と見た、
「知らないよね、皆……昔ちょっとテレビで注目された天才卓球少女なんて、顔を見てわかるわけがないよね……でも僕は一目見た時に気がついたよ。ああ、あの子だって。だって僕はあのニュースを何度も何度も見て、嫌でも頭に焼き付いていたから……こいつが僕の人生を狂わしたんだって、憎んでいたから……だから僕は初め、テンちゃんも一緒に殺したいとまで思った。死ねば良いのに、って本気で思ってた。でもテンちゃんの死体を見て、僕はびっくりするくらい悲しくなったんだよ。だってあの子も結局ここに捨てられた人間だったんだから……僕と同じくらい悩んで苦しんで、ここに辿り着いた人間だったんだから……僕の憎しみは、僕の復讐心は、結局弱者の僻みでしかなかったんだよ! あの子は恨まれ憎まれるべき人間じゃないんだよ!」
僕はそこで、自分が悪になりきれない人間だと悟った。
こんな事を平然と行える自分を逆に殺したくなったし、少しでもあの子に憎しみを抱いていた自分が恥ずかしくなった。
僕の心は、僕の悪事を許してはくれなかった。
「何でだよ! どうしてだよ! こうやらなきゃここでは生きていけねえだろうが!」
「生きていけるさ……死ぬまではね。僕は自分の人間としての価値を失うくらいなら、死ぬ方を選ぶ。自分に嘘をついてまで生き延びて、その人生に一ミリの価値もありはしない」
「人生? 俺たちゃゴミだぜ? そんな存在に人生なんてありゃしねえんだよ!」
「あるさ! ゴミかどうか、終わったかどうかを決めるのは僕ら自身だ! 他人に言われて、はいそうですかって納得できるほど、弱くなんかない! 人は他人に言われて物事を決定する存在じゃない! 自分で、自分の意志で、全部決めてかなきゃいけないんだよ!」
それを今更ながらに強く思う。
本当に、今更。
ただ別に説教するつもりでも、訴えかけるつもりでもなかったが、それでも僕の本音を聞いてくれた人たちにどこか通じるものが、刺激するものがあったのだろう。僕を掴んでいた人たちの力が、一瞬、弱まった。
僕はその瞬間を狙って抵抗するように身体を起こした。
そして再度抑え込もうとする人たちの制止を振り切り、ソウの元へと駆けつけた。
「走れるかい? ていうか走ってよね」
「シュン……」
「おい何してんだてめえら! さっさと捕まえろよ!」
カイザーの怒号に会話を中断する。
そして僕は長刀で相手を威嚇しつつ、ソウと一緒に後ろへ後ろへと下がっていく。
「ホームまで走るよ」
それを合図に、僕らは一気に後方の扉に手をかけて走り出した。長い廊下はそこから外に出られる縁側にもなっており、僕らはそこから本殿を抜け出て、森の中へと入っていく。
本殿の外はすぐに急な下り坂だ。転ばないように走って行く。
「シュン……君は……その、なんて言えば良いかわからないけど」
「いいよ。もうその話はよそう。とにかく今は逃げなきゃ」
後方から声が聞こえてくる。立ち止まれば即座に囲まれるだろう。
山を駆け下り、右に折れる。そして平らな道を突き抜けると、すぐに樹海が見えてくる。うねった木々に、陰鬱とした空気。濃く霧がかったその樹海へと駆け込む。
「これは、使えそうだね。ソウ、やれる?」
僕は預かっていた長刀をソウに返すために差し出した。
「どういう意味?」
「どういう意味って、これは元々君のだろう? それに、僕にはこれは扱いきれない」
「……いいの? 私は、また君を裏切るやもしれない」
「それは無理だね。だって僕はもう君を仲間なんてこれっぽっちも思っていないんだから。だから裏切るなんて事はできない。僕と君とは、この先ずっと敵だ、もはや解消の余地なんてない」
「じゃあ敵の私に塩を送るの?」
「それも違う。今は互いにこの場を乗り切らなきゃいけない。一時的な協定を組もうというわけじゃない。でも君だって今どうするべきが最善か、それはわかるだろう? そしてそのためには、力が必要だ。《黒塵ノ矢》だろう、君は」
「……」
最後にソウは僕と長刀を交互に見て、そしてそれを手に取った。
それとほぼ同時、声が響いてくる。《オタカ帝國》の人たちが近づいて来たのだ。しかしこう霧が濃いなら簡単に僕らを見つけられはしない。
「僕らが今からやる事は単純だ。そしておそらく、そう難しくはない……でも一つだけ、僕は我が儘を言いたい。このゴミ箱に置いて、最も愚かしい選択かもしれないけれど、それでも僕は言いたい。言わなくちゃいけない。そしてソウ、君はそれを守らなくちゃいけない。僕らのせいで犠牲になった人たちに、少しでも懺悔の気持ちがあるのなら」
あえて咎めるように言ってやると、ソウは何も言い返さず首肯してくれた。
僕はそれを真剣なものと受け取り、そして言った。今から僕らがやるべき事を。作戦を。
それに対し、ソウは、彼女は躊躇う事なく、もう一度強く頷いてくれた。
「さあ、行こう」




