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第4話

「ひさびさの外の空気はどうだ?」

 リョウの人の食った問いかけに、兄は答えなかった。

「よくもここまで迷子にならずにこ来れたな。」

 兄は今回も、それを無視した。

「ムダな抵抗はやめて、さっさと元いた収容所に帰れ。

あそこがお前の『家』なのだからな。…いや、鳥籠かな?」


 リョウの吐き捨てるようなバカにしたセリフに、兄がはじめて

表情を表に出した。俺の位置から、そう近くない場所に兄は立っていたが

兄の表情が変わるのがはっきりとわかった。


「俺の邪魔をするな!」

 兄はそう叫んだ。だがその叫びは、彼の口から発せられた物ではない。

俺の耳に直接飛び込んできた。正確に言うと、俺がつけていたインカムの

中から、兄の声が聞こえてきた。

バカな! なぜインカムの中から聞こえてくるんだ? 

兄は、俺たちと同じインカムはつけてはいない。

兄の声が、なぜインカムと同じ周波域帯の電波を通して飛んでくるんだ?

みんなは、仲間のみんなはそれをおかしく思わないのか? 

兄の次の『叫び』で、それが間違っていない事に、俺は気がついた。

兄は、『口を開けて』しゃべってはいなかった。


「ここを通せ! さもないと…!」


 黒魔術を使う、兄の最後通告であった。

井上源三郎の息子である彼は、父同様に黒魔術の使用に長けている。

俺が恐れる、俺が見た事もない黒魔術を使って、ここを突破しようと

しているのか?

 俺はビビった。正直言って、怖かった。だが、隣に立つリョウのセリフは、

恐れる事なく自身に満ちあふれた、挑発行為そのものだった。


「俺たちが、お前らの事を把握していないとでも、思うのか?」

 兄は全身を震わせて『叫んだ』。月夜に照らされた彼の身体が、

怒りの表情で揺れていた。


「俺が…俺たち家族が何をしたと言うんだ!」

 兄の叫びは、またもやインカムの中から聞こえてきた。俺は耳が痛かった。

すかさず、俺の横に立つリョウが悪鬼にせまる表情で大声を上げた。

「だまれ、何を言う! お前と、お前の父、井上源三郎が興した集団が、

この国の首都で黒魔術による武装蜂起を起こしたではないか! 

多くの犠牲者を出しておきながら、何を言う?」

「…それは違う! 俺の父は…俺の父井上源三郎は純粋に黒魔術を

研究してただけだ! 父が研究した黒魔術を使って、

勝手に破壊活動を起こした武闘派と、俺たちは関係ない!」

「何を言う! 無関係な振りをするな! お前たちが無関係だと思うのか?

お前とお前の父が、邪教などを研究しなければ、こんな事は起きなかったんだ!」

「だからと言って、だからと言って、こんな事をしていいのか?」


 兄は怒りを込め、怒りにまかせて自分が着ていた拘束服を脱ぎ、

夜空に投げた。拘束服が夜風になびかれ、草むらの中に消える。

俺は目を疑った。自分が見ている光景を信じられなかった。

兄の全身に彫り込まれた奇妙な文字の『呪文』。

あちこちに残る黒く焼けた拷問の傷跡、

そして全身に『埋め込まれた』黒く光る金属の鎖。

もはや普通の人間の身体ではなかった。

もはや普通の人間の行いではなかった。

見るも無惨な、見るからにそれは…


「化物! だまれ、黒魔術を使う化物め! 

お前たちにどうこう言う資格はない! お前たち化物が、

この国に住む場所など、ない!」


 風が流れた。

ひときわ強い風が流れた。

俺は一瞬、風の流れを『見つめて』しまった。

『風』なんて見れるわけない。

風は空気の流れだ。風の流れを見つめて、なんて俺はバカなんだろう、

と思った。だが、その行為がムダではない事をこの目で確認した。


風だ。

風は兄が起こしているんだ。

なぜなら、その証拠に、兄の後ろの上空一直線に『雲』が沸き上がって来た。

その雲は、満月に照らされて筋のように、分厚いジェット気流の

ようにも見えた。その雲が満月を隠し出す。


何かが起きるのだろうか? 兄がその時叫んだ。上空の雲を見ていた

俺の、耳もとに兄の叫びが飛び込み、俺は我に返った。


「父と…妹をどこに隠した? どこに監禁している?」

 身体全身を震わせて怒る兄の叫びに、リョウは軽くいなした。

リョウは兄を小馬鹿にしていた。

兄を見つめる俺の視線の隅で、まるで口が裂けたかのように笑みを

浮かべるリョウの表情が見えた。


「お前の父、井上源三郎とその娘は、我々が保護している。

我々の手厚い保護の元にな!」


娘。

娘! 

