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第9話

 俺の標的は決まった。

俺が引き金を引くと同時にエースは弓を引いた。

『生け贄の怨念』が込められた銃弾と仏教徒が引いた『破魔矢』は

見事にそれぞれの目標を粉砕した。

あと残る人面魂はひとつ。だが、その時不幸は起きた。

よりによってその時、リョウの足元の岩がくだけ、

リョウはバランスを失った。


 あぶない、リョウがやられる! 近すぎて援護射撃は間に合わない!

エースは? エースはどうだ? 

リョウの最大のピンチだ。

俺はエースの援護射撃に期待した。

だがエースも同じだった。弓を構えたまま固まっていた。


 その時であった。

閃光が俺たちの目に飛び込んできた。

激しい光の点滅。

その方向を見ると不可思議な光景が目に飛び込んできた。

バランスを失ったリョウが襲いかかる人面魂を右腕でよけるように

かざしている。その右腕の前で襲いかかる人面魂が強烈な閃光を放ち、

絶叫を上げ、そして消滅していった。


 なぜだ? なぜなんだ? 

リョウは右腕で人面魂を避けようとしただけだ。

なのに、なぜ人面魂は消滅したんだ? 

リョウは黒魔術を取得したのか? 

リョウは敵に対抗するために黒魔術をマスターしたと言うのか?


 そう思えた理由。

それは人面魂がまるで許しを乞うような表情を浮べ消滅して

いったからだ。ここからリョウのいる場所までは五十メートルほど

離れている。俺の見間違いと言えばそれまでだが、

俺にはそう見えた。不可解な気持ちに包まれた俺であったが、

そんな事でのんびりしていられない。

『兄』が人面魂の攻撃で時間を稼いでいた事を俺たちは思い知らされた。

強烈な閃光と爆発が、俺たちの背後の山荘の中から起こったからだ。


****


 さっき俺はここは『戦場』だ、と断定した。

だがそれは間違いだった。俺たちが戦っていた場所は戦場などではない。

人面魂で俺たちが混乱しているすきに、『兄』はすでに本丸と言える

この山荘の中に侵入していた。


 銃撃と爆発で山荘の一番広い大広間は、もはや火事の後の残骸の

ようになっていた。くすぶる炎、立ちこめる煙。

まさに『戦場』だ。これが本当の『戦場』なのだ。


 大広間のかたすみで武器担当の『死神』が身体を裂かれてころがっ

ている。『兄』と戦闘を繰り広げたようだ。あたりには薬莢が無数に散乱し

『死神』の付近にたくさんの銃器が落ちている。

さすがは武器担当だ。彼が持つ武器全てを駆使したのだろう。


だが『兄』は強い。近代兵器など通用しない暗黒時代から復活したような

『黒魔術使い』なのだから。『死神』が『黒魔術使い』にあの世に連れて

いかれるとは何とも皮肉だ。きっと彼も本望だったに違いない。


 大広間を抜けて中へ通ずる一本の廊下を進む。

作戦前、妹を連れた無口な執事が奥に消えて言った廊下だ。

さっきは行く事ができなかったが、今回は堂々と行く事ができる。

廊下のあちこちが黒くくすぶっている。まるで火事にでもあったかのようだ。

角を曲がってしばらく長い廊下を駆け抜けると、地下室につながる

階段に出くわした。この山荘に地下室があったのか。

軟禁施設であるこの山荘には、そう何度も来れるわけでもないし、

来たところで長居はできない。俺はこの山荘の内部までは詳しく知らなかった。


 階段を駆け降りると、地下室のドアの前で無口な執事が朽ち果てていた。

右手に十字架、左手に聖書を持ち、氷のように青白く固まっていた。

さっきまで火事にあったかのように通路が黒く焼けこげていたのに、

なぜかここは冬の吹雪にあったかのように冷たい。あたりには聖水が

散乱して凍りついている。彼なりに抵抗したのだろう。

無口な執事は神父だったのだろうか? 

『兄』が黒魔術使いなのだから、それは理に適っている。


****


 地下室に駆け込むと、そこは巨大な空洞のような広い部屋であった。

近代的な科学設備がそろった研究室のようでもあった。

こんな広い部屋がこの山荘の地下室にあったとは。

俺はいちいち自分が知らない事に驚く事はやめた。

俺にだって知らない事は山ほどある。


 一番先に飛び込んだのは、もちろんリョウだ。

生意気なエースに続き、俺が最後に中に入った。

まず俺の目に飛び込んだのは、一目会いたかった彼女。

そう、軟禁されている、はかなくも可哀想な妹だ。

いつか可哀想な彼女のためになれれば、と思っていた。

だが、そうは簡単に世の中上手くはいかないようだ。


 彼女は、妹は寝ていた。

寝ている、というより床に倒れていた。

きっと薬か何かで眠らされているのだろう。

リョウなら考えそうな事だ。

眠りについている彼女は、まるで『眠れる森の美女』のようだ。

となれば、俺は白馬に乗った王子様でありたい。

うん?『眠れる森の美女』? これってアニメか何か? 

