辱められてなんぼだよね。仕方がないよね。
さむっ
ついったー▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
「う~……あ~……」
ゆらゆら。ゆらゆら。
まただ。また視界が上下逆さまになってる。
しかも今度はゆらゆらと左右に揺れている。
どうしてだろう。どうして僕はまたこんな状況に陥っているのだろう。
「よう。起きたか」
床一面木張りの古風な部屋の扉を開けて入って来たのは、カイザーだった。
さっきまでの、脂汗にまみれカイザーなどという名前を微塵も感じさせない焦燥感に満たされた表情とは違う、その名にふさわしい堂々と偉そうな態度だった。
まあカイザーと言うよりは、チンピラの親分と言ったところだが。
「おい」
「うっす」
バシッ――と、側にいた男が僕を思いきりゴルフバットで叩いた。
「うっ……ゲホゴホッ!」
逆さに吊られて防御も取れない僕の身体に容赦無く痛みが走り、血が地面に滴りおちる。
ボタボタ、ボタボタと。
「目え醒めたか?」
そんなことされなくても、元から醒めてる。むしろ眠くなった。というよりあの世に一歩近づいた気分だ。
「いやいやいや。正直俺様は誉めてえんだぜ? 俺様をあそこまで追い詰めた作戦は、見事だった。冷や麦かかされたぜ……」
冷や汗だ。
こんな状況でも彼の間違いには敏感に反応してしまう自分が情けない。
「何より俺を狙っていたお前が囮だったって事にな」
「……お、とり?」
「ああそうだ。俺はてっきりお前が俺の持ってる銃を狙って襲ってきたんだと思った。そしてお前も自分で言ってた通り、そう思わされてたんだよ」
僕が襲った時からは比べ物にならないほどに、カイザーは落ち着いた様子で語った。
たしかにこれだけ偉そうにしていれば、この雰囲気に欺されて従う人間もいるのかもしれない。
カイザーは僕の視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「でもお前の仲間の本当の目的は俺の拳銃でも、チームを壊滅させることでもなかった。あいつらはあの混乱に乗じて空になった納屋から、持てるだけの物資を奪っていった。武器、食料、衣類……普通は手に入れられない貴重なもんを根こそぎなァ」
「ち、違う!」
僕は溜まらずそう叫んだ。
「あいつらは……皆良い人たちで……僕を欺してたなんて、そんな……」
「あっはっはっ! めでたい奴だぜ! 欺されてまだ肩持つのかよ!? まだ信用してんのかよ! ばーかーだーねぇッ!」
唾が、息が、僕に吹き掛かり、不快にする。
「この《ゴミ箱》でいっちばんやっちゃなんねえ事は、他人を信用するってことだ! まさかちょっと優しい言葉をかけられて、情にほだされて、こいつらとなら一生仲良くやってけるぅなんて思ったんじゃねえよなァ!? こいつらのためになら命を賭けてもいいだなんて、思っちゃったんじゃねえよなァ!? ハハッ!」
「僕は……そんな……」
彼女たちを信じてる。信じていたい。
きっと何か手違いがあって、作戦を変更せざるをなかったんだ。
だから今度は僕を助けるために、行動を起こそうとしてくれているはずなんだ。
「あいつらが俺様から奪っていったのはなあ、《鍵》だ。きっとあれを盗むために、綿密に計画してたに違いねえ。そのための囮も探してたんだろ」
「《鍵》……?」
そういえばさっきもそんな事を言っていた。《鍵》……と。
「あ? 何だ? お前もしかして知らねえのか?」
「……?」
僕の表情を見たカイザーは、卑しく口角を上げて笑った。
「はっはっはっ! マジかよ! てめえほんまもんの馬鹿だなァ! そんな事も知らねえとは……そりゃあ欺されるぜ。いいカモだ!」
「な、なんの話だよ……? 《鍵》って?」
「うんうん。知りたいよな。自分が何のために利用されたのか、死ぬ前に知っときたいよなあ……お前、えーっと、名前なんだっけ?」
「……シュン」
「シュン? つまんねえ名前だなァ。何も残せずに死にそうな名前だ」
どんな名前だ。カイザーよりは幾分もマシだろう。
「なあシュン、お前、この《ゴミ箱》の入り口ってのは見たことあるか?」
「入り口……? いや、僕は、気がついたら中にいたから……」
