第7話
深夜の兄との接触を終え、俺たちはボロボロになりながら、
この山荘まで帰投した。俺たちにしてはめずらしく『ボロボロ』になった。
まさに十年振りであった。十年前の事件の際も、こんな毎日が続いていた。
当然休みなどなかった。むろん、俺たちの仕事に休暇などはない。
普段はクールに決めているリョウが、めずらしく疲れていた。
それはそうだ。
実に十年振りに『黒魔術使い』との直接接触をしたのだから。
俺が運転する車の中で席に着くなり、ぐうぐうと眠りについてしまった。
彼にしてはめずらしくイビキを書いていた。身体を丸め、まるでかわいい子犬の
ように眠りに着いている。その横で俺は、さっきまで行われていた戦闘結果の
報告を本部と行っていた。俺はこのままリョウの指揮下に入る事となった。
それはそうだろう。起きては行けない事が起きてしまった。
またしても、あの十年前の再来が起きようとしていた。
ハイウェイの照明が流れる。俺に眠りをさそっている。
俺は自分の眠気に負けないよう、自分の足をつねった。
寝ぼけ眼でつねったせいか、力をコントロールするのを忘れていた。
力強くひねったせいで、マジで痛かった。
眠りにつくリョウが狭い車内で寝返りをうつ。
眠っている間でも、リョウはお気に入りの『抗黒の剣』をはなさない。
まるで武士のようなやつだ。いや、彼は武士なのかも知れない。
昔の侍も、こんな感じだったのだろう。
俺はリョウの右腕が気になった。兄と戦闘する前に、ふと気がついたのだが、
リョウは右腕に黒革の手袋をしていた。
そう言えば、彼はずっとその手袋をはずさない。ゲン担ぎかなにかだろうか?
おまじないなのだろうか? それとも、俺の知らないところでリョウは右腕を
ケガしたのだろうか? 気にはなったが、それを確認するヒマはなかった。
俺の横の席で眠りについているリョウを起こしてまで聞く内容ではなかった。
山荘に着くなり、俺たちは疲れのあまりすぐに眠りに着いてしまった。
この山荘でリョウや妹の面倒を見てくれる無口な執事が、すでに俺が泊まる
部屋を用意してくれていた。何と段取りがいいのだろう。
俺もここに戻ってくる事を、無口な執事はわかっていたのだろうか?
リョウがさっさと自分の部屋に引き込んでしまった後、俺は無口な執事に自分の
部屋に案内された。彼は毎日リョウや、妹の面倒を見ているのだろう。
俺は妹の事が気になり、彼に少し聞こうと思ったが、それは止めた。
どうせ何も答えてはくれないだろう。
それが彼の職務であるし、そもそも彼は『無口』な執事なのだから。
室内に入り、俺もすぐさまベッドに横たわった。
さっきまでの出来事に興奮していたか、なかなか眠りにつけない。
だが、そんな俺にやさしい子守唄を聞かせてくれたのは、窓の外の木に
留まるふくろうの鳴き声であった。
****
朝、目をさますと、リョウの姿はなかった。どこかに行っているのだろうか?
その変わり、俺が会った事もない連中がゾロゾロと大広間をウロウロしていた。
深夜、ここに駆け付けたSSPの応援メンバーであろう。みな同じ雰囲気だ。
服装が同じだから、という意味ではない。
みな無口で、静かながらも殺気だっている。
リョウの姿もそうだが、無口な執事の姿も見かけない。
どこにいっているのだろう? 手もちぶささの俺は時間を持て余していた。
する事がない。どうしよう。
その時、ある名案が浮かんだ。リョウも無口な執事もいない。
ならば、妹がどこにいるのか見に行ってみよう。
妹が、ここでどんな生活をしているのか見に行ってみよう。
もし、誰かに見つかって何をしているか問いただされたら、
リョウを探していた、と答えればいい。
俺は少しワクワクしてきた。少しずつほのかな期待が沸き上がってきた。
大広間に背を向け、建物内を散策する。とても大きな山荘だ。
建てられて結構たつのであろうが、木のにおいはコントロールされていた。
いわゆる古い木造建築によくある、
『歴史を感じる木のにおい』は感じなかった。
しばらくして、リョウたちがいると思われる部屋の前にたどり着いた。
きっとこの中にリョウがいるのだろう。ひょっとしたら、妹もいるのかも
知れない。俺はその部屋のドアを開けて中に入ろうとしたが、
それは無理であった。なぜなら、俺が見た事もない若者のSSPが
ひとりドアの前に静かに立っていたからだ。
俺は思いきってチャレンジした。俺の方が先輩のはずだ。
彼がどんな奴か知らない。彼が俺の事を知らないかもしれない。
だが、関係ない。俺は俺だ。俺の方が上司のはずだ。
しかし、俺の行為は阻止された。俺の行く方向を彼の手が邪魔をした。
「…お前、誰だ?」
俺の不愉快な問いかけに眉一つ表情を変えず、この若者が口を開いた。
「ここには誰も入れるな、とリョウさんから言われています。
ここへは入れません。」
リョウさん、だと? この若造が! リョウに対して馴れ馴れしい!
