カイザー(笑)
よければぜひ
ついったー▶︎飯倉九郎@E_cla_ss
「う~」
ゆらり。ゆらり。
イキッて診療所を飛び出し、生意気に右も左もわからぬ地を歩き彷徨った結果、僕は捕まった。あっという間に拘束されて、後ろ手に縛られ、身体をチェックされ、そして何一つとして持っていなかった僕は、彼らの玩具となった。
殴られ蹴られ、いつ気を失ったかも憶えちゃいない。
ただ気がつけば、僕の視界は上下が逆さまになっていた。
頭がぼーっとする。ただ全身が麻痺するように痛んでいて、どこが痛いのかよくわからない。僕の視界がいつもとは逆さになっていることだけはわかる。
どうやら身体を木の幹か何かに逆さに縛り付けられているようだ。もはや流れ落ちる血もないみたい。
「あ~」
ただそんなマヌケな声だけが漏れる。
ここはどこだろうか。周りには何も無い平地だ。
「お、まだ生きてんじゃん」
そんな声が聞こえてきて、僕の視界に誰かが入り込んでくる。
逆さなのでよくわからないが、それは複数人の男で、手にはバッドや鉄パイプのようなものを持っている。昨日それで気絶するまで殴られたのだ。傷が疼く。
「一日逆さに吊しても死なないもんだな」
「な、今度から新しい拷問として使えるんじゃね」
よくわからないが、しかしあまり良くない事を彼らは話している。
まあどうでもいい事だが。
「それにしてもこいつ全然抵抗しねえな。つまらん」
そう言って鉄パイプで僕のお腹をこづく。
「何とか言えよ」
声を出す元気もない。
なんとでも言え。どうとでもしろ。僕は所詮、ゴミなのだから。
ゴミの扱いは、その自治体に任せるさ。
「カイザー様はなんて?」
「あー何か好きにしろってさ」
「またかよ。言うだけ言って後は放置だもんな、いつも……」
はあ、とため息をつく男達。
カイザー様……? なんだその痛々しい名前の人間は。今どきそんなアホそうなあだ名を良しとするセンスはいかがなものだろうか。
「おい」
その男たちとは全く別の、低くしゃがれた声が響いてきた。
「カ、カイザー様!」
男達は一気に緊張感が増したようにそう声を上げ、姿勢を正した。
奥から現れたのは、両腕に若い女を抱くようにして偉そうに歩いてくる、一人の男だった。周囲の男達とは違いあからさまに身なりが小綺麗で、顔つきもどこか大物染みている。その不釣り合いな毛皮のコートが痛々しい。
男は悠々とこちらに近づいてきた後、僕を汚物を見るような目で見下ろした。
「きったねえなあ……なんだよこのゴミ。縛りつけられてる木が可哀相だぜ」
カイザーとやら――どこからどう見ても日本人顔――がそう言うと、周囲はそれに合わせて笑った。
するとカイザーは僕に向かって、何の躊躇いもなく唾を吐き捨てた。それが顔に掛かる。
「あ~そういえば、丁度小便したかったんだ」
嘘だろ……?
カイザーはおもむろにズボンを脱ぎだし、そしてあろうことかその粗末な物を外に出してこちらに向ける。
そして――
「あ~気持ち」
表現したくないような感覚が、僕を襲う。
生暖かい、はき出したいその液体が、顔面に浴びせ続けられる。
それは次第に弱くなり、ようやく勢いを殺した。
……最悪だ。
「ふう。すっきりした。よーし、良い事考えたぜ」
言って男は指を鳴らして天に掲げた。
「たまには皆に慰労してやらなきゃいけねえだろ。な?」
「そ、そうっすね!」
「だろ? 俺様はできる男だからな。その辺も怠らねえ。だから明日、この男の公開処刑を行う」
公開処刑?
「盛大にぱーっとこの男を殺そう! 派手に血をぶちまけて、血の花火を咲かすんだ! どうだ? 俺は初心だろう?」
「え、初心……? そ、そうっすね!」
おそらく「粋だろう」と言いたかったのだろう。それでは可愛らしくなってしまう。
だが彼の部下らしき男たちは、その間違いを正す事すら恐れ多いと、その言葉をあえて肯定し、そう言って見せた。
カイザーは嬉しそうに顔を綻ばせ、満足気に歩いて行く。
「じゃあ今日の夜、チーム全員を集めろ」
「え、きょ、今日っすか? それはちょっと間に合わな――」
あからさまにそのカイザーと呼ばれる男よりも体つきも良く、強そうな男がそうビビッたように言うと、その頭にカイザーはポッケから取り出した物を突きつけた。
その無骨な拳銃を――。
「ひっ……」
「やれ。死にてえのか」
「は、はい! やります! やりますからっ!」
暴力こそ正義――それがこの《ゴミ箱》と呼ばれる世界での、真理なのだ。
おそらくそのカイザーと呼ばれる男は、その対人では無敵を誇る拳銃を手にし、その圧倒的な力でチームのトップをはっているのだろう。
そして周囲はその力に抵抗できず、怯えながらも従うしかない。
男も、女も、皆。
カイザーはご機嫌そうに拳銃をポケットにしまい、
「他のチームの人間にも通達してやれ。今宵は争いごとの一切無い、サプライズパーティーだ!」
通達するのであればサプライズではないと思うが……。おそらくこのカイザーと呼ばれる男は、自分をカイザーと呼ばせているのを見るとおり、馬鹿なのだろう。
学の無い、愚かな人間だ。それが手に取るようにわかる。
しかしこの世界では学など、力の前にねじ伏せられる。残酷な世界だ。
そのままカイザーは女を両脇に抱えて歩き去って行き、僕の視界から消える。
「ちっ……あのダルマ野郎」
残った一人の男が、そう愚痴をこぼす。
「馬鹿野郎、聞こえたら殺されんぞ」
「だってよ……」
「昨日も貢ぎ物忘れた奴が処刑されたんだ。悪い事は言わねえからやめとけ」
「くそ!」
男は苛立ちをぶつけるように、持っていた鉄パイプを僕の身体に打ち付けた。
「ぐっ……」
痛烈な痛みが走る。
「やめとけ。公開処刑までに殺しちまったら、それで怒られるぞ」
「わかってる!」
そう言って鉄パイプの男は僕の視界まで顔を下げた。
「お前も運悪いよな……新入りだろ? じゃないとわざわざ敵の縄張で野宿なんてしねえもんな。せめて女か、それとも何か貢ぎものでも持ってりゃ、こんな目に遭わずに仲間に入れてもらえたかもしれねえのに……ま、恨むならこんなとこに行き着く結果をもたらした自分を恨めよ」
その通りだ。ここで彼らを恨むのは御門違いだ。
僕は自分の行動の末、いや、行動をしなかった故に、こんなゴミ箱と呼ばれる場所にいるのだ。いまこの状況を後悔するとして、誰かを恨むとして、それは自分自身であって他の誰でも無い。
全ては、自分の責任だ。
「まっ、また後でな。それまで神様にでも願ってろ」
それだけ言って、二人は僕の視界から去って行く。
一人残された状況で、ただ僕は絞り出すようにぼやいた。
「臭い……」




