悪いとは思ってる。思うだけだけど。
何度でも言う。寒い!
ついったー▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
「違うよ、ソウ。それは大きな勘違いだ。テンちゃんを殺したのは僕じゃない。君だ」
「何、言ってるの? 私が戻ってきたら、あの子はもう……」
「じゃあどうして彼女は殺されたんだい? 君も言ったよね。この《ゴミ箱》において、チーム同士の小競り合いは必然だって。そしてその抗争において、チームの勝敗を決めるのはリーダーとなる存在の生死」
「っ!」
「まるで今気付いたかのような反応をするなよ。ソウ。策士だなあ。そうやって僕も欺したんだね……そうだよ。抗争になった場合、リーダーであるテンちゃんの命が一番危険であることは明白。それでも君は、危険だと知りながら、テンちゃんをリーダーに据えた」
「それは、あの子が、やりたいって……」
「そうやってあの子のせいにしておけば、気兼ねなく危険な立場をしなくて済むし、何よりもしもの時の罪悪感も無いもんね」
彼女に僕の瞳はどう写っているのだろうか。
酷く醒めた、蔑むような視線だとして写っているだろうか。
「本当にテンちゃんが大事なら、リーダーの座は例えテンちゃんが喚いたとしても自分がなろうとするよね。一番危険な役割は、自分こそが全うしようとするよね。それこそたった十歳の子供に、そんな事をさせようとは思わないよね……結局テンちゃんは、君が殺したんだ。自分の命惜しさにね」
「い、いやッ! いやッ! いやッ! いやァァッ!!」
ヒュ――と、部屋の角に怯えて寄り添っていたソウの身体が一気に起き上がり、そして彼女の姿が消えた。
「悪いけど、遅いよ」
彼女の動きに注視し、彼女の突進、そしてその刀の一閃を避ける。ソウは驚いた表情で横にいる僕を見る。ここにきて、僕の目は随分と馴染んできたようだ。以前よりもっと、彼女の速度がゆったりと見える。
今のこの状況は、まるで初めての出会いの再現だ。懐かしいなあ。
あの頃は、本気で彼女と殺し合う事になるなんて思っても見なかったな。
僕がここまで人間として腐り落ちるなんて。
「うあァッ!」
慌てて、ソウは僕に長刀を振るった。まるで獣だ。
だがしかし、その長すぎる刀はこんな狭い部屋では振るえない。案の定、彼女の刀はコンクリートの壁に当たって、止まる。
その事を把握しきれていない彼女に、僕は彼女の身体を捕まえようと手を伸ばした。
「近寄らないでッ!」
僕の手に掴まるまいと、ソウは反射的に身体を後ろに引いた――が、彼女の瞬間的な移動術は人間のそれを遥かに超える。そのため、その動きを彼女の人間の範疇でしかない能力では制御しきれない。
「うッ!」
案の定、彼女は勢い良く後ろに下がったものの、そのあまりの速度に身体を止めきれず、後ろの壁へと激突した。そしてぐったりと、顔を下に向けた。
「ソウ、君のその速度は驚異的だよ。そこから振るわれる斬撃もね……でも僕はずっと見ていて思っていたんだ。きっと君はその速度を自由に扱えないんじゃないかな、って。つまり君は、君の速さは一定以上の距離を直線的に進むだけの単純なものにすぎないっていう事だ。矢という二つ名はそれを見事に表現している。言い出した人間がそこまで考えていたかどうかはわからないけれどね。でも君はまさしく矢のとおり、一直線に、定めた場所に着弾する事しかできない。途中で曲がったり、一、二メートルの短い距離を早く移動することはできないんだ……その証拠に、君は怯えながらも冷静にこの部屋の一番角に位置を取っていた。何故ならそこが入り口と一番距離が取れるから。ある程度の距離がないと、君は瞬間的な速度で移動できないから。当たってるだろ?」
ソウは驚いていた。僕自身二割ほどは確信まで足りなかったのだが、彼女の顔を見て十割の確信を得た。
「僕は君のその移動力を封じるために、遠回りな作戦を立てて、この狭い部屋に君を押し込めた。ここなら、僕は君を倒せるから」
「な、舐めるなァ!」
ブオン――と角に追いやられたソウは、それでも諦め悪く長刀を僕目がけて振るってきた。でも碌に構えもせず、速度もない重々しい刀の動きなんて、蚊が止まっているかのようにしか見えない。
「報いを受けろ。ゴミ野郎」
ガシリとソウの顔面を掴み、僕はそのままその頭を壁へと打ち付けた。