こんな小僧になめられてたまるか! 俺の方が先輩のはずだ。
「お前、誰だ? どこの所属だ?」
だが、先輩としての俺の問いかけにこの新人は、まるで壊れた
センサーか、オウム返しのように同じ言葉を繰り返すだけであった。
「だめです。リョウさんの許可がないと中へは入れません。」
「だったら、リョウに俺が来たって伝えてくれ。俺は怪しいやつではない。」
当たり前だ。俺たちの仲間がウロウロしているこの山荘に、
誰が侵入できると言うのだ? もし侵入できるとすれば、
今ここに向っている『兄』だけのはずだ。
だが、こいつの、生意気な新人の答えたセリフが、
いらついているこの俺をますます不愉快にした。
「あなたがどなたなのか充分知っています。ですが、ダメです。
中へは入れません。」
何を? 何だと、こいつ! 俺の事を知っている?
なら、なぜ入れない? リョウの親友、リョウの良き同僚と言える俺が、
なぜ中へ入れない? リョウとともに十年前の事件で、ともに戦った
戦友がなぜ入れない? 俺にはめずらしく、普段大人しい俺が怒りに震え、
俺の目の前で失礼な態度をとる新人に一喝をいれようと、怒鳴るため空気を
吸い込んだ瞬間、ドアが開いた。ドアから出てきたのはリョウであった。
だが、リョウは少し疲れていた。それはそうだろう。昨夜の『兄』との
接触で心身ともに疲れたはずだ。だが、様子が違った。
リョウが疲れている理由は、それだけではなさそうだ。
原因は何であろう? この部屋の中で何かあったのか?
俺がこの部屋の中で何が行われていたか確認しようと思ったが、
それはできなかった。部屋から出てきたリョウは、俺が部屋の中の様子を
気にしている事をわかっていたのだろうか? 疲れた目で俺を見たリョウは
力なく口を開いた。
「いくぞ。」
リョウが前を歩き、その後を生意気な新人が進む。
俺はこの部屋の中で何があったか知りたかった。
だが、歩きはじめた二人を先に行かせて部屋の中をのぞく、
と言う勇気はなかった。先ほどの生意気な新人を一喝しようと思う勇気は
あったが、今ここに立ち止まって部屋の中をのぞく勇気はなかった。
「紹介しよう。今度我々のチームに所属された新人のエースだ。」
リョウが歩きながら、俺にこの生意気な新人を紹介してくれた。
だが、新人のエースだって? 何をふざけたコードネーム呼名だ。
本名はなんて言うんだ? まさか小太郎や三郎太とかではあるまい。
もっとも俺は、こいつの、この生意気な新人の本名など知りたくは
なかったが。小生意気な新人が軽く会釈した。二人とも会話はなかった。
俺も新人も言葉を交わさなかった。二人の雰囲気を知ってか知らずか、
リョウは歩を進めながら紹介を続けた。
「エース、紹介しよう。彼は…」
「知っています。十年前の事件の時、何の結果を生み出さず、
ひたすらポカをし続けた例の方ですよね?」
俺は思わず立ち止まった。立ち止まって、先輩である俺に対して
今失礼な事を言った生意気な小僧を一喝したかった。
だが、新人は追い討ちをかけるかのように失礼な言葉を続けた。
「いろいろと作戦行動の足手まといになっていた、リョウさんの元右腕。
でも大丈夫です。今のリョウさんの右腕は、この私ですから。」
俺の足が石のように重くなった。衝撃のあまり足が前に進まなかった。
俺は、リョウの元右腕だと? 何を言う? ではお前が、先輩に失礼な
態度をとる小生意気な新人が、リョウの右腕だとでも言いたいのか?
