カモンピッグ!
アクアマン観たい
ついったー▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
陽が沈み、電灯の無い《ゴミ箱》が闇に飲み込まれた時、僕は暖かな蝋燭の光が包み込んでくれるあの診療所にはおらず、外にいた。
しかも診療所から随分と離れた、樹海を抜けた先。小高い丘の下にいた。
「ここが《オタカ帝國》のホームよ」
そうソウが言って、僕が前方を見ると小高い丘の麓に大きな鳥居があって、その脇に二人人間が立っている。見張りのようだ。鳥居の奥は階段となっており、おそらくその山の上が、神社になっているのだろう。
山の麓に警備は彼らだけらしく、僕ら――ソウとインちゃんオンちゃんと僕。テンちゃんは相変わらずお留守番だ――はその入り口からぐるりと九十度ほど横に回って、その道もない所から丘を登り始めた。
「警備って言ってもザルなもんだね」
「言ったでしょ。彼らは所詮有象無象の集まり。恐怖で縛られただけの愚か者。人生ゲームの車に乗せる棒と大差ないわ。チームワークなんてものは皆無だし、トップのカイザーにもそんなものを統率する能力もカリスマもありはしない。だからこうして容易に隙をつける」
山を中腹まで登った所で、今度は向こうに火の灯火が見えた。どうやらそこは本殿に続く階段の中間地点のような場所で、かつての建物がいくつか建ち並び、それなりに大きなスペースとなっていた。そこにも数人の《オタカ帝國》の兵隊がいて、ただ姿勢良く警備してるわけでもなく、地面に座って談笑したり、石を投げたりして遊んでいる。
「本当にザルだね」
「むしろサルね。怖いのは人数だけよ」
確かにそれでも彼らの数はこちらよりも遥かに多い。ソウ曰く全部で三十人くらいと言っていたから、まだ上に二十人以上は残っているわけである。それならこの程度の緩い警備でも、生半可な人間じゃ本殿まで辿り着けやしないわけだ。
誰も命を賭けてそこまでしようとは思わない。
「じゃあ作戦通り、私はここで反対側に回るわ。合図を待って」
そう言ってソウは僕らから離れて行く。
この場に残されたのは僕とオンちゃんと、インちゃんだ。暗いからインちゃんの姿をたまに見失ってしまう。
さて――と、僕は気を引き締めた。
これから始まる下克上に、僕はらしくなく身震いを憶える。
「来た」
すると僕らの前方から、モクモクと煙が上がり始めた。そしてかがり火ではない、別の火の明かりが、反対側の山の茂みから見えてくる。
そして――
「か、火事だッ!」
そんな聞き覚えのある声が響き渡る。
それは誰でも無い、ソウの声だ。彼女が僕らの反対の山の茂みからそう声を上げたのだ。
しかしそれがソウだと知るのは彼女の仲間である僕らだけで、その場で警備をする《オタカ帝國》の人間は、身内の誰かがその声を上げたのだと思い込み、焦り出す。
声は聞こえないが、明らかに動揺しているようだった。
「よっし、行くよん」
そう言って、今度はオンちゃんがポッケから取り出したのは、ネズミ花火だ。
彼女は手持ちのライターでそれに火をつけ、そしてそれを僕らの左方面へと思い切り投げた。数秒後、ネズミ花火の破裂音が響き渡り、その音に驚いた《オタカ帝國》の人間が、こちらを振り向く。
「シュンちゃんよろぴく」
そう合図をされ、僕は大きく息を吸った。
「ああッ! て、敵だッ! 撃たれたァッ!」
顔を真っ赤にしながら、僕はそう叫んだ。誰にも聞こえるように。
ソウがたてた計画はこうだ。
統率のとれていない有象無象の集まりである《オタカ帝國》の人間たちは、突然起こった出来事に対して、適切な行動が取れない。だって指示する人間と、マニュアル化された動きが無いのだから。
それ故、夜の誰もが気を休める時に突然奇襲されれば、すぐにその平静を乱す。しかもその相手が見えないとなれば、なおさら焦りを募らせる。それがソウが放った火だ。
突然の火事に、彼らはどうしたものかと迷い果てた。