そう、あの妹だ。

高原の山荘に保護と言う名の『軟禁』をされている彼女の事だ。

俺は彼女の話が出て、自分の心にひっかかるとことがあった。

だが兄は違う。

兄は俺以上に過剰な反応を示していた。

兄の身体が震えている。

兄の上空の雲は、知らぬうちに分厚い一直線の型を組み、

満月を隠していた。あたりは暗くなる。まるで夜のように暗くなる。

もっとも、今は元から夜なのだけど。満月の明るさと『異常な出来事』で、

それをすっかり忘れていた。


 叫び声が聞こえた。その叫び声は二十メートル先の草むらと、

俺の耳のインカムの中から同時に聞こえて来た。

青い炎に包まれて、仲間が飛び出してくる。

全身が青い炎で燃え盛り、苦しみ、そして倒れた。


はじまった。兄の攻撃がはじまった。俺は傍観者ではなかったが、

おもわず他人事のように客観視していた。

倒れた俺たちの仲間は誰だったのだろう?

俺の知らないやつか? 

この草原一帯で何人もの仲間が兄を包囲している。

今その包囲網がひとつ、ぐずされた。


「やれ!」

 リョウの指示が冷たく夜風に乗って響いた。

普通なら、上官本人はすぐに攻撃には参加しないものだ。

部下に攻撃させて状況を見る。

だが、リョウは違った。

上官自ら撃って出た。

リョウ自慢の『抗黒の剣』を握りしめ、兄目指して突進していった。

ほんの一瞬だった。一直線に兄に突進していったリョウはその直後、

空中に舞っていた。ぽーんと、十メートルくらいの高さに飛ばされていた。


「えっ?」


 俺の驚きはそれだけではなかった。

リョウの合図に合わせ、草むらからまるで忍者のように現れた仲間が

一人、兄の後方から襲いかかった。

だが、彼は声を飲むかのようなうめき声を上げて、そこに固まった。

まるで、メドゥサの目を見てしまい石になったかのように、

彼は固まってしまった。

メドゥサはギリシャ神話だったっけ? と思う俺は、自分の目を疑った。

彼の身体に、ポッカリと大きな穴が開いた。


 よく、『自分の胸にまるで穴が開いたような衝撃が』と例える事がある。

だが、これは違う。本当に彼の身体に、胸から腹にかけて黒い穴が

開いていたのだ。驚きと痛みで彼はうめき声を上げながら固まっていた。

だが、異変はそれだけではなかった。衝撃の『黒魔術ショー』は、

まだ続いていた。

風が吹く。

いや、風が、空気が吸い込まれていく。

強力な空気の流れが、まるで渦巻きのように流れている。


 強い! 強い風の渦巻きに巻き込まれないよう、

俺は必死に地面に這いつくばった。顔を地面によせ、必死に風を避ける。

土のにおい。草むらから伝わる、土のにおい。

このにおいを感じたのは、どのくらいか。

そう、十年前のあの事件以来だ。

だが今は、そんな昔の事など思い出している場合ではない。

俺は風の渦巻きの流れる先を見た。その先の光景を見て、

俺の身体全体の毛穴が一斉に開いた。首元から俺の温かい空気が強い風に

吸い込まれるように上昇していくのがわかる。


 俺は自分の目を疑った。

強い風、渦巻きのような気流は、身体にポッカリと開いた彼の黒い穴から

起きていた。彼の身体に開いた黒い穴があたりの空気を、まるで掃除機のように

強く吸い込む。その黒い穴の先に、何があるのだろう? 


しばらくすると、あちらこちらから、悲鳴を上げて仲間たちが吹き飛んでくる。

強い気流に耐えられなかったのだ。俺は幸いにも、彼からかなり離れた場所にいた。

それでも強い風だ。叫び声を上げながら宙を舞う仲間たち。

彼らは一直線に黒い穴へ、石像のように固まった彼の身体の黒い穴に

すいこまれていく。


 ほんの一瞬だった。

ほんの一瞬の出来事であった。

この草原にいた仲間たちのほぼ全員が、彼の身体にできた黒い穴に

吸い込まれていった。土に指を埋め込む勢いで、必死に風に耐えていた

俺の目の前で今、『黒魔術ショー』が終わりを告げている。


自分たちの仲間全員を吸い込み、石像のように固まっていた彼の身体に異変が

起きた。今度は黒い穴を持つ『彼自身』を吸い込みはじめた。

必死になって耐えている彼であったが、それはムダな抵抗であった。

彼は、身体が内側からはがされるかのように、服がやぶけ、

体内の肉塊を裏返しにして、自分の身体の黒い穴に吸い込まれていた。

彼は最後の叫び声を残して消えていった。

声が、どこか虚空の彼方へと消えていく。

彼自身を吸い込んだ黒い穴がぽっかり空中に浮いている。

最後の風の一吹きがあったかと思うと、そこに黒い穴はなかった。

風は止んでいた。


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