第3話
ハイウエイを降り、どこともわからない道を数十分走って車が止まった。
ここがどこなのか、俺は知らない。ここがどこであろうと関係ない。
ここは『現場』だ。今、俺は『作戦行動の現場』にいるのだ。
「これを使え。」
リョウが胸元から一丁の銃を取り出した。十年前の事件の時に使われた
特殊な銃だ。黒魔術を使う連中には、普通の武器は通用しない。
この銃の型式は通常の物だが、使用する弾丸が違う。特別性の弾らしい。
これが『銀の弾』だったら相手は『狼男』になるのだが。
同時に仲間との通信に使うインカムも渡された。俺はインカムは
あまり好きではない。なぜなら、急に大きな音が飛び込んできて耳が
痛くなるからだ。
インカムを渡された時にふと気がついたのだが、リョウの右腕には
手袋がはめられていた。リョウの右腕だけに、黒革の手袋が
しっかりとはめられていた。
なぜだろう? ケガか何かしたのだろうか? 俺はそれを
問いただす事などしなかった。なぜならここは『戦場』なのだから。
数台の車から降りたSSPのメンバーは、それぞれ香水のような
物を身体に吹き掛けていた。車を降りてぼうぜんとあたりを見回す
俺に、リョウがその香水をふいに吹き掛けた。
「気をつけろよ。ひさびさの実戦だからな。」
『聖水』のような水をかけられるのは、実に十年振りだった。
リョウは十年前にも使っていた『抗黒の剣』を握りしめ、
ほくそ笑んでいた。この剣がよほど気に入っているのだろう。
たしかに昔、この剣で邪鬼を朽ち倒していたし、何度もリョウの剣で
俺は助けられていた。
SSPのメンバーは、きびきびと動き準備をしていた。
周囲は何もない草原。あるのは夜空を照らす月明かりだけだ。
いろんな場所に、楕円形の機械を置いていく。
まるで魔法陣を組んでいるようだ。
あいかわらず、何をしているのかわからない。だが、そんな事は
どうでもよい。我々がしている事が『どの流儀』なのか関係ない。
『敵』に対抗するためには『敵』の技を取得する事が重要だ。我々、
特別科学警察はそのために存在するのだ。
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我々は待った。『標的』が来るのを待った。普通ならこんなところで
待ち伏せしても『標的』がやってくると言う保証は何もない。
だが『標的』は、確実にここにやってくるのだろう。
なぜなら俺たちは十年前、こうやって『黒魔術使い』たちと戦い、
勝利をおさめたからだ。
風が吹いた。草むらが揺れる。月夜に照らされて、明るく光る点が
見えた。俺は決して近眼ではない。だが、はるか遠くに光る『人影』が、
少しぼけて見えた。
やつだ! そうに違いない。月夜に照らされた『標的』=井上源三郎の
長男、彼女の兄が近づいてくる。
『九尾の狐』か? と俺は思った。金白色に光るその身体から、
何本ものしっぽのような物が見える。よく見るとそれは、
彼の身体に巻かれていた包帯がはだけて、風になびいているだけだった。
『九尾の狐』は『黒魔術』と関係ない。
俺のとぼけた考えは、リョウの押し殺した声でかき消された。
「まもなく標的は円陣内に入るぞ。」
『円陣』とは、さっきSSPのメンバーが草むらの中に作った
『魔法陣』の事だ。
「標的が円陣の中に入れば、やつの力は無効化する。」
そのはずであった。だが、その期待は異常な爆発音で吹き飛ば
されてしまった。爆発の衝撃で何人かの仲間が火だるまになり悲鳴をあげる。
インカムを通して、犠牲となった仲間の声が耳につきささる。耳が痛い。
だがその直後、リョウの叫び声が俺の耳を再び突き刺した。
「止まれ! 貴様は完全に包囲されている!」
黒魔術を無効化する魔法陣を見事に吹き飛ばした、金白色に光る
『標的』=兄は歩くのを止めなかった。黙々と前に歩を進め続ける。
どこへ行くつもりなのか? 彼が行く場所はわかっていた。
彼の父と、妹を助けにいくのだろう。
だが、それはさせない。させては、いけないのだ。
俺は『兄』にあった事はない。十年前、俺も同じ作戦に参加していたが、
『兄』には直接会った事はない。事件後、テレビや資料で見ただけだ。
夜風になびかれて、長く伸びた包帯と長髪が上下に揺れる。
やつの顔が徐々にはっきりと見えてくる。なかなかの美形だ。
それもそのはず、山荘と言う収容所に軟禁されている妹の、兄なのだから。
叫び声が上がった。夜露がたまりはじめた草原に、叫び声が響きわたった。
下らない事にうつつを抜かしていた俺の気持ちが、急激に引き締まった。
叫び声を上げたのは、仲間だった。歩を進める兄の横数メートル先の
草むらから、青い炎に包まれた仲間が、苦しみながら躍り出た。
その直後、仲間は輪切りにされたかのようにバラバラになり、草むらに
消えていった。
何の技だ? どんな黒魔術だ? 俺は詳しい技の種類は知らない。
俺がはっきりとわかった事。それはバラバラにされた仲間が、
車の後ろの席に同乗していた奴だった事だけだ。
兄が止まった。今度ははっきりとその素顔は見えた。
金白色に見えたのは錯角ではない。兄は金色の髪の毛をしていた。
それが染めた物なのか、生まれつきな物なのか、それとも黒魔術の影響の
せいなのか、俺は知らない。金色の長い髪が風になびいている。
俺は美形の兄の顔に吸い込まれるように注視していた。
いけない! これも黒魔術のひとつかも知れない。
意識を支配されないよう、唇を強く噛み締めた。
力を押さえるのを忘れてしまい、本当に唇が切れてしまった。
間抜けな俺を再度冷静にさせてくれたのは、彼の容姿であった。
金色に輝く髪の毛から覗く彼の目に、瞳がなかった。
白く濁ったような色をしている。目が見えないのか?
そんなバカな? 肢体からほどかれ、風に長引く無数の包帯。
そこからむきでた皮膚に、何かが書き込まれている。
最初、俺はそれが刺青かと思った。だがそれは刺青のような模様では
なく、解読できない呪文のような文字が刻印されていた。
これでは『耳無し法一』だ。たぶん黒魔術の力が発揮できないように
するための封印か何かなのだろう。首にも、足にも、そして腕にも。
兄の右腕を見て、俺は息を飲んだ。
右腕が、右腕が、ない。以前から彼は、右腕がなかったのだろうか?
いや、そんな事はない。では、なぜ? そんなのんきな俺の思慮を、
隣に立つリョウが打ち消した。