違う、違う! ヨーロッパの童話だ。

たしかこれにも魔女が出てきたはずだ。

悪い魔女はここにはいないが、黒魔術使いは現実に俺たちの前に立っている。

地下室の広大な研究施設の中央に兄が怒りに燃えさかるように立っていた。

そう、兄は燃えていた。

普通の炎とは違う『青白い炎』を身体全体から発して燃えていた。

通路が黒く焼けこげていたのは、きっとこのせいに違いない。


 駆け込んできた俺たちに黒魔術使いの兄は、

怒りの言葉を直接俺たちの頭の中へと響かせてきた。


「…妹に、…妹に、何をした?」

「大丈夫だ。薬で眠らせてあるだけだ。」

 怒りに燃える兄の問いかけに、リョウは小馬鹿にしたような笑みを

上げて答えたのだろう。俺の位置からはリョウの後ろ姿しか見えない。

だが兄の表情を見て、そう確信できた。


 俺はリョウの考える事は大体わかっていた。

だが、リョウが何を考えているか、わからない時がたまにある。

リョウは感情的になっている兄に対し、淡々と言葉を続けた。

「妹の事が心配か? ならば大丈夫だ。彼女が目をさました時、

全てはもう解決している。」

「何?」

「彼女は、美しい妹さんは、これから起こる惨劇を見なくて

すむのだからな。その方がいいだろう?」

 兄を挑発するリョウは激しく笑っていた。

背中が大きく上下に揺れるのがここから見て取れる。

リョウが兄と対峙している隙に、エースが懐から太刀を取り出し、

徐々に距離を取り回りはじめている。


 さすがは『ルーキー』だ。

生意気やつだが、感は悪くない。

しかし、今度は『太刀』か。つくづく古風なやつだ。

たしかにここでは、弓は使いづらいはずだ。

しかし兄が、ひそかに近づくエースに気がつかないはずはない。

回りこんだエースを見据えて兄がまた、俺たちの頭の中に怒鳴り込んできた。

「父は、父さんはどこだ? どこに監禁している?」

 その声は脳内に強く響きわたり、頭の中をこだました。

俺は頭が少し痛かったが、リョウはそれをものともせず、

兄に淡々と答えて返した。


「…冥土の土産に教えてやるか。お前の父、井上源三郎は、

この部屋にいる。」

「えっ?」

 俺が驚く声と兄の驚く声が同時に、俺の脳内でシンクロした。

兄の父親、井上源三郎がこの室内にいる。

俺が一目会う事を望んでいた妹の父が、同じ室内にいる?


 どこ、どこだ? 

その姿を探す思考が皮肉にも、また兄とシンクロした。

部屋の中央に立つ兄。それを入口を背に左右の位置から武器を構えて

威嚇する俺とリョウとエース。そして俺の足元には、

あこがれの『眠れる森の美女』が静かに眠る。


 この室内に、他の人間がどこにいると言うのだ? 

地下の研究室のようなこの部屋はかなり広い。

いろんな場所に複雑な精密機械がひしめいている。

だが人間が軟禁されているような部屋のドアなどどこにもない。

隠し部屋の入口などあるのだろうか? 

ただひとつ、少し大きめな物体が部屋の右隅にある事に俺は気がついた。

俺の頭に飛び込んでくる兄の思考が、

俺と同じ物に気がついている事がわかった。


「…おおっ、こ、これはっ!」

 兄が見た物体、俺も見た物体。

それは高さ二メートル、横幅は八十センチ程の水槽であった。

なぜそんな水槽がこんな地下室にあるのか? 

その水槽の中に何があると言うのだ。


 俺は見た。

兄も見た。

だがその水槽の中に入っているのは人間ではなかった。

もちろん、新種の魚類などいるわけはない。

最初、その物体が何なのか良くわからなかった。

水槽内の上部にある何かの塊。

その塊から下に伸びていく複数の管状の物体。

俺はそれが何なのか理解できた。

兄もほぼ同時に『それ』が何なのか理解したようだっだ。

それは人間ではなかった。

人間の形をしていなかった。

それは『脳髄と神経細胞』であった。

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