ネーミングってその人の知性が現れるよね。
はよ春きて
ついったー▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
「この《ゴミ箱》と呼ばれる場所の概要は、大体全部話したわよね」
以前得たのだろう、お菓子のポッキーを口に放り込みながら、ソウが言った。
まるで女子の家で行われる女子会のようだ。そわそわする。
「えっと、ここは政府に人間ゴミと認定された人たちが放り込まれる場所で、政府によって何かしらの実験場となってるって事だよね」
僕は教えられた情報を、整理するようにそう話し出す。
「《ゴミ箱》の範囲は中央の火山を中心に約半径五キロの大きさ。周囲は塀に囲まれていて出られない。政府は一日に一度だけ大量の物資をヘリで運んできて、《ゴミ箱》に投げ入れる。それを内側の僕たちは半ば命がけで奪い合ってる……ってことは聞いたよ」
「そう。そして《ゴミ箱》内では、安全にかつ確実に生き延びていくために、チームを形成するのが通例で、こうして私たちもチームを形成している。それも今日で五人になった」
僕は皆を見渡し、彼女たちが微笑み返してくれるのを見て、こくりと頷いて返した。
「これからもこうして、願わくば私たちが寿命で息を引き取るその時まで、このまま楽しく仲良く暮らしていけたら……皆がどう思うかは聞かないけど、でも私はそれはそれで悪くない人生じゃないかな、なんて思う」
「……そうだね。それはそれで、良い人生なのかもしれないね」
誰も言わなかったので、僕がそう賛同の言葉を吐く。それが正しかったのかどうかはさておき。
「でも残念ながら、《ゴミ箱》はそんな安穏とした考えを許してはくれない」
だが残酷に、彼女は、ソウは言った。
「大げさに表現するなら、この《ゴミ箱》は一つの世界と言えるわ。何もなかったただの広大なスペースに、人が投げ込まれ、チームという群れを成し、縄張という国を形成する。そして各国は各国独自の政治を用いて国を統率し、安定を図る……でもそこに一つの世界があれば、必然そこには今まで人類が歩んできた歴史と全く同じ事が起こりだす。そう、それは一人の暴君による、一方的な侵略」
「……侵略? 誰かが縄張を広げようとしているってこと?」
こくり、と彼女は頷いた。
「ここには娯楽も何もない。政府は武器や食料は与えても、決して娯楽品を与えてはくれないわ。それだけこの《ゴミ箱》にはやることがない……となれば、自分が持つ縄張を、チームをより大きく、強固にしよう、いえ、そうしてみたいと興味が働くのは当然。今この《ゴミ箱》には、五大勢力と呼ばれる大きなチームが存在するわ」
「5……? そんなにあるのかい?」
「ええ。一つは《ダスツ》。自らをゴミ集団と自嘲する、《ゴミ箱》の北部を縄張とする、実力武闘派集団よ。トップが元暴走族か何かのリーダーで、チームの一員も同じような社会的はみ出し者、つまりチンピラやヤンキーといった類いの男達で固められている」
「……なんだか、怖そうだね」
「ただ彼らは基本的に領土を広げようとか、《ゴミ箱》を統一しようとかいった野心はあまりなくて、ただ純粋にリーダーのカリスマ性に惹かれた奴らが集まってできたチームなの。だから無闇矢鱈と誰かを襲うわけでもないし、彼らなりの仁義ってのがあるらしくて人徳に反することも嫌うわ」
「映画版チンピラって感じだね。イメージだけれど」
ソウはテーブルの上をゴミ箱と見立て、その一カ所をポッキーでさした。
「そしてその《ダスツ》と並び、《ゴミ箱》北部で彼らと啀み合ってるのが、《八熊組》。これも《ダスツ》と似たような武闘派集団の集まりなんだけど、彼らと違うのは恐ろしく統率の取れた軍隊のようなチームだって事。彼らは常に隣り合う《ダスツ》と緊張状態にあって、今は互いに牽制しあうのに一杯一杯。隙を見せたら飲み込まれるからね。それに《八熊組》の理念は、この《ゴミ箱》内に一つの安定した国を作り出す事で、今以上のチーム拡充は望んではいない。今は地盤固めに力を注いでいる」
「ところで口を挿むようで悪いんだけどさ、チーム名ってのは役所に申請しなけりゃいけないわけじゃないんだよね?」