低いうめき声がソウから上がり、彼女は力を無くしたように床へとへたり込んだ。カラン、と長刀が床へと落ちる。
「残念だったね。僕さえ死んでれば完璧だったろうに。でも君が囮にと選んだ僕は、もしかしたらこの《ゴミ箱》の中で、唯一最悪な選択肢だったのかもしれないね……ま、もう聞いてないか」
力を無くし意識を失ったソウから、長刀を取り上げる。
そして彼女の首にかけてあった《青の鍵》を思い切り握りしめ、
「返して貰うよ。これは、カイザー様のものだ」
ぶちり、と僕は彼女の首からそれを奪い取った。
「す、すげぇ! ほんとに《黒塵ノ矢》を一人で倒しちまったぞ!」
ようやく静かになったと思ったら、今度は背後からそんな声が飛んでくる。
振り返るとそこには部屋の外に待機させていた《オタカ帝國》の仲間たちが部屋に入ってきていて、こちらを騒然と見つめていた。その瞳にはどこか羨望のようなものまで感じる。
「約束通り、これで復讐は果たしたよ。あとは好きにして」
「あ、あの、この女はどうします?」
さっきまでため口だったのに、何故かいきなり敬語になった。
どこかもどかしい。
「彼女は……そうだね、まだ殺さないでおいて、ホームに連れて帰ってから、カイザー様の指示を仰ごう。《黒塵ノ矢》を討ち取ったとなれば、カイザー様の評価も《ゴミ箱》内においてうなぎ昇りだ。なんなら公開処刑をしたらより効果的だろう」
「そうっすね! わかりました!」
礼儀良く頭を下げられる。気分が悪いわけではないが、しかしこう他人から慕われるというのは、慣れない僕にはむず痒い以外の何物でもない。
勝利の余韻に浸りながら《オタカ帝國》の人たちはぞろぞろと診療所を後にしていく。
完璧な勝利だ。端から見ればたった四人の小さなチームを、大人げなく数で押しつぶしたように見えるかもしれないが、これは完全な作戦勝ちと言っていい。無駄に被害を増やす事もなかった。
診療所は以前の整った様相を壊し、物は倒れ、床は血にまみれ、見るも無惨な姿になり果てていた。
でもまあいいだろう。名残惜しいけれど、結局宿主をなくしたホームなのだから。
ふと、そこで僕は一つの扉を見て立ち止まった。
談話室の端っこに取り付けられた扉は、そう、屋外を通って屋上へと上るための扉。
僕は最後にとその扉へと進み扉を開け、ゆっくりと、物音一つしない屋上へと上がった。
「……」
そこは、そこだけは以前と何一つ変わりのない、静かで気持ちよく星空を望めるスペースが現存していた。
ただそこに、そんな物静かで美しい場所には不釣り合いな、そんな物が一つだけあった。
いや、不釣り合いというには早計だろう。
もしかしたらそれは、ある意味、至極卓越した芸術的センスの持ち主ならばマッチングしていると言うかもしれない。アバンギャルドな作風でむしろ美しいと、そう言うかもしれない。
とにかくそこに、その何も無かった屋上に、一本の十字架が立てられていた。恐らく木で作った、手製の十字架だろう。雑な作りだが、それがまた異様な雰囲気を醸し出している。
その十字架は、逆さだった。上下逆さまの教義に反するような立て方。そしてその逆さ十字には、十字架の本来の有り様と言う様に、一人の人間が逆さに吊されていた。
おそらく両手両脚を縛る紐や、打ち付ける釘などが無かったのだろう。不細工にもその人間は、逆十字のてっぺんから垂らした短い紐に片足を縛られて吊されていた。
そしてその身体は風に煽られて右へ、左へ、と揺れている。
不遜で、生意気で、どこか横柄だったけど、でも無邪気で、年相応に笑って、そして僕に優しい言葉をかけてくれた、唯一の良心であったらしい、無垢なる幼女が。
揺れている。
ゆらゆら。ゆらゆらと。
「……なんだか、人の命って呆気ないよね」
きっと僕もこうなる予定だったのだろう。こうして何の意味も込められていない、ただかっこいいからという馬鹿の安易な考えで、逆さ十字に吊されて醜く変わり果てた姿をさらし者にされていたのだろう。
ただの、面白半分で。
「く、ぅぅ……」
どうしてだろう。
こうなることを願っていたはずなのに。こうしてやりたいと望んだのは僕なのに。
涙が止まらないや。
力が抜ける。地面に座り込む。
力は入らないのに、その逆十字で揺れる幼女の姿から目が離せない。
「ごめん……ごめんよ……」
本当に、ごめん。
――テンちゃん。