さらにそこに追い打ちをかける。僕らはネズミ花火を使って、彼らが最も恐れ、その潜在意識にすり込まれてしまっている『銃声』を、再現した。確かにネズミ花火自体、本物の銃声と比べれば遥かにしょぼい、聞き分けられる音なのかもしれない。
だがそこで、僕が大きな声を上げる。
敵だ。撃たれた――と。
そう言われては、彼らは先程の破裂音を、銃声だと思わざるを得ない。そして先程の火事も、銃声も、全て敵が攻め込んできた証となる。
冷静になれば、よく考えれば気付けるくだらない策かも知れない。でもそれでも、彼らは有象無象。ただの立っているだけの、駒だ。
それ故精神的に煽られた彼らが取る行動は――現状からの逃走。それしかあり得ない。
彼らはカイザーに忠誠を尽くしているわけではない。護るべきは、何より自分の命だ。目に見えない敵。適うはずもない銃を持った相手。彼らの意識の中では、僕らの存在は勝手に肥大化され、絶対に適わぬ強敵となりはてる。
それ故、逃げる。
ホームも、仲間も、そして主君もかなぐり捨てて、まず自分の身の安全をはかる。
「完璧だね」
あっという間に僕らの視界の先にいた数人の兵士たちは、山を下りるようにして逃げ去っていった。
ただそれでも、ソウの放った火は勢いを殺さず、まだネズミ花火の破裂音は定期的に響いていた。本殿で眠っていたチームの本隊だろうか、彼らの何人かが山の中腹へと降りてくる。
「にゃっ。動いた」
ずっと耳を澄ませていたオンちゃんが、そう言って僕を見た。
いよいよ本丸が動き出した、と僕らはその場からようやく動き出す。目指すは山のてっぺん。カイザーが眠る、納屋だ。
背を低くし、暗闇に紛れるようにして移動し、すぐに僕らは本殿を見渡せる山の上部へと辿り着いた。本殿の入り口からは、中で眠っていたのだろう《オタカ帝國》の人間たちが、巣を攻撃された蜂のように出入りしている。
彼らはソウが鳴らす音と火に、戸惑うように右往左往していた。
これも作戦の内で、ソウは彼らの意識を僕らとは反対側に反らしてくれている。そしてその反らされた意識の中、インちゃんが僕らを隠してくれていた草木からその身を前へと出した。
なんともおそろしい肝っ玉少女である。例え意識がこちらを向いていなかったとしても、辺りを注意深く敵を探す彼らの前に、堂々と顔を出すのは気が引ける。
でもインちゃんはそんな事はお構い無しに、するすると進んで行き、そして僕らの目的地であるカイザーの眠る納屋へと近づいた。そして彼女は手に持っていたネズミ花火に火をつけ、それを納屋に向かって投げた。
パアンッ――と、納屋の後ろから聞こえた破裂音に、納屋を守るように警戒していた人たちが、一斉に視線を向ける。
「出てくるよ」
オンちゃんがそう言って、僕は納屋の入り口を注視した。
そこから出てきたのは、カイザーだ。性格のねじ曲がったような顔、こんな《ゴミ箱》という食料の少ない地で誰よりも肥えた身体。チームのリーダーなのに誰よりも慌てふためき、納屋を警護してくれていた女の子にしがみつくようにして喚く小さな心。
そのどれもが、醜い。
パアンッ、と再度彼らの近くで破裂音が響くと、カイザーは恐怖に身を縮こまらせ、その懐から拳銃を取り出した。
そして警備の女の子たち三人をまるで盾のように自分に纏わり付かせ、一目散にその場から逃げ出した。
「作戦通り……オンちゃん、よろしく」
ここまでは作戦通りだ。彼らを精神的に徹底的に煽り焦らせ、絶対安全の場所で眠るブタ野郎を納屋からあぶり出す。
そしてカイザーが逃げだした所を、オンちゃんの耳を使って、追跡する。
「こっち」
その歩みを一切止めることなく、淀みなく彼女は進んでいく。
そしてその先、団子状態になって逃げようとしていた、カイザーとその警備の女の子たちを発見する。周囲には他にだれもいない。
でもまだだ。まだ僕は出るわけにはいかない。カイザーを、あのブタを孤立無援にしなければいけないのだから。