「そうよ。これは彼らが自分で名付けて自分で名乗ってるだけ」
「ならよかった」
すまない、と僕は話を続けるようにソウに示した。
今度ソウは、テーブルの左端、つまり地図にして西の方をさした。
「そしてゴミ箱西部に拠点を構えるのが、《京阪神及び名古屋連合》」
「ちょっと待った。いきなり地域的なしがらみを感じるネーミングになったね」
「これはいろいろ面倒なしがらみがあるの。そもそも彼らはいわゆる関西人というカテゴリーの人たちが寄り集まってできたチームで、彼らは一度結束すると固く強い。しかも一方的にこっち、つまり関西以外の関東人なんかを敵対視していて、信用していない。そのため自然と彼らは寄り集まっていってチームを大きくしてたんだけど、その時の名前は《京阪神連合》。つまり関西を代表する京都、大阪、兵庫の神戸市、その一文字ずつを繋げた、所謂関西を前面に押し出したチームという意味の名前を称していたの」
「ほうほう」
「でも少し前に、小さな扮装があったらしくて、その《京阪神連合》に、今度は名古屋を中心とするチーム《チームシャチホコ》が合併されたのよ」
「よし。もう名前に関してあれこれ言うのはやめよう。諦めた」
「その際互いに納得のいく形でチーム名を変えるという話になって、結局《京阪神及び名古屋連合》っていう、なんとも言いにくいお役所仕事みたいな名前になったわけ」
ソウは喋りつかれたのか、脇に置いていたペットボトル水を、口に含んだ。
「でもま、ここはここで、自分達の縄張で籠もって静観を保っているし、何より上と下を二大勢力に囲まれているから、これ以上縄張を広げようもない」
「北はさっきの《ダスツ》と《八熊組》だよね? じゃあ南は?」
「それが次に言おうと思っていた、《黒色旗》と呼ばれる四つ目の勢力。その名の通り、黒い旗をシンボルとして掲げるチームで、その意味は――」
「政府への反抗、ってこと?」
ソウの言葉を奪い、そう言ってみる。
「その通りよ。政府の人間は白い服を纏っていたでしょう? だからそれに反抗するという意味で、黒色をチームカラーにしている。彼らのチーム理念は、政府への徹底抗戦。いつの日か自分達をこんな所に押し込めた政府の人間に、一泡吹かせてやろうと、その機をうかがってる……その理念もあってか、ここが《ゴミ箱》内で一番大きな勢力になるわ」
「なんて言うか、一番危険そうなチームなんだね」
「いいえ。言葉にすれば確かに危険思想の凶悪なチームに聞こえるかもしれないけど、実際ここが一番チームとしてまとまっていて、危険性の少ない信頼できるチームなのよ」
「そうなのかい?」
「ええ。ここのリーダーは女の人でね、反政府の信念の元、彼らの思惑通りになるまいと、この《ゴミ箱》内において治安維持活動を行ってる。彼女たちにとって、この《ゴミ箱》内の人間は敵ではなく、皆が味方なのよ。皆が政府に立ち向かうための同士。いつか皆一つになって、政府の人間たちと戦うんだと理想を抱いている」
「幻想だね」
「とは言うけどね、でもその信念が、今の《黒色旗》という一番大きな集団を生み出したことは紛れもない事実。彼女たちのおかげもあって、基本的に南部は争いごとも少なくて落ち着いてるわ。余った食料なんかは何も取れなかった人たちに配るっていう慈善事業までしてるみたいだしね」
「それは凄いね。素晴らしいことじゃないか」
「でも言い換えれば、初めは自分達で物資のほとんどを持って行くってことよ。その数にもの言わせて、物資のほとんどを作業的に運んでいく。その中で必要なものは全て懐に。要らないものだけを他の人間にあげてるだけ。どうせ捨てるものなら、分け与えた方が好感度も上がるって寸法よ……」
何か恨みでもあるのか、ソウは苦虫を噛みつぶしたような表情を作った。
「それでここからが本題。《ゴミ箱》東部。つまり今私たちがいるところだけれど、ここは代表するチームが何か存在するわけじゃあなかった。何故ならここは、新入りの入場口でもあったから。《ゴミ箱》に入れられた人間はまずここで目を醒ます。それ故変化も激しいし、何より安定した基盤を作りにくかった。だから大きな勢力は皆東部以外へと移っていって、この辺りは多数の小さなチームや個人が蠢き合う雑踏地となりはてた」