「でも、よくこんな人を前線に残しておきますね? 早く引退させた方が
いいですよ。リョウさんや、みんなの足手まといになりますから。」
俺は殴りたかった。普段気弱い、いや、穏やかな俺であったが、
こいつだけは許せなかった。そんな俺を慰めるつもりなのか、
リョウは立ち止まって俺に声をかけた。
「こいつは住職の息子だ。霊感や第六感にすぐれている。
俺たちの作戦行動に役立つぞ。」
俺にやさしく投げかけたリョウは背を向け、大広間に向って歩き出した。
小生意気な新人は俺の方を見もせずに後にしたがった。
住職の息子? 寺の住職の息子だって? そりゃ、子供の頃からお寺に
住んでいれば、物の怪や亡霊のたぐいを見る機会は多いだろう。
だが、違う! 俺たちは『黒魔術』を相手にしているんだ。
『黒魔術』に対抗するからと言って『仏教』の流れを組む、こんな
生意気な新人が本当に役に立つのか? リョウはいったい、何を考えて
いるんだ? 俺は憮然とした。憮然として立ちつくす他、なかった。
落ち着けよう。今、不愉快で烈火する、俺の気持ちを落ち着けよう。
そう思って、あたりを見回すと、ふと奥の部屋の光景が目に飛び込んできた。
俺が入れなかった奥の部屋。俺が入る事を邪魔された奥の部屋。
奥の部屋に何があるのだろう? そう思ってしばらく見つめていると、
そこから無口な執事がドアを開け出てきた。無口な執事に問いかけようと
一歩足を前に進めたが、そこで足が止まってしまった。無口な執事は
車椅子を押しながら、すっと奥の別の通路へと消えていった。
まて、ちょっと待ってくれ! 今、車椅子に乗っていたのは彼女では、
妹ではなかったのか? 妹がなぜ車椅子に乗っている?
昨日彼女に会った時、いや、妹を見かけた時は自分の足で、
歩いていなかったか? 俺は今走っていってそれを確かめたかった。
だが、それは出来なかった。
なぜならちょうど今から、大広間で今後の作戦行動のミーティングが
始まろうとしていたからだ。
****
この山荘で一番広い大広間に全員が集合しはじめていた。
この大広間が本当にこの山荘で一番広いかどうか、俺は知らない。
他にもっと広い部屋があるかも知れない。だが俺にはそれを確かめる
すべはない。これから始まる作戦行動のために、大広間の入口で全員に
武器が配られていた。武器の選択は各人各様だ。それぞれが思い思いの
武器を手に取っていく。まるでマラソンの給水所の様だ。
俺も列にならび順番を待つ。武器担当要員の顔が見えてきた。
ほおの肉が落ちた顔、ひょろひょろっと痩せ細った身体。いつもの彼だ。
仲間内では彼の事を『死神』と呼んでいる。『死神』の本名は知らない。
本名を知ったところで、何の役にたつのか?
俺の順番が来た。死神は俺の顔を見てニヤッと笑い、銃弾を手渡した。
「大事に使えよ。多くの生け贄の怨念がこもっているんだ。
ムダに使うと呪われるぞ。」
こいつ、リョウと同じ事をいいやがる。俺は少し不快になったが
ここは軽く聞き流した。銃弾を受け取り俺は奥の大広間の中央に向った。
知っている顔、知らない顔があふれていた。だが俺はいちいち誰が
ここにいるのか、調べなかった。知ったところで何になる。
無事『生還』できるのは、この中の数人にすぎないだろう。
ひょっとしたら、誰も生きて還えってこれないかも知れない。
そんな不安なマイナス思考の俺の表情を見抜いたのか、
誰かが俺を見ている。しかも、ただ見ているだけではない。
俺の顔を見て笑ってやがる。誰だ? 俺の事を見て笑っている奴は?
デブだ。筋肉質のデブだ。筋肉質のデブが、俺の顔を見て笑っている。
何だこいつ? 失礼なやつだ。いったい誰だ? 筋肉質のデブは何者だ?
不愉快になりながらも、俺は記憶をめぐらせた。
俺はこいつの顔なんか憶えていない。どこかの作戦行動で一緒になったの
だろうか? 俺が答えを出そうと思いをめぐらせていると、リョウの声が
それを中断させた。
「作戦行動を説明する。我々が倒すべきターゲットは、
まもなくここにやって来る。」
リョウの声がこの山荘で一番広い大広間に響きわたる。
各々はそれを様々な表情で聞いている。
俺はじっとリョウの姿を見つめていた。リョウは続けた。
「ターゲットの目的はここに保護されている井上源三郎と妹の奪還だ。」
ここに『保護』されている、か。物は言い様だ。
だが、俺はそれを否定する事はできない。なぜなら、彼らは
『黒魔術使い』なのだから。
「ターゲットは危険人物だ。確認次第、迷う事なく抹殺しろ。」
妹が今どこでどうしているのか、俺はリョウに聞きたかった。
だがそんな事を確認できるような状態ではない。
生き残ろう。生き残って、妹が、彼女がどこにいるのか確かめよう。
人から何と言われようと関係ない。
作戦行動を遂行し生き残る目的を、そこに定めた。
「インカムは使用しない。ターゲットの思念は我々の使う周波域帯に
介入してくる。伝達手段は手信号でいく。いいな。」
手信号! 手信号か。もう何年使っていない。認識できるかどうか、
少し俺は不安になった。
「確認する。ターゲットは危険人物だ。発見次第、ただちに抹殺する事。
以上だ。散開!」