クソガキ注意報
やっぱ幼女!
ついったー▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
「救っておいて殺す気か!」
目が覚めて開口一番に、僕はソウにそう叫んだ。
「ごめんごめん。あんな簡単に気を失うとは思わなかったから」
ソウは苦笑気味にそう言った。
あいかわらず言いにくいなもう!
「しかして少年! ようこそ妾がホームへ!」
ソウの隣、そこに座る、小さな少女がソウの太腿に手を置きながら、そう凛と言い放った。それは先程、僕と池にて邂逅した、堂々たる幼女だ。
それにしてもさっきから古びたしゃべり方をする小学生だ。
「妾がホームって、そのテンちゃんもチームメイトなの?」
「む!」
僕の若干馬鹿にしたような物言いにむかついたのだろう、テンちゃんは顔をむっとさせて僕を睨んだ。
「チームメイトではない! ここは妾のチームなの! 妾がリーダーなの!」
「え? 冗談だろ?」
僕がそうソウに尋ねると、彼女は肩をすくめて見せた。どうやら本当らしい。
「え、こんな子供が? うちの?」
「むむむむむっ! 新入りのくせに礼儀がなっておらんな貴様! ほれ!」
そう言って彼女は、その華奢な手の甲を僕に差し出してきた。
「ここに接吻するが良い。さすれば貴様も、妾がチームの一員として認めてしんぜ――」
ガブリ。僕はその華奢な手を、思い切り噛んだ。容赦無く。
小さく丸く、美味しそうだったのだ。
「ぴぃぃッ!」
するとテンちゃんは、小動物のような声を上げて後ずさりし、噛まれた手を抑えてソウの懐に逃げこむように入った。涙目にこちらを睨んでくる。
かちゃり、としてやったり顔の僕のこめかみに、何か鋭いものが当たった。
瞳だけを移動させて見ると、そこに、ソウでもオンでもテンちゃんでもない、もう一人の女の子が立っていた。彼女はその手に持ったナイフを、僕にいつでも刺せるぞと言わんばかりに押し付けていた。その目はまるで人形のように死んでいる。
「やめて、イン」
緊張しきったその空気を緩めたのは、ソウの言葉だった。
言われるとインと呼ばれた少女は渋々その手を引いた。
「い、いつのまにそこにいたんだい?」
全く気配がしなかった。そもそも、この部屋を見渡したときに、他に人間はいなかったのに。
「その子はイン。彼女もうちのチームメイトよ。テンを中心に、私、オン、そしてインの四人がこのチームの構成」
「ほ、本気で言っているのかい? テンちゃんって、その子はどう見ても小学生じゃないか」
「年齢なんて関係ないわ」
「でも僕をリンチした奴らのチームは、確かに一番強そうな男がリーダーだった」
「……あそこはあそこ。うちはうち、よ。別にリーダーとして申請書を出さなきゃいけないわけでもないんだし。名目上リーダーってだけ。というか、この子がリーダーをやりたいって言っただけの話よ」
そう言って再度テンちゃんに視線を向けると、彼女はびくりと身体を怯えさせて、僕を涙目で見つめていた。先程手を噛んだのが、余程トラウマだったのだろう。最初に力関係をはっきりさせておいて良かった。
「君が捕まっていたチームは、この辺りでは有名なチームなのよ。その名も《オタカ帝國》。ああ言わないで。そのネーミングのダサさは私も承知済みよ」
なら良かった。ここの住人は皆、ネーミングセンスに難があるのかと思ったよ。
カイザーといい、帝國といい、随分中二病をこじらせたものだ。
「でもね、あいつらのやってることは帝国そのものよ。いわゆる独裁政治ね。トップの男は仲間に自分をカイザーと呼ばせてるんだけど、まるで自分が一つの国の王様のように振る舞っているの」
「確かにそんな感じだったね」
「でしょ? あいつは気に入らない人間を遊び感覚で殺して、好みの女を自分の側に置いて好き放題。まさに酒池肉林を絵に描いたような事を行ってるわ。ただ幸いにも頭の方がよろしくなくてね。皆あの男の事を陰で馬鹿にしてる。『酒池肉林、されど能無し』あの男を皮肉った言葉よ」
「でも何もできないんだね……銃を持っているから」
ソウはこくりと頷いた。
「そういうこと。あの馬鹿がどういう経緯でここに来たかはわからないけれど、でも皮肉にも神様はあの性根の腐った男に、このゴミ箱において最強とも言える武器を与えた。そのせいで、銃口を向けられてた人たちは即座にひれ伏し、あの男の僕と成り下がった」
それを僕は馬鹿にはできない。
だって僕だって、そうするに違いないから。拳銃の弾をよけれるなんて妄想、漫画の世界以外ありえないのだから。
「君みたいな右も左もわからない人間を見つけては、脅して仲間に引き入れるか、処刑と称して楽しみながら殺すか……言ってて気分悪くなるわね」
ソウは本当に気分を害したように表情を歪めた。
「まあとにかく、あの《オタカ帝國》から逃げることができたのは奇跡よ。感謝なさい」
「助けてとは言っていないけどね」
「帰る?」
「ありがとう」
速攻で感謝の意を述べておいた。
今更ながら、あんな場所にいたいとは思えない。
餓死ならまだしも、遊び半分の処刑など、苦痛以外の何物でもないのだから。
「ただまあ、ああいった男が処罰されることもなく、堂々としていられるのが、この《ゴミ箱》と言う世界なの。ある意味ああいう経験をして良かったんじゃない? その身に染みこんだでしょ。この世界の生き方って奴が」
「嫌と言う程ね」
「全ては力。力のみが物を言う。そのために私たちは、力を手に入れていかなくちゃいけない。誰もがひれ伏す、圧倒的な力を」
ソウは脇に置いていたその長刀を掴み、力を込めた。
「その刀は、どこで手に入れたの?」
「これはテンが持ってたの。でもこの子にこれは使えないでしょ? だからそれを私が使わせてもらう代わりに、私がこの子を守る約束をしたの」
「なるほど」
未だ僕を敵対心丸出しで睨んでいるテンちゃんを見る。
「それで、うちの所持武器はそれだけなのかい?」
うち――という言葉に違和感を隠しきれなかったが、間違ってはいない。
今から僕もこのチームの一員なのだ。
「うちはこの長刀と、さっきインが持ってたナイフ。それにさっき拾ってきたナイフの計三本の武器があるわ」
「三本……しか、だよね?」
「残念だけど、拳銃なんて圧倒的な武器、そうそう政府は支給してくれないわ。だってそんなものがたくさんあれば、このゴミ箱はあっという間に死体の山になるんだから。おそらく政府としては、私たちがどう生きていくのかを観察したいのであって、殺し合いをさせたいわけじゃ無いと思うの。そんな中でこうして武器を三つも所持してると言うのは、かなり有利な方よ。何も持ってないチームなんてごまんとあるし、持っていても鉄パイプとかバットとか、そういった一発で致命傷になりにくい打撃武器しか持ってない」
それでも充分に恐怖だが。
ただまあ確かに脅しの道具としては、刃物の方が遥かに有利だろう。一撃で死ぬのだから。しかもこんな場所で、切り傷を治療してもらえるような期待もできない。
「その中でこれだけ凶器を持っていれば圧倒的か……そう言えばソウ、君は変なあだ名で呼ばれてたね。キューピーとかなんとか。マヨネーズかい?」
「《黒塵之矢》。知らないわよ。いつの間にか他人が私につけた二つ名よ」
「随分なネーミングだね? どういう意味なんだい?」
「見たでしょ。私の動き」
「ああ、驚く程に速いよね。一瞬で間合いを詰めてた」
「そ。あれはまあ、私の脚が他人より強化されてるから、ああいった芸当ができるんだけどね」
陸上をやっていたから、と彼女はかつて言っていた。
ただそれだけで、身体を強化されてあんな芸当ができるというのは、政府の開発している新薬とやらは、相当凄まじいのだろうか。
「そうやって人を殺して物資を奪っていっていたら、いつの間にか私を見てそう言うようになったのよ。まるで矢のようだーって」
「あーなる……あ、下ネタじゃないぞ」
ぎろり、と睨まれた。テンちゃんはどういう意味なのか計りかねているようで、きょとんとしていた。あとオンちゃんが眠りながらくすりと笑ったのは気のせいだろうか。
「このチームでは特に私が前に出て戦う役なの。唯一と言ってもいいわ」
「じゃあ他の人たちは?」
「オンは異常に聴覚が優れてるから、主に索敵をしてもらってるわ。人が近づいてきたら寝ていても気付く。私たちの足音とか呼吸音なんかも把握してるから、見知らぬ人物は即座にわかるし、持っている物なんかもある程度はわかる。私たちは常に相手の先手を取れるのよ」
「それは、凄いね」
なるほど、それでオンか。つまり、音。
ソウも、おそらく『走』という字からきている。
「インは非常に気配が薄い。これはきっと新薬の影響とかじゃないんだろうけどね。ただ彼女は知っていなければ気付けない程に、存在感が薄い。知ってた? 今だけじゃなく、君がここに初めて来た時と、私が君を助けに行った時、ずっと彼女は同じ場所にいたのよ?」
「え……嘘でしょ?」
「ほんと。彼女はその能力を使って、主に偵察とかを行ってもらってるわ」
振り返る。まるでクリック&ドロップをしたかのように、突然彼女は僕の視界に現れる。気を抜けば見失いそうな程に希薄なその気配が、背筋が凍りそうな程に恐ろしい。
「とまあ、ざっくりこれが私たちの、そして君が今日から一員になるチームよ」
「こんな所に、僕なんかが……?」
ごくり、と生唾を飲み込む。
チームに入るというのをかなり簡単に考えていた僕だったが、しかしこれは相当な心の準備が必要そうだった。
僕にできることはなんだろう。
「よろしく」
そう挨拶しておく。新参者ならではの、礼儀と言うものだ。
「む! 駄目だぞソウ! 妾はこやつを仲間に入れることを断固反対する!」
そう言って、収拾しかけた話を、テンちゃんという馬鹿な少女がかき乱す。
このクソガキめ。
「でもテン。最初は別に良いって言ってたじゃない」
「やだ! やだやだやなの! 妾がリーダーだから認めないの!」
「でも……」
ダダをこねる子供をしかれない母親のようにソウが困惑する。
「まあまあ落ち着いてよ、テンちゃん」
僕は慌ててそうダダをこねる彼女を制す。
「じゃあテンちゃん、勝負するというのはどうだろう?」
「勝負? 何をだ?」
「ジャンケンさ。ジャンケンして、僕が勝てば僕を仲間に入れてもらう。君が勝てば、僕は大人しくこのチームを去る。どうだ?」
「ふふん! なるほどお主も勝負師よのう! あいやわかった! 妾がその勝負、受けてたとうぞ!」
「よし」
僕は腕を捲り手を出す。
「最初はグー! ジャンケンほい!」
「……ぐぬぬ!」
僕がパーでテンちゃんがグー。
「ふふん。じゃあこれで僕を認――」
「インチキだ!」
「何?」
「インチキだインチキだインチキなの!」
「テンちゃん、それは往生際が悪いよ……いや、わかった。もう一回勝負しよう」
「今度はちんぷんかんに負かせてやる!」
それを言うなら、こてんぱん、だ。
まあいい、と僕は再度ジャンケンし、見事テンちゃんを黙らせた。それでもめげない彼女に、何度も何度も、僕はジャンケンして、そしてその全てで勝ってみせた。
もはやぐうの音も出ない程に。
「うえぇぇー! インチキだー! インチキ虚弱やろうだー!」
とてつもなく酷い事をいって、テンちゃんはついに泣き出してソウの懐に飛び込んだ。
案の定ソウは僕を睨み付ける。
「何をした、虚弱野郎」
「待って待って。百歩譲って僕をインチキだと怒るのは分かるが、虚弱野郎って酷くない? 確かに引きこもりの虚弱体質だけどさ。それはしょーがないじゃん?」
人間ゴミなんだし。
「それだけ勝つとインチキだと疑われてもしょうがないだろう」
「そうだそうだぁ」
よしよし、とまるで姉のようにソウはテンちゃんの頭を撫でる。
ようやく泣き止んだのか、テンちゃんはこちらを向き返り、ソウの膝の上に座るようにしてこちらを見た。
「でもこれ認めてくれるよね。負けたんだし」
「やだ」
「いやいや、でも約束したじゃん?」
「やだ」
「……コノクソガキ」
笑顔のままそう言ったら、危険を感じたのか、テンちゃんはソウの服を掴むようにした。
その時ブオン、とソウがその長刀を僕に向かって横薙に振るった。
反射的に頭を下げてそれを避け、意味が分からないとソウを見た。
「テン、彼は反射神経が凄いんだ。充分戦力になるよ。だから彼を仲間にどうかな?」
「むむむ」
確かに僕の反射神経は人よりも強化されているのかもしれない。それを見てテンちゃんも考えを改めてくれるのかもしれない。
だがいきなり振るわないでほしい。反射的に避けたけど、避けれたけれど、しかし間一髪だった。もしかしなくても死んでいたかもしれないぞ、今の。
「わかった」
「テン」
「試験をしてやろう」
「……試験?」
僕は首を傾げる。
「そうだ。明日、ポイントから食料でも衣類でも何でもいい。持ってくるのだ! そうすれば妾はお主を仲間と認めようではないか!」
にっ、と快活に少女は笑った。
その顔が可愛い以上に、憎たらしくて腹が立った