「そりゃ皆そうだ。でもな、普通ここにいる人間はまず逃げようとして、ゴミ箱の端まで行ってみる。そこでここが巨大な塀に囲まれてることを知るんだ」
それは見なくてもソウから聞いた話だ。わざわざ確認するまでもない。
「でな、今度はその塀の隙間を探そうとするんだ。どっかから出られるんじゃないかって。でな、東の端っこに見つけるんだ。一枚の扉を」
「え……扉?」
「そう。扉っつっても馬鹿でかい門みたいなやつだけどな。そりゃあ入る方法があるんだから、出入り口があって当然だよな。でももちろん、その門は閉ざされてるわけだ。臭い物には蓋をしろとは言ったもんだ」
「まさか……それを開けるための、《鍵》……?」
にやりと笑い、カイザーは立ちあがって僕から離れていく。
「扉にはな、五つの鍵の差し込み口があるんだ。赤、青、緑、黄、そんで紫の五色。おそらくはその五つの差し込み口にそれぞれ対応する物をはめ込むと、鍵が開いてその扉が開く仕組みになってる……」
まるで本当に開けたかのように、カイザーは恍惚とした顔を浮かべた。
「そしてその扉の先は……自由だ」
「自由……そんな、事が……?」
ありえる、のだろうか。
僕らはゴミだ。社会に不必要な、いや、邪魔な人間ゴミだ。
そんな僕たちに、ここから抜け出すための手段が与えられているのだろうか。
それでは出てこいと言っているような物ではないか。
「《ゴミ箱》内にはおそらくその五色の鍵がバラバラに点在してる。言い換えれば、五つしか存在しない超激レアアイテムだ。しかもこの腐った地獄から抜け出すためのな。俺様はその《鍵》の一つ、《青の鍵》を持ってた。誰にもバレないように、盗まれないように、納屋の隅っこの隅っこに隠しといた……が、それがあの時盗まれてた。とりあえず物資を盗むつもりだったんなら、《鍵》は見つからねえ。これは最初から《鍵》を探してたからに違いない」
「じゃあ、あいつらは、皆、《鍵》の事を知ってて……」
皆の顔を思い浮かべる。無邪気な、年相応の女の子の笑顔。
でもあの顔の裏で、彼女たちは僕に決定的な事情を隠していた。それは言えなかったんじゃない。言うタイミングはいくらでもあった。
言わなかったんだ。
僕に、隠していた。
何故? ――そんなの答えは一つしかない。
僕に何の疑念もなく、囮になってもらうためだ。全力で、迷い無く、命がけで、僕はカイザーから銃を奪うために尽力した。銃弾も避けて見せた。
でも、ソウにとって、彼女たちにとって、僕が銃弾を避けようが当たろうが、どっちでもよかったのだ。カイザーを納屋からおびき出してあそこを無人状態にできれば、その後はどうなろうが、関係なかったのだ。
いや、むしろ銃弾に当たって、死んでいた方が好都合だったのかもしれない。死んで、余計な口を封じれれば、一石二鳥だ。
なんて愚かなんだ。
ソウの情熱的な言葉に欺されて、彼女たちの真っ直ぐな瞳に欺されて、僕は何の疑いもなく彼女たちの言う通りに動かされた。あの優しさも全て、今回の作戦のためだったのに。
元々僕は、囮としてしか見られていなかったのに。
「うぅ……く、そ……クソッ!」
「ハハッ。悔しいか? 悔しいだろうなァ……見事に欺されて、お前は俺様の怒りのはけ口にされる。お前を欺した奴らは今頃悠々とお疲れパーティーでも開いてる。その間お前は逆さ吊りの集団リンチ……だっせえなあ」
「うるさい! 僕は! 僕は……ぐぅっ!」
叫びだすと、横にいた男が容赦無く僕を叩いて黙らせようとする。
「まあ俺様的に、《鍵》のこたあいいんだ。別に俺様は外の世界に出たいとは思わねえしな。ここならこれ一つで、どんな人間にも勝てる。頂点に立てる」
拳銃を見せびらかすように掲げ、そしてそれをこちらに向けて、カイザーは撃つ素振りを見せた。
「でもこのままじゃ俺の気が収まらねえ。舐められたまんまで、終わるのは癪だ。クソどもが粋がり出す……だから俺様はお前を公開処刑することにした。ギッタギタのミソクソになるまでお前をいたぶって、殺す。覚悟しとけ」
そう吐き捨てるように言って、カイザーは部屋を後にしようとした。
「ちょ、ちょっと待って!」
でもそのカイザーを僕は呼び止めた。
反射的に、勢いで、僕の本能は彼を呼び止めた。
そして僕の中に渦巻くどす黒い感情を、それがいけないことだと理解しながらも、それでも今の僕は、もはやそれを止めるだけの理性が働いていない。
感情が、本能が、そうしろと語っている。
「確かに、僕が馬鹿だった……ちょっと優しい言葉をかけてもらって信用して、ちょっと頼りにされたらその気になっちゃって……今思えばなんて愚かだったんだろうって、そう思うよ」
「……だろうな。だから何だ? てめえは馬鹿だった。だから死ぬ。それだけだ」
だから、言った。
「僕は、復讐をしたい」
「あ?」
「僕はあいつらにやり返したいんだ! 僕に復讐をさせてくれ!」
僕は精一杯の気持ちを込めて、カイザーに叫んだ。カイザーはもちろん気分悪そうに顔を歪めた。
「お願いだ! このまま死ぬなんて絶対嫌なんだ!」
「あーうるせえうるせえ。気持ちはわかるけどよォ、お前は明日死ぬ。俺が殺す。これは決定事項だ。どうにかして生き延びたいのはわかるがよ、お前を自由にするつもりはねえ。そんでもって、復讐なら俺が済ます。《青の鍵》を持ってる奴を見つけ出して、同じように処刑する。だから――」
「それじゃあ僕の気が収まらないんだよッ!!」
叫んだ。めいっぱい力を込めて、怒りを込めて、生まれて一番というくらいの気迫を込めて、僕はそう叫んだ。
人間、死ぬ気になればなんでもできる。
「下心も何もない。隙を見て逃げ出そうとか思っちゃいない。僕は、僕の人生は確かにしょうもない、何も無いものだったけれど。ゴミで終わる人生かもしれないけれど。でもこのまま侮辱されたまま死ねないんだよ! 僕は自分自身の尊厳のために、やり返さなきゃ気が済まないんだよッ!」
だから頼む。僕に復讐させてくれ――僕は懇願した。
醜く蔑むべき男にこびへつらってでも、復讐を成し遂げたかった。
今はもう、あの輝かしかった彼女たちの存在も、憎しみ以外で見られない。
僕は例え疎まれようとも、醜い復讐者になってやる。その覚悟ができた。
ここで無様に生きて行く覚悟が……。
「復讐が終われば、僕も殺してくれていい……それなら何の思い残しもなく死ねる。だから頼むよ……僕に、人生最後の復讐をさせてくれよ……お願いします」
最後にそう、丁寧に頼んだ。
どうすれば僕のこの本気の気持ちが伝わるのか、わからなかったから。
そんな僕をカイザーは疑う視線で見つめ続けた後、
「なるほどなあ……お前さんの気持ちはわかった。でも――」
ドサッと僕を縛っていたロープが切られ、身体が地面に落ちる。両手は後ろ手で縛られているため受け身が取れず、小さく呻き声をあげた。
「ゴミにはゴミなりの、物の言い方、ってもんが、あるよなあ?」
「……ぐ」
両手を縛られた状態で、でも僕はなんとか体勢を起こし、そして――
「お願いします……僕に、死に行く僕に、最後の復讐をさせてください。カイザー様」
ごつり、とおでこを床に叩き付けるように、僕はそう懇願し直した。
これ以上ない最悪で最低な、僕の人生史上の最大の汚点と言って良いほどの行為。
でもこのまま、何もせずに死ねやしない。
この気持ちを抱えたまま、あの世に逝くなんて、悔しすぎる。
「いいねえ。底辺。俺様はお前みたいな馬鹿、嫌いじゃねえよ……だが、まだ足りねえなあ……」
そう言ってカイザーはその泥まみれの靴をこちらに一歩差し出してきた。その足とカイザーを交互に見て、僕は彼が今何を要求しているのか、わかった。
僕は今までの自分と決別するように少しだけ目を瞑って時間を作り、そして瞳を開ける。
ぺろり――僕はカイザーの靴を、その泥沼のような物体を、舐めた。
辛酸を舐めるという言葉があるが、それが幾何かマシな行為に思えてくる。まだ苦しい方がいい。これは屈辱だ。人として本当にやってはいけない、それこそ自身の尊厳を損なう行為だ。
でも、それでもいい。
今の僕には、もはやそんな小さなプライドにすがっている余裕はない。
ただ、この怒りを、苛立ちを、悔しさを、晴らしてしまいたかった。
復讐を、したかった。
「いいだろう。ただし、成功しようが失敗しようが、お前は殺す。それは覚悟しとけや」
「……」
悔しくて悔しくて、それでも僕は今この屈辱を耐えなければならない。
床からおでこを離し、ゆっくりと顔を上げる。
僕を舐めたことを、欺したことを、絶対に後悔させてやる。
――復讐だ。




