表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第2話

『あの事件』。それは、今から十年前に起きた事件だった。

 井上源三郎を主とする『井上呪術研究ファクトリー』。

通称『井上呪研』。声を出して読むと『井上受験』と聞こえる。

これではまるで、受験のための塾か予備校だ。

実際、そうであれば何も問題はなかったのだが。


 この組織は当初、ただ単に『黒魔術』を愛好する小さな研究会で

しかなかった。だが、一部のメンバーが『井上呪研武闘派』を結成、

黒魔術を使って行動に出た。

『革命』と言う名の武装蜂起を行った。

この国の首都で発生した、まるで戦争のような異常事態。

一大被害を受けた当局はそれに対抗すべく、

特別科学警察SSPを編成し、事態を無事鎮圧した。

騒動を起こした『武闘派』は全滅し、事件とは無関係だった井上源三郎は

その責任を問われ、当局に拘束された。


 井上源三郎には、二人の子供がいた。今年、二十五才になる兄と、

十八才になる妹がいた。井上源三郎と十八才の妹は、人里離れた高原の山荘に

隔離され、二十五才の兄だけが、刑務所にずっと収容されていた。

だが、その兄が脱走した。刑務所に囚われていた兄が、脱走した。


****


 俺はリョウが運転する車に乗り、自分が歩いてきた坂道を下った。

歩いて約一時間半かかった道は、車ではたったの数分だ。

複雑にカーブする坂道だったが、リョウはこの道を何度も往復して

いたのだろう。迷う事なくアクセルをふかし、ハンドルを切っていた。

井上源三郎の兄が脱走したと言う事で、SSPのメンバーはただちに急行した。

リョウの運転する車を先頭に、同じデザインの車両が数台後について走った。


 俺と同乗している後ろの席に座る奴の顔も憶えている。

十年前の『あの事件』でともに戦った仲間だ。こいつもこの山荘に

配備されていたのか。彼女が、井上源三郎の娘が幽閉されている、あの山荘に。

誰がどこに配備されているのか、俺は知らない。

それは本部が決める事だ。ひょっとしてあの事件に係わり、

生き残ったメンバーでここに配備されていないのは、俺だけかも知れない。

そんないぶかしい気持ちを悟ったのか、リョウがつぶやいた。

「…気になるか?」

不意をつかれた俺はあわてた。

「…えっ?」

「気になるんだろう? 彼女の事が。」


 隠す必要はない。今さら、隠しても仕方ない事だ。

なぜなら、彼女の情報を知るチャンスは、今しかないのだから。

俺はつぶやいた。後ろの席の『同僚』に聞かれないように

小さな声でつぶやいた。

「普段はどうなんだ。元気になってるのか?」

「…まあな。元気だ…。」


 …これでは、さっき会った時の会話と変わっていない。

真新しい情報など何もない。いぶかしがる俺の表情を見て、

リョウはいたずらっぽく微笑んだ。俺の考えている事をリョウはわかるのだろう。

だが俺は、リョウの考えている事がわからない時がある。


****


 うかつにも眠ってしまった。ぐっすりと、眠ってしまった。

半日以上列車とバスに揺られ、山深い高原の山荘にたどりついた疲れが

あるとは言え、うかつにもぐっすりと寝込んでしまった。

すでに作戦行動に入っていると言うのに、俺は寝込んでしまった。

俺はリョウの声で目をさました。

リョウが俺に話しかけたからではない。

井上源三郎の長男が収容所を脱走し、逃亡している。

夜のハイウエイをハイビームで照らしながら、リョウはインカムで

情報を確認していた。その声で俺は目をさました。

たぶん本部と話していたのだろう。

リョウの話し方と独特の言い回しで判断できた。


 あたりはすっかり暗くなっていた。今、何時なのか? と確認しようと

した時、リョウが俺につぶやいた。

「もうすぐだ。」

リョウの笑みを含んだつぶやきに、俺は思わず何も考えず問い返した。

俺はまだ寝ぼけていたのかも知れない。

「…えっ?」

「…もうすぐで行動ポイントに到着するぞ。」


 俺は楽しみだぜ、と言う顔をしていた。

リョウは作戦行動が楽しくて仕方なかったのかも知れない。

ハンドルを握りハイウエイを飛ばすリョウの表情が、

笑みを浮べているのがわかった。

リョウがそういう性格な事は、俺は昔から知っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