とりあえず言い訳
書いてて自分性格悪いんだなって確信しました。
@E_cla_ss
僕の日にち感覚がこの半年でとんでもないほど狂ってしまっているという誤算を除けば、おそらく今日、僕の通う高校の卒業式である。
どうしてこうも他人事かと言うと、もちろんそれは今僕が学校にはおらず家にいて、進学や就職を間近にひかえた青々しい卒業生たちの心の内を表すかのような眩しいくらいの晴天をベッドの上から眺めているからである。
じゃあどうして僕が学校に行かずここにいるかというと、それは実は僕は半年前に遭った事故で動けない身体になってしまったとか、実は僕はすでにその高校を卒業しているOBだから関係ないのだ、なんていうくだらないオチではない。答えは至極簡単だ。
登校拒否である。
僕も本来なら今日この日この瞬間に卒業を迎えているはずの十八才である。本当なら今僕は教室で最後の先生の話を聞きながら、その周りで泣いている女子たちを見てほくそ笑み、皆で先生に渡そうと計画している一人一輪の花を少し照れながら持ち、好きな女子に『こんなに貰っても先生困るだろ』なんてよくわからない気取った空気の読めない事を言って、最後の最後にその好きな女子から冷たい目で見られていることだっただろう。
そしてずっと情熱を向けていた部活の後輩たちからとりあえずの心の籠もっていない色紙や花束を今度は貰う側になり、家に帰ってそれをどう処理しようか、なんて悩んでいたはずだ。
でもそんな卒業式は、僕には来ない。
どうして? ――登校拒否だから。
単純な話である。僕は三年生の夏に何の問題も無く通っていた高校に行かなくなり、そしてそれから一度も学校には行っていない。別に虐められていたわけでも、友達がいないわけでも、グレたわけでも、何かを悟ったわけでもない。
それは――別に理由は何だっていいのだ。それは何だって良いし、それを僕は話したくない。思い出したくない。だから考えるのを止める。
ただ僕は現状、学校に行っていなくて、結果、出席日数も足りず卒業も出来ずじまい。めでたく留年が決まった身で、しかしそれでも母親は僕に何かを言うこともなく、父親ももう高校を変えたらどうか、とそう言ってくれた。よくわからないが通信制や定時制の学校なら僕が今まで二年半通っていた分を無駄にせず、その続きから入学できるらしい。
普通なら怒鳴ってでも高校に連れて行き、あと半年くらい頑張れ、せめてまともな高校を出ておかないと将来路頭に迷うことになるぞ、とでも言うものだろう。僕もそうなるだろうと覚悟していた。しかし両親は僕のわがままを黙ってきいてくれた。むしろ父は怒鳴るような熱血漢なのに。母は生真面目で世間体を重んじるような人間なのに。
つまるところ、そんな両親が口を噤む理由は僕が登校拒否になった理由にあり、そしてそれを僕は言うつもりはない。ただそんな両親が僕に何も言えなくなるほど、登校拒否を認めてしまうほどのことがあったのだと、そう思ってもらえればいい。
そんな両親は現在、二人とも仕事に出ている。こんな時間だ、当然だろう。父は公務員で、僕には国家公務員だ、としか教えてくれないので具体的にどんな仕事をしているかは知らない。母はパートに出ていて、隣町の診療所で働いている。ちなみに中学の妹もいるが、そっちは今日も真面目に中学に通っている。昔から憎たらしくていがみ合っていたが、今の僕にとっては彼女が立派な人間に思えてならない。ただ学校に毎日行っていることが、真面目と思えるのだから。
本当に申し訳ないと思う。両親が汗水流して働いているのに、当の僕は何もせずぼーっとしている。悪いとは思っているが、何もやる気がでないのだ。ニートってこんな気分なのだろうか。
いや、実質今僕はニートなのか。
何もせず、何もしようとせず、ただ親のすねをかじり、踏み絵のように『悪いとは思っている』と文脈に盛り込み、いつかはやるのだと、そんな妄言を吐いて誰でも無く自分自信を騙している。そしてこうわかったように自分を蔑むのも、また逃げである。
わかってる。全部わかってるんだよ。
だから僕は大丈夫だよ、って。
大丈夫なもんか。すでに僕は終わっている。僕という存在の未来は絶たれている。同じスタートラインからスタートした周りの同年代の人たちから、一歩も二歩も、いや、周回遅れなのだ。そして今もまた、どんどんと距離を突き放されていく。今まで僕の後ろにいた人、僕が下に見ていた人も、今や僕の前にいて、僕を見て笑っている。僕が今すべきことは、一歩でも前に進み、その開いた距離を縮めることだ。
ただそれがわかっていても、今の僕は何もやる気はでなかった。そしていつ僕にやる気が蘇るのか、それは全くわからない。
気だるい身体を起こし部屋を出る。僕はあまりにも両親に申し訳がなかったので、日中以外部屋を出ることはほとんどない。迷惑を掛けているのを理解しているから、顔を合わせたくないのだ。心が痛い。不登校兼引きこもりと言うわけだ。だからこうやって両親のいない昼間か、深夜の時間帯しか部屋を出ないことにしている。これに関しては両親の意向もあり、僕もそろそろ食事の時くらいはリビングに顔を出そうと思う。そうすれば僕の気持ちも少しは変わるだろうと思うし。まあそれくらいには僕も落ち着いてきたと言うことだろうか。
部屋を出、階段を降り、冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んでいると、ふと僕の視界に飛び込んできたのはリビングのソファに座り、こちらを見ている二十代後半の男だった。
「――っ?!」
突然だった。僕はあまりの驚きに心臓を二トントラックに撥ねられたボールのように跳ねさせて、持っていたコップを床に落とした。幸い、そのコップが割れることはなかったが、中身は盛大にこぼれて僕の足にかかった。
幻覚か、と思って少しその男を確かめるように見ていると、男はしかし何も言わず、咎めるような目つきでこちらを見ていた。白いスーツを着て、その手には白い手袋をはめている。見るからに育ちの良い感じが窺えるが、しかしここは僕の家である。他人の家に上がり込んで勝手にソファで寛いでいるのだから、不法侵入だ。
「……誰、ですか?」
一応そう、礼儀を持って尋ねた。もしかしたら母か誰かが家に呼んだ知り合いかもしれなかったから。
「君は、失格だ」
しかし男は重々しい空気でそう、わけのわからないことを言った。