「なるほど……あれ、でもじゃあ五大勢力の五つ目は?」
「でもここ最近、この東部に縄張を持つ、一つの勢力が頭角を現しだした。それがシュン、君も良く知る《オタカ帝國》よ」
その名を聞いた瞬間、僕の塞がったはずの傷口が、確かに悲鳴をあげた。
僕の痛めつけられた身体は、その痛みを忘れてはいなかった。
「これが五大勢力と呼ばれるチームの最後の一つ。そしてこの《オタカ帝國》こそが、今私たちのような小さなチームの首元にまで腕を伸ばしてきているの」
「というと?」
「先に紹介した四つの勢力は、自分達の理念の元に、独自のルールを設けて勢力を意地している。彼らのトップはあくまで無駄な争いを好むわけではないから、危険性は少ない。でも《オタカ帝國》の自称カイザーって男は違う。あれは完全な世界統一を目論む独裁者よ」
ぽきり、とテーブルを指していたソウの持つポッキーに力が入り、折れてしまう。その折れたポッキーを、横で眠っていたオンちゃんが一瞬にして拾い上げて食べてしまった。抜け目ない。
「絵に描いたようなクズ人間であるカイザーは、手にした銃をひけらかしてまだ右も左もわからない新入りをターゲットに仲間に引き入れ、恐怖で縛り上げている。欲のとどまる所をしらないあのブタは、次から次へと周囲の人間を取り込んでいって、ますます肥やしを得ていく。そしてその魔の手は、私たちのすぐ側まで来てる。彼らは辺り一帯を支配しようと、目の前の敵を全部潰していこうとしている」
あの時、彼らに掴まった時の光景が、フラッシュバックする。
絶対にあんな思いはもう二度としたくない。あんな独裁者の下に、つきたくはない。
「私たちに人権は無いけれど、でも自由に生きたいという感情だけは誰にも否定はできない。例え神様だろうがね。だから私は抵抗する。自分を、そしてこのチームを護るために」
「それは、《オタカ帝國》と戦うってこと……? たった五人で?」
「確かにあまりに数的不利。まともにぶつかれば一瞬で踏みつぶされるわ。そんなのわかってる」
「じゃあ何かい? 他のチームに助けを請う、とか?」
「信用すべきはチームだけ。他のチームに頼るとかいう考えは、致命傷に繋がるわよ」
じゃあどうするんだよ、と僕は急かすように尋ねた。
「暴君による独裁国家において、往々にして国民は一枚岩ではないわ。そうでしょ?」
「確かに、皆不満を抱いてるようではあったけど……」
「そう。そして私たちは、そこを突くの。彼らを縛り上げる一本の紐を切り落とすことで、元々嫌々無理強いで縛り上げられていた人たちは、一気に瓦解する。私たちはその一本の紐を切ってやるだけでいいの。それにたいした力はいらないわ」
「だからその一本の紐ってのはなんなんだよ?」
「彼らを縛り上げるもの、それは恐怖。そしてその恐怖の対象は何?」
「……」
少し考えようとして、しかし考えるまでもなく、すぐに僕は気付いた。
「拳銃か」
ソウは正解だと頷いた。
「つまり今回の作戦は、《オタカ帝國》のカイザーの持つ拳銃。それを奪い取る――もしくわ破壊すること」
冗談だ、と言って欲しかった。でもその言葉は彼女からは漏れてはこなかった。
仕方が無い、と僕は尋ねる。
「本気で言ってるの? あいつから拳銃を奪うなんて……常に肌身離さず持ってるよね、きっと」
「もちろん。カイザー……ダサイけどわかりやすいからからこの呼称で統一するけれど、彼は二十四時間、肌身離さず拳銃を懐に持ち歩いているわ。まるで三国志の玉璽のようにね。それがこのゴミ箱で生きて行く上で最大の武器であり、最大の価値であることは誰にも明白なんだから」
「だよね。しかも彼は五大勢力の一つと呼ばれる程の強大なチームを持っていて、彼の周りは仲間が護っているわけだ」
「強大と言っても、数は三十人程度よ。まあそれでも充分脅威だけどね。でも他の五大勢力に比べれば、少数。しかも新入りや拳銃に怯えて頭を垂れるだけの、軟弱集団。付け入る隙は充分にあるわ」
「その付け入るための作戦は、もちろんあるんだろうね?」
「ここからが、その話になるわ」